鉄板焼きシェフデビュー!
ダルウィン「こう、こう、こうだ!」
左手の人差し指で上手にコテをひっかけ回しながら右手に持ったナイフを手前の鉄板にガンガンガンと打ちつけて、シェフダルウィンは
ダルウィン「ヘリコプターだよ!」
と言いました。
ケイシーもそれに倣って左手の人差し指にコテをひっかけようとするのですが、どうしてもうまくいかずにぽろりとコテは鉄板の上に落ちてしまいます。
ダルウィン「さあ、今日の練習はここまで!今日は寿司ナイトだからね!君、準備はいいかい?」
シェフダルウィンはそんなケイシーを横目で見ながら明朗に言いました。
ダルウィン「君は覚えも早いし、すぐにマスターすると思うよ。大丈夫、毎日練習をしていれば必ずできるようになる。」
ケイシー「本当?!シェフ」
さっきから何度もヘラを回してはガランガランと落として、を繰り返していましたがシェフの一言でケイシーは救われました。
ダルウィン「家に帰っても練習したいならば、このヘラを持って帰ってもいいんだよ」
ケイシー「有難うございます!」
BENIHANAはロッキー青木という日本人の始めた全世界日本食チェーンレストランで、主にパフォーマンスつきの鉄板焼き料理と寿司、その他日本食を出すレストランです。
基調カラーは赤色でレストランも赤色で埋め尽くされ、中央には日本人形がショーケースに置かれた隣に中国風のレースモチーフが飾ってあったりなどしてどこか不思議な雰囲気ですが、サイドメニューに天ぷらうどん屋そば、アルコールではスーパードライを出すなどメニューはしっかり日本食なのです。
ダルウィン「メッシ!寿司コーナーは準備いいかい?」
シェフダルウィンがレストラン内の寿司コーナーに声をかけると、ショーケースの裏手にいたシェフメッシが長身をゆらりとさせながらこちらをふり向きました。
メッシ「くそったれ、今日もやることいっぱいだ」
この、彼の静かな悪口調は彼の癖なのですが、メッシの行動は真髄を極める芸術家そのものです。その日も、休憩時間の十五時がきたというのに関わらず彼は寿司ショーケースの前で
せっせとちらし寿司の飾りつけに勤しんでいました。
ケイシー「シェフメッシ、手伝うよ」
ケイシーが寿司カウンターに近づこうとすると
メッシ「いいや、君は表の飾りつけと、あとキッチンの巻きずしを見に行ってくれないか?」
メッシが作業の手を止めずに言いました。
ケイシー「ええ、わかった」
キッチンの台の上には、朝からずっと巻き続けていた巻きずしが、五十本近くずらりと並んでいました。毎週火曜日にBENIHANAで開催される寿司ナイトは、なんと十五ディナールで寿司を食べ放題という豪華イベントなのです。
フィリングはカニカマやキュウリ、レタスに白身魚の天ぷら、トビコにサーモン、マグロ、
ニンジンや卵焼きなど結構バラエティ豊か!
ダルウィン「さあ、これを一口大に切って並べてゆくんだ」
ダルウィンはそういうと、見事な手さばきで次々に裏巻きずしをナイフで切り始めました。ケイシーは横からその巻きずしをせっせとお皿に飾り付けてゆきます。
ダルウィン「ここをこうして、こうだ」
隣からメッシが手を出してきて、キュウリで作った綺麗な木のモチーフをお皿に沿えました。
ケイシー「とても綺麗ね!シェフメッシ、本当に美しいよ」
彼の作り出すガーニッシュ(野菜の飾り切り)はもちろんのこと、そのデコレーションには一種のアーティスト性を感じます。
メッシ「そうだろう?皆僕のことをアーティストって呼ぶさ」
彼は端正な顔立ちでジョークを言うことが癖のようで、ニヒルな感じに片方の唇を持ち上げてそう言いました。
寿司ナイトがオープンすると、メッシは寿司カウンターで握りずしのアソートを作り、ダルウィンは寿司ナイト最中にも注文のある鉄板焼きの注文をうけて表に行ってしまいました。
ケイシーはキッチンで裏からサラダや足りないものを補充しながらばたばたと駆け回ります。
なにしろキッチンにはシェフは二人と見習いシェフのケイシー三人のみなのです。表を見守るサービスの女の子たちの助けは期待できず、ひとりキッチンをばたばたと駆けずりまわる羽目になったのでした。
そういう日に限って忙しくなるというもので、寿司以外にも入ってくる注文、それこそ天ぷらや焼きそば、お持ちかえりの注文までが次々に入ってきてまだ習っていないことばかりの中、必死でコンロの前でフライパンを振るケイシー。なんだかだんだんと楽しくなってきて、ひとりでキッチンフィーバーしているとそこに寿司の注文を取り終わり様子を見にやってきたメッシが
メッシ「よくがんばった!あとは任せろ」
といって電光石火の神業です。溜まっていた注文用紙がみるみると片付いてゆくのは爽快な気分でした。メッシもダルウィンも、お互いに国も宗教も話す言葉は違っても、こうして仕事で一緒になって真剣になるという経験にケイシーは額の汗を拭くことも忘れ、ずれてしまったシェフ帽子を直すことも忘れて感動を覚えていました。
ダルウィン「はい、これは君の分だよ」
慌ただしい寿司ナイトの閉店後の掃除が終わってシェフダルウィンが渡してくれたのは二十ディナール札でした。
ケイシー「えっ、どうして私に?」
ダルウィン「これは今週のお客のチップさ。毎週、火曜日の寿司ナイトのときに皆で平等に分けてるんだ。君はもうすでにBENIHANAの一員だからね。」
シェフダルウィンはそう言って、ケイシーのシェフユニフォームのポケットにその紙幣をすっと入れました。ほかの女の子たちも、当然よとばかりににこりと笑ってこちらを見て頷きます。
ダルウィン「今日はよく頑張ったね、君は頑張った」
ケイシー「有難う、ダルウィン。有難う、みんな・・」
ケイシーのハートの内側から、じんわりとした感動が満ち溢れてきて、その感触は次の日の朝までも消えることはありませんでした。


