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16/12/6

友達が自殺未遂しました、たかが婚活で。〜後編〜

Image by Olia Gozha

出口に見えない真っ暗なトンネルを手探りで


歩くしかなかった


正しい方向がどっちなのかも分からないのに



婚活に悩む女性はよくこう話す。


今までの経歴も努力も関係ない。


肝心なのは今ここから、闇から、脱出することだけ。



その向こうには、必ず幸せな光景が広がっているはず。


そうすればやっと私は、前に進めるだろう…




奈々子は今まさに暗い闇の中で

迷子になっては、もがき続けていた。

何度も転びながら、やっとの思いで起き上がる


この虚しい繰り返し




今まで努力すれば、必ず報われてきた。


たかが結婚でこんなに苦しい思いしなきゃならないのか。


たかが婚活…なのに




当て所なく彷徨いながらも

はるか向こうに人々の幸福そうな笑い声を聞こえてくる。


女性や男性の笑い声からは、

誰かへの愛おしさや優しさが伝わってくる。


その声に混ざって、可愛らしい子供のキャッキャと

はしゃぐ笑い声が耳に届いてきた。



耳障りな…


奈々子は、その声を今、はっきりと 憎らしいと思った。






虚ろな目で満員電車に揺られていた。

電車が揺れるたびに背後のサラリーマンの肘が背中にあたる。


奈々子はイライラしていた。


その中年サラリーマンはどうやら本を読んでいるらしい。


なんでこんな満員電車で肘を伸ばせるの!?

信じらんない。


奈々子は、身長がないので人混みの中だと埋もれてしまう。

周りの人間にとっては存在感も薄いのかもしれない。

わずかに顔を向けてそのサラリーマンを見た。


なんてことない

髪の薄い枯れたおじさんだ。


奈々子は正面を向き直し、ひたすら我慢した。


しかし、男性の肘の先端は、さらに鋭利になり

奈々子の背中やうなじあたりをあたるのだ。


奈々子はだんだん、その男性がわざとやっている様に思えてきた。


もしかすると変な性癖の持ち主で

人に痛みを与えるのが快感なのかもしれない。


何かを突き立てられ侮辱されている気がしてきた。


もう一度振り向いて見ると

男の口元がわずかに微笑んでいる様にさえ見えてきた。

私に痛みを加え、興奮でもしているのか…



つい我慢できず、奈々子は言ってやった。



「もうやめてもらえませんか?

あなたのしていること、痴漢行為と変わらないですよ」


中年男は、最初自分に言われていると思わなかったらしいが

車内の空気と奈々子の鋭いの眼差しで


「は、はあ!?何言ってんだ、あんた。俺が何したって言うんだよ」



奈々子は、軽蔑を込めて言ってやった。



「それは自分が一番よくわかってるでしょ?」



周りの乗客たちがザワザワしだす。

何?何? 痴漢だってよお … マ、マジ!? どいつだよ!? 

ヒガイシャどこ?ダレ?


男は憤慨しながらも

周りの空気に耐えられなくなった様だ。


「ふ、ふざけんな、誰がアンタみたいな女にやるかってんだ」


男は逃げる様に電車を降りて雑踏に紛れていった。



ふん


奈々子は、せいせいしたというように周りの視線を無視した。


地下鉄は夜なのか昼のかさえわからない

暗い電車の窓に映る奈々子は

疲れて虚しく佇む、若くもない地味な女だった。


頰がたるんだ気がする。ほうれい線も濃くなった気がする。


私このまま1人、オバさんになっていくんだろうか…


「誰がアンアなんかに…」


さっきの男の声が聞こえてきた。

そうだった


私みたいな女、痴漢なんかされるわけなかった…

結婚する相手すらいない女なんか…

奈々子は頭を抱えた。


少し離れた席から3人組の女子高生が面白そうに奈々子を見ている

…ような気がした。

みんなが自分をバカにしているような気がしてならなかった。



今日は通院中の精神科の帰りだった。

うつと診断されて、半年近く経つ。


過度のストレスのせいだと医者は言った。


婚活のストレスと言うと

初老の医者は、呆れた様に肩をすくめ

「なんでそんなものに一生懸命になるの」と笑った。


この医者はダメだと思った。


でも、家族からの強い勧めで通い続けている。




結婚相談所に入会してもうすぐ2年

奈々子からのお見合い申込みで組めたお見合いはたった一回だ。


もちろん交際には至らなかった。


1年目の更新の時もう止めようかと迷った。


当時、退会の相談も兼ねて更新の面談に行くと

一年ぶりに女社長が姿を見せた。


ピンクのラメを散りばめたド派手なスーツに

花のゴテゴテついた帽子を被り、

老婆の様な肌の上に白粉をこれでもかと塗りたくっている。



でも、あの独特のテンポの良い話し口調とテンションは

奈々子をおとすのに十分だった。



「あら!やめちゃもったいないわ!今までの努力が全て水の泡よ〜

考え直しなさいな。あなたなら、まだまだ可能性あるわよ!

とりあえず私のオススメのこの男性とお見合いしてみない?

この男性ならあなたと釣り合うはずよ!!どう!?」



写真の男性は、今までの申し込んできた

どの相手よりも条件の良い男性だった。


年収1200万円 でイケメン


この会員は特別待遇なので、社長直々にお世話しているというのだ。


奈々子はその後も、社長に説得され、更新することになった。

結局のところ餌につられたようなものだ。

また一年分の24万円をローンで支払った。


契約更新が済むと、女社長はさっさとサロンを出て行った。



あとで噂に聞いたのだが、更新を渋ったり、退会を相談すると

社長が登場し、この奥の手を使うのだそうだ。



例の男性とは約束通り会ったが、やはりそれっきりとなった。



そして2回目の更新が迫っている。


奈々子は、その当時一人暮らししていた。


母や妹弟は、奈々子の苛立つ姿や不安定を心配してはいたが

それぞれの日常に忙しく、そう労ってやれなかった。


奈々子からも一切連絡を取らずいつも家に引きこもっていた。

すでに職場では、様子が変だと腫れ物に触るように扱われていた。


奈々子は同僚の前で、何度か過呼吸になっていた。


もともと、穏やかで優しい奈々子は

この2年間ですっかり人間が変わってしまった。


いつもイライラして神経質になっていた。




奈々子はパソコンの電源を入れ、コタツで小さくうずくまっていた。


お見合いの申込みも最近は月に3人くらいに激減していた。

しかも50歳近い男性や、年収も低い男性ばかり。



相手の年収だけは妥協しちゃダメ!

その後の人生のためにも絶対よ!男は保険‼︎



社長の鉄則であり、相談所のセミナーでも言われ続けてきた言葉だ。


そこへ行くと奈々子は完全に彼らに

結婚観を洗脳されていたのかもしれない。


年収の条件を広げれば、出会いの幅がぐっと広がったかもしれないのに。


ため息をついて

画面をクリックすると


偶然、別のサイトへ移った。




《心とココロのマッチング》へようこそ!

という文字が飛び込んできた。



結婚で最も大切なことを忘れていませんか?

それは心とココロのつながりです。


結婚において、大切なのは婚姻関係を続けることです。


心の強い絆があればこそ

2人は1つでい続けられるのです。


相手の肩書きや年収、見た目だけで

相手を選ぶ婚活は間違っています。


新しい角度から、新しい視点で

あなたと真につながる相手を見つけましょう。





なんだろ…心のマッチングって。


それが婚活サイトだと分かるまで時間がかかった。


ココロのつながりって結局、どうせ綺麗ごとじゃない。

所詮、みんな、経済力や見た目で人を判断するもの。



そのサイトは、身分を一切明かさず

写真すら載せず

メールでつながりを深め

相手の人間が自分と合うのかどうかを

じっくり心を通いあわせ


互いが会いたいと感じたら

写真やプロフィールを公開し

その上でお見合いするか決めるというものだった。




今までにない全く新しいマッチングサイトだった。




それまでも何度か婚活マッチングサイトに登録したが

写真を載せないと返事も来ない。


とびきり可愛く撮れた写真を載せると返事があったが

文面からは、あまり結婚に真剣だとは感じられなかった。



奈々子は出会い系サイトで婚活など

もう期待などしていなかった。


でも、その今までと違うシステムが気になり登録してみた。



写真も年齢も載せず

ただ、自分の結婚に対する純粋な思い


家庭への憧れを綴った。


書きながら奈々子は

以前のひたむきに結婚への憧れを抱いてた頃の

自分に戻ったような気がしていた。



翌日会社から戻ると返事が来ていた。



年齢も職業も顔も分からないその男性は

奈々子と同じ思いを抱いていた。



男性はこう綴っていた。


僕とちょっと似ているのでメッセージしてます。

ただ、心を分かち合い温かい心休まる

家庭を手に入れたいだけなのに

どうも合う女性がいない。

みんな学歴や年収でばかり自分を判断する。



あなたは、価値観が僕と少し似ていますね。


あなたはどんな場所で何をするのが好きですか?

僕は、古ぼけたカフェで読書するのが好きです。

それから、実家の愛犬とポカポカした田舎道を散歩するのも好きです。


ちょっといいことばかり書いたかな?

実は会社から帰宅してビールを飲みながら

ゲームするのも大好きなんです。


最近歳のせいかあまり夜更かしすると翌日辛いので

気をつけて入るんですがね…





読みながら、奈々子は

いいなあ…と思った。

顔すらわからない男性だが、久しぶりに肩の力を抜いて

彼の静かに話す、自分語りに耳を傾けているような気分だった。


婚活を始めてから

男性は自分を、女としてを良いか悪いか

評価する生き物にしか見えなかったからだ。


いつも男性らから、お前なんかダメ‼︎という烙印を押され続けている気持ちだった。



奈々子は、早速自分の好きな場所を彼に教えた。



私の好きな場所は、花や緑の多い所。

海の見える公園、静かな図書館

そしてあなたと同じ小さなカフェも落ち着くし好きです…





奈々子は夢中でパソコンに向かっていたが

いつの間にかそのままコタツでうたた寝していた。








2回目の相談所の更新の日が来た。


やっと前回のローンが終わったというのに。

また月々2万円払い続けるのか…


おまけに明後日で奈々子は34歳だ。



これで、また申込みもぐっと減るだろう。

奈々子はイライラしながら電車に揺られていた。


席が空いたので腰を下ろした。

昨夜、寝付けなくていつもより多めの睡眠薬を飲んだせいか

朝から眠気が続いていた。


あ、そういえば、安定剤を飲み忘れて出てしまった。



奈々子は外の景色を見た。

まだあと、20分くらいある。

ちょっとだけ寝てようかな。


その時電車が止まり


ベビーカーを押す若い母親が乗って来た。


明らかに奈々子より年下だろう。

まだ1歳くらいの赤ちゃんは服の色からして男の子だろう。

小さな手足をバタバタさせて、ニコニコしている。


彼らは奈々子の隣の席に座った。


昔の奈々子なら周りの乗客同様、微笑ましく見ていただろう。

でも奈々子は、眉間にしわを寄せ目を背けた。


「ターちゃん、これで遊ぼうね」と声をかけ

母親が赤ちゃんをおもちゃであやしている。



ベビーカーを押す母親になど

いつだって簡単になれると思ってた。


なのに今、奈々子には彼女が雲の上の住人にさえ見えた。



なんでこんなに卑屈にならなきゃならないの?


イライラと不安で眠れそうにない。



その時、赤ん坊がキャーーっと泣いた。


遠くの席の人まで振り向くような声だ。


その瞬間、奈々子は母親に鋭い目を向けた。


「ちょっと、迷惑なのでどうにかしてもらえませんか⁉︎」


母親は「すみません」と言い泣きそうな顔になって

次の駅でそそくさと降りた。




その次の瞬間

奈々子は、大きな後悔と罪悪感で胸が潰れそうになった。




私は…いつからこんな…心の醜い人間になったんだろう。






2度目の更新は、女社長は不在だった。


どうせ更新するだろうと軽く扱われているのか

それとも、もう見込みがないお荷物会員だとでも

思われているのだろうか。


「どうします?更新しますか?」


表情1つ変えず、事務的に話すカウンセラーの話し方

100人以上いる会員から搾り取ったであろうお金で

贅沢に彩られたサロン…全てが腹立たしかった。


「この男性なんかどうです?あなたの場合

  申し込みがないわけじゃないんだから

  もっと積極的に…」


これで手を打ったら?と言わんばかりに

冴えない男性のプロフィールを出された時


奈々子の中でプツっと音がした。


そして壊れた。


奈々子は、そばにあったボールペンを

男性のプロフィールの紙に激しく

何度も何度も、突き立て続けた。


「こんなもの!こんなもの!」

と叫びながら…



やめてくださいと、止めに入ったカウンセラーを

刺さなかったのがせめてもの救いだった。


別のカウンセラーが慌てて入って来て

「除名処分にしますよ!」

という声に奈々子は我に返った。


奈々子は震えながらその場で泣き崩れた。


「除名にしないでください!お願いします…」

と言いながら…





奈々子の婚活の本当の悲劇は

まだ続きます。


でも、運は彼女を完全に見捨ててはいませんでした。


それは次回の完結編でお話しします。




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