思わぬ訪問者たち
《ここまでのあらすじ》初めて読む方へ
普通の大学生だった桃子は、あることがきっかけでショーパブ「パテオ」でアルバイトをしている。野心に目覚めた桃子は少しずつ頭角を表し店の売れっ子へと上りつめていく。そんな中、ある晩の出来事はきっかけで桃子はチーフマネージャーのー佐々木に恋心を抱くようになる。そんな矢先、佐々木がカナという同僚のホステスと共に失踪したと聞き大きなショックを受ける桃子。やけ酒を飲み酔っ払って帰宅したアパートの前に、別れたはずの元恋人の拓也がたっていた。
「タックン…なんで、どうしたの」
ついさっき味わった恐怖で一気に酔いが覚めたものの
私の足取りと話す声は酔っ払いのそれだった。
「駅前でお前見かけてさ、心配になって」
「駅前?」
タクシーを降りた辺りだろうか。
「あのチンピラと一緒だったから声かけづらくて。
あ、 でも何にもしなかったわけじゃない。
見ててさ、 お前が嫌がってんの分かったから、もしあの男が無茶したら
警察呼ぼうとしてたんだ」
なるほどね…
チンピラと絡む気は、さらさらなかったってわけだ。
1人になるの見計らって声をかけてきたんだろう。
この人らしい。
拓也は何か言いたそうに私を見ていた。
1年ぶりに見る拓也は社会人になったせいか
前より少しだけ大人びた顔をしていた。
でも苦労を知らないお坊ちゃんオーラは健在だった。
彼の目にどう自分が映っているかは知っていた。
肌がむき出しになっている派手なキャミソールに
乱れた髪、剥げかかった化粧。
元カレとして、ツッコミどころ満載だろう。
彼の嫌いな尻軽アバズレという呼び名が
ピッタリの人間が今目の前に立っているのだから。
ああ、嫌だな…
よりによってこんな日に会うなんて
私の中には、まだ羞恥心が残っていたようだ。
いたたまれなくなり、俯きがちに言った。
「で… 何か用?」
拓也は弾かれたように
ハッとして
探るような目で私を見た。
「いや、この前由美に聞いたんだけどさ
なんかお前、学校全然行ってないらしいじゃん」
「ふうん…それで。心配でもしてくれた?」
私の素っ気ない口調に、拓也は戸惑った表情に変わる。
「だってさ、どうしたのかと思って。
お前さ学校だけはやめる気ないと思ってたのに
いいのか?このまま退学になっても。
本当にそっちの世界に染まって生きていくつもりか?!
お前本来は頭いいんだから分かるだろ?!
水商売なんて、男に酒ついで愛想振りまいて金もらえるのは
若いうちだけだぞ。いい加減目さませよ!」
私は黙って聞き逃していたが
だんだん彼の言葉を遮りたくなったきた。
「それ、説得しに来たの?それとも同情?」
「同情、ち、ちがう!そうじゃなくて」
「タックンの気持ち分かるよ。ゴメン、元カノがこんなじゃ
ゲンナリするよね。ホント、付き合ってた頃とは別人だもん。
言いたくなる気持ちもわかるよ。でもね…」
私は顔を上げてまっすぐ拓也を見た。
「私のこと可哀想だなんて思わなくていいから」
私がそう言うと、拓也はすっかりおとなしくなった。
遠くで電車の走る音が聞こえる。
私は、ため息をついて
彼に「帰ろう」と声をかけようとした。
その時、拓也が口を開いた。
「お前のこと、売春してるって噂流したの… あれ、俺なんだ」
私は、思わず拓也を見た。
拓也は気まずそうに、私を見つめていた。
再び電車の音が聞こえた。
きっと反対車線だろう。
「ゴメンな。オレさ、お前に突然振られて
しかも、お前がホステスになるだなんて許せなくてさ
飲み会の席でお前とのことしつこく聞いてきた由美に
悔し紛れに、ついデタラメ話しちゃったんだよ」
拓也は気まずさから、途中私の目を見なかった。
私は、彼をボンヤリ見つめていた。
「 まさか、学校で噂になるなんて思いもしなかった」
それは嘘。
私が由美にされたことは付き合ってる頃全部話したじゃない。
あの女、マジで口軽そうだよなって言ってたくせに…
「その直後にお前がサークルやめて、
クラスで村八分になってるって聞いてさ
俺… 責任感じてたんだよね、ずっと」
拓也は、まるで罪深い自分に酔っているかのように
顔を両手で覆ってから、悩ましげに遠くを見た。
「ゴメン、桃子」
「もういいよ… だいぶ前の話だし。そのせいで直接的な
攻撃受けたわけでもないし」
「いや、俺が悪いんだ」
もしかすると拓也にこんな風に謝られるのは
出会って初めてかもしれない。
「それ…言うためにわざわざ来たの?」
拓也は思い詰めたような顔で、わずかに頷いた。
私は無理に微笑みを作って、彼に言った。
「じゃ、もう私がいいって言うんだから気にしないで。
今後一切、申し訳ないとか思わなくていいから」
私がじゃあと言い、拓也の脇を歩いて
アパートの階段にさしかかったときだった。
拓也が振り向きざま言った。
「俺ら、またやり直せないかな?」
え…… ?
私は振り返らなかった。
ただ、拓也が、息を飲んで返事を待っているのを
背中で感じていた。
「冗談言わないでよ」
「じょ、冗談って何だよ。俺は本気で…」
私は、たまらず拓也を振り返った。
「売春婦って言ったんだよ…!あなたは、私のこと」
私の凄みのある眼差しに
拓也は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、立ちすくんでいた。
「一流だってよく言ってたよね、自分のこと。
そんな人が何言ってんの。同情か軽蔑しかないくせに」
「だから、同情とか、そんなんじゃ…」
「学校行ってなくたって、私はこれでも必死で生きてんの!
とにかく、もうほっといて!!」
それだけ言うと私は階段を駆け上った。
あれ、前にも似たようなことあったな…
ああ…
この人とは前もこうやって別れたっけ…
駆け上りながらボンヤリ思い出していた。
私は、部屋に飛び込むと鍵も閉めず
ベッドに倒れこんだ。
すでにリアルにアパートの外に残されているはずの
拓也のことは頭から消えていた。
私は、ハッとして起き上がった。
そして乱暴にネックレスを外した。
手のひらの上の青い石のついたネックレスを
しばらく眺めてから、それを床に投げつけて
私は膝を抱え泣いた。
1週間前、私は21歳になった。
カジノバーの帰り、店の脇にある小さな露店で
足を止めた私に佐々木が言った。
「ほしいの?買ってやるよ、どれ?」
「え、いいよ」
「遠慮すんなって、これか?」
私が、小さく頷くと佐々木はそれを手に取った。
銀のチェーンにつけられた、蒼く光る石は美しかった。
佐々木に渡されて、眺めていると
「ほら、つけてやるよ。後ろ向いて」
と佐々木がそう言うので、私は素直に背を向け髪を上げた。
「お、なかなかセクシーじゃん」
私のうなじを佐々木がジロジロ見るので
気が気ではなかった。
「ちょっと、そんな見ないでください。
恥ずかしいから」
そう言う私を、あきらかに佐々木は面白がっていた。
付け終わると、佐々木が言った。
「こっち向いて」
私が照れ臭そうに体を向けると
佐々木は私の足元から顔までじっと眺めた。
不思議と嫌ではなかった。
「あ、ありがとう」
私は佐々木を見て言った。
「お前、今日誕生日だろ。プレゼント!そんな安もんでワリイけどよ、
ま、気持ちこもってっからさ。要はここ!ハート!!な!」
佐々木が胸に手を当てて笑って言った。
私もつられて笑った。
私たちは、そのまま自然に手を繋いで車に乗り込んだ。
嬉しかった
自然にこうやって
この人と触れ合えることが
人を好きになるってこう言うことなのかもしれない。
その人に、何をされても受け入れられることなのかもしれない。
今まで考えたこともなかった。
助手席のシートにもたれて私は幸せだった。
幸せだった
はずだったのに…
あれは錯覚だったんだ
全て、私の思い込み?勘違い?
もうどうだっていい
私がバカだっただけ!
暗い部屋の中、私は膝を抱えたまま
私は石のようにそのままでいた。
そのまま意識が薄れ、眠ってしまった私を
再び呼び起こしたのは
けたたましいチャイムの音だった。
何?!
今度は何なの?
もう!
ああ、うるさい。
何でほっといてくれないの?!
私は、半分寝ぼけたまま
インターフォンを取った。
自分でも分かるほど露骨に迷惑そうな声で言った。
「はい?!」
返事はすぐに返ってきた。
「…………」
その瞬間、私はハッと息を飲んだ。
えッ……
な……何で!?
それは拓也に続き
思いもよらない訪問者だった。