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13/5/7

終い支度・2の1 ~私が離婚に踏み切るための助走として

Image by Olia Gozha

仕事上の付き合いで出向いた都内のジャズ喫茶に、夫は常連として通っていた。

独身男性が多く通うその店では、未婚で常連以外の女性が来店する機会というのはあまりなかったようで、店の人にも常連の方たちからも大歓迎された。特に、店のママさんが非常にフレンドリーな方でとても楽しく感じ、私も頻繁に顔を出すようになっていった。

店の常連、特に独身の人たちはよく、マスターの好きな日本酒や食材を持ち寄ったり、そうでない人は会費を払うなどして、閉店後の店内で皆で晩御飯を食べていて、私もその集まりに呼ばれるようになった。

そんな中でも、料理好きだという夫は自分で作った料理を持ち込んだり、酒を飲まず車で通っていることから、お開きの時間が遅くなった日にはマスター夫妻や私のことも、自宅とは全然方角が違うというのに気前よく送ってくれた。

マスターたちからの信頼も厚いしマメによく動きまわるし、いい人なのだと思った。



「前の彼女とは結婚式の1か月前に破談になった」


というのは仲間内の誰もが知っている話だった。

彼女が作った料理の味付けを直したら怒って帰って、そのご婚約破棄の連絡が来た、と、冗談めかして語っていた。周りの皆も笑っていた。

だから、以前の彼女という人は怒りっぽい人だったんだなぁ、と、その時にはそう思った。エンゲージブルーで不安定だったのかもしれないとも思った。


それからしばらくして私たちは交際を始めた。結婚という言葉を持ち出したのは夫だった。

式の日取りはそこから3か月後。結婚すると決まってからは物事が瞬く間に決まって行った。お互いの両親を交えた食事会に仲人への挨拶、結納品の選定に、実際の結納。ほぼ毎日、夕飯は一緒に摂る用になっていた。

そんなある日、私は友人とティズニーランドへ行く約束をしていた。

その友人とは中学の頃からの付き合いでお互いの家も近く、待ち合わせ場所も彼女の家の近くだった。

約束の前日に、いつものように夫の住むアパートで夕食をとり、翌日は早朝の待ち合わせだからそろそろ帰ると告げると、夫は送って行くと言った。

実はその時点で夫は眠そうにしていた為、電車が動いているうちに自分で帰ろうと思っていた。

「疲れてるみたいだし、まだ電車もあるから一人で大丈夫だよ?」

と言うのだが、

「だから送っていくって言ってるだろう!」

と、大声をあげ、そのままイビキをかき始める。

なぜ車で送ることにそれほどまでに拘るのかわからなかったが、とりあえず、終電まではもう少し時間があるし、30分も寝たらすっきりするかも知れないし、と、少し待ってみてみることにした。

正直すぐにでも帰って風呂に入り、翌日に備えたかったが、合い鍵を持っていなかったので、眠っている夫を残し、玄関の鍵を開けたままにして帰ることは躊躇われた。

そして30分ほど経過したが、夫は目を覚まさなかった。終電の時間も迫っている。

今ならまだ電車で帰れるからと、揺り起こした。私が出た後で、鍵をかけてもらわなければいけない。

「人が疲れて寝ているのに何で起こすんだ!」

まるで烈火のように怒り出した夫に、私は少々面食らった。

疲れているのだから無理をすることはないと、まだ電車で帰れるから、戸締りだけしてほしいという私に、けれど夫はまた怒声を浴びせる。

「だから送っていくって言ってるだろう、何度同じことを言わせるんだ!」

無理をしなくてもいいからと、同じやり取りを繰り返した。繰り返すうちに終電の時刻は過ぎ、朝まで待つよりほかになくなった。

噛み合わなかった。まるで言葉が通じないかのようだった。

なぜそんなに拘るのだろう。なぜ私の話を聞き入れてくれないのだろう。私の申し出は何かおかしかっただろうか?我が儘なところがあっただろうか?


翌朝の待ち合わせの時間と、アパートを何時に出なければ間に合わないか、それだけ念を押した。

煩そうな顔をして、夫は私に背を向けてまた、イビキをかき始めた。

困り果てていた。途方に暮れていた。今夜はここに来なければよかったと、悔いた。


空が白みはじめた。そろそろ出なければ約束に遅れてしまう。始発では待ち合わせに間に合わない。当時はまだ携帯電話もあまり普及してはおらず、私も友人も持っはていなかった。

送ってもらうしかなかった。

けれど夫は目を覚ます気配もない。私は眠っている夫の肩を軽く叩いた。

目を覚ました夫は、また猛烈に怒り出した。眠いのに無理をさせるのかと怒鳴った。事故を起こしたらどうする、と、俺を殺す気なのか、と。

そんなつもりはない、と、気を悪くさせたのならごめんなさい、と、私は必死で誤り続けた。

けれど始発だと待ち合わせに遅れてしまうからどうか送ってほしいとお願いする私に、夫はなおも大声を浴びせた。

だったら夜のうちに電車で帰ればよかったじゃないか、と。

何度もそう言ったじゃない、という反論には耳を貸さず、夫はなおも私を罵り続けた。

一つ反論すると5倍にも10倍にもなって返ってくる。私ただひたすら、ごめんなさいと繰り返した。


そのうち、気が済んだのか身支度を始めた。待ち合わせ場所に着いた時にはもう、約束の時間を1時間近く過ぎていた。

散々に待たせてしまった友人にはとにかく謝り倒した。夫が横浜のバスターミナルまで送ると言うのでお願いすることにした。

夫も友人も不機嫌で、車の中はピリピリと張りつめていて、どうすればいいのかわからない私は、とにかく1分1秒でも早く横浜まで着くようにと祈るしかなかった。


横浜のYCATから高速バスに乗り、ディズニーランドへ向かう。

2人になってから、友人が私に言った。

「あの人で大丈夫なの?」

自分は賛成しない、と。聡い彼女は、そう言ったのに。


結納はもう済ませてしまっていた。結婚式や披露宴の招待状も発送してしまった。

私の勝手で、自分の両親にも夫の両親にも親戚にも、迷惑をかけられないと思っていた。


『自分の人生』を一番大切に考えなければならないのは私であったのに。



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Image by Jukka Aalho

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