top of page

16/11/1

フツーの女子大生だった私の転落の始まりと波乱に満ちた半生の記録 第23話

Image by Olia Gozha

愛と迷い

《ここまでのあらすじ》初めて読む方へ

普通の大学生だった桃子は、あることがきっかけでショーパブ「パテオ」でアルバイトをしている。野心に目覚めた桃子は少しずつ頭角を表し店の売れっ子へと上りつめていく。そんな最中、脅迫され襲われかける桃子は店のチーフマネージャーの佐々木によって助けられる。その夜を境に粗野で皮肉屋な男だと思っていた佐々木に対して惹かれていく自分に戸惑う桃子であった。



ハンドルを切りながら佐々木がふいに聞いてきた。


「杏て、いくつだっけ?」


「え…ハタチですけど」


「わっけえなあ〜〜」


佐々木がしみじみと呟く姿が可笑しかった。


「なに、その反応。オジサンみたい」


「なんだとお前」


「アキさんは…」


言いかけて少し間を置いた。


アキサン…言葉にするのはこれが初めてだった。

少し顔を赤らめたのだが、深夜の薄暗い車内でよかった。


「ん、何だ?」


「いくつなんですか?」


「俺?28。ハタチから見りゃ立派なオッサンだろ」


「あ、そうなんですか。もっと上かと思った」


「なんだそりゃ、そんなにオヤジ臭いか俺?」


「いや、だって、ヒゲあるし」


「あのな、髭なんちゅうもんは、高校生だって生えるわ!」



佐々木は顎のヒゲを触りながら笑った。



「ったく、お前らときたら、客にはアラ!見えない!!

お若いわあ!とか言っちゃてよ。俺にも少しはお世辞言えよ」



「へえ、お世辞でいいんだ」


いつの間にか私も微笑んでいた。



「ま、いいのよ、男は。歳食ったって、こう…なんての?

老いがさ、なだらかなもんだろ。」


佐々木の指が宙でなだらかな弧を描いた。


「女は?」



「女は…ありゃ悲劇だな。歳食うと急降下だもんな。

   お前もよ、いつまでもハタチだと思うなよ。あっちゅうまにオバさんだぞ」



佐々木は、ざまーみろと言ってガハハと笑った。


私は苦笑した。

いかにもこの男らしい偏見だ。


ふと聞きたくなった。



「玲子さんは?」


本当はこの名前を出した時の佐々木の顔を見たかったのだ。



「玲子?」


佐々木は表情1つ変えず前を見ていた。



「いくつなんですか?玲子さんて」



「そりゃ、お前。企業機密だよ」



「企業機密?!」



「いや、冗談だけど。いや俺もさ本当のところは知らんのよ」



変なの。恋人の実年齢も知らないなんて。


佐々木が人差し指を唇にあてながら声を潜めた。



「噂だけどさ、ここだけの話、お前の歳のちょうど倍らしいぞ」



「ええ!?」



私はびっくりして飛び上がりそうになった。




「バーカ、噂だっつったろ」



嘘に決まってる。信じられない。


あんな綺麗な肌をして、スタイルだってモデル並みだし。


それがうちのお母さんと大して変わらない年齢だなんて。




母親の顔を思い出していた。


目尻や口元の細かい皺のある顔は常に苦労と疲労が滲んでいた。


母の積み重ねてきた歳月の証だと思ってきた。




「玲子は特別な女だよ。普通の女じゃない」


佐々木の言葉は私の胸に突き刺さった。




それは、あなたの特別でもあるから?




車体が大きく揺れた。


佐々木の携帯電話が鳴る。



「おう、どうした?…俺?ああ帰るわ。今夜疲れてんだ…じゃな」



玲子さんだろうなと直感的に思った。



佐々木は電話を切ると再びスピードを出した。




繁華街を超えまた別の繁華街へと突き進む。

繁華街と繁華街の間には束の間の闇があった。

視界の端で何駅もの駅前を通り過ぎるのを見た。





一体どこへ向かっているんだろう。



でも私の中の警戒心はどこか忘れ去られたままだった。

なぜかシートに身を沈めているのが心地よかった。



あの夜、佐々木に助けられた時の

あの背中の温もりを思い起こすからだ。





私はこの時、既に

佐々木に身を任せる気でいたのかもしれない。





見たこともない歓楽街を通り過ぎると


ギラギラとしたネオンがなくなったかわりに



趣味の悪い看板が目に付いた。




そこは分かりやすいくらいの


ラブホテル街だった。





佐々木は何食わぬ顔でハンドルを握っている。


ある一角にある駐車場で車が停まった。


私は、不思議と落ち着いていた。



ただ、こうなることを予感していたかのような


諦めにも似た気持ちと、これから起こることへの不安は


確かにあった。




幼き日の母の言葉や、中学生の時の苦い記憶が蘇る。




既に降りた佐々木は、私がいつまでも降りないので


助手席に周り、ドアを開けた。




「何だよ、お前」



私が顔を上げると、佐々木はプッと笑って



「あれ〜?もしかしてお前さ、俺とこのまま

  ホテルにでもしけこむかと思ってるだろ」



「そ、そうじゃないんですか?」



「それも、アリかな〜〜と思ってたけど

   お前、なんか辛気臭えしよ、今はやる気失せたわ」



佐々木は素早くタバコに火をつける。



「じゃあ、何を…」


「あっち」


煙りをはきだしながら、彼は後方を指差した。



そこには派手な照明の建物がそびえ立っていた。

豆電球がチカチカと灯る看板に「カジノBAR」とあった。




店内は割と狭いが中二階と二階があった。

何パターンかのゲーム台が置いてありその前にはディーラーが立っていた。


入り口で佐々木がチケットを買い、渡してきた。




私はゲーム台の前の佐々木の隣の席に着いた。

いつの間にか注文したアルコールが目の前に置かれていた。



佐々木は私に分かりやすいルーレットやブラックジャックを選んだ。




「カジノっていっても、ここは金を賭けるわけじゃねえから

   ま、ゲーセンと変わんねえよ。でもゲーセンてなんてとこは

    ガキの溜まり場だろ。そこへいくとここはオトナのゲーセンてなもん」


佐々木を見習って、私は自分のコインを

いくつかに数字の上に置いた。


ディーラーが鐘を鳴らし、ルーレットが回る。

その中で赤い玉が勢いよく飛び跳ねては転がり続けている。



佐々木は隣で、来いよぉ〜と唸っている。


私は赤い玉をぼんやりと見つめていた。



「ルーレットってうちにあったなあ。父親が出てってから親戚づきあいなくて

  母と2人だったから遊べなくて」



佐々木がショットグラスを煽った。



「切ない話だねー。お前も苦労したんだな。

   初めてお前見たとき、ただの何の苦労も知らねえ

   女子大生かと思ってたのによ」



「ひどい。アキさんは?家にルーレットあった?」



シっ!見ろよ!

佐々木がそう言ってルーレットを見た。


赤い玉は止まっていた。


当たったのは私のコインが5枚も置かれた数字だった。



ディーラーが鐘を鳴らし祝福する。

私は思わず手を叩いてはしゃいでしまった。


佐々木は悔しそうに唸った。






私たちは、ひとしきり遊んだ後


中二階のバーで飲んでいた。


結局、私は勝ち続けたもの最後は大負けしてゼロになった。


その点佐々木は、地味にコツコツ勝ち続けた挙句コインを


カウンターに預けた。




一時期は粗野で雑なだけの男だと思ってたのに


意外と繊細というか綿密なところがあるもんだな。



人は分からない…と私は思った。


そう、パテオで働いてから嫌というほど、それを思い知ったはずだ。



でもなぜか佐々木には


そう言った類の怖さはなかった。


第一印象から最悪だったせいかな。

私は心の中で笑った。




「なに、にやけてんだよ」


トイレから戻った佐々木が言った。



「え?別にそんなつもりないけど」



「顔に出てたぞ、お嬢ちゃん。

  お前それで本当にパテオで3本の指に入る売れっ子ホステスかよ。

  あそこの女たちはみんな鉄の仮面被って客取ってんだぜ」


私はムッとして言った。


「だから、にやけてなんかないし。

   そう見えるのはアキさんに心がやましいからじゃないの?」


「言うねえ」



「…アキさん」



「ん?」



「…今日はありがとう」



「…何だよ急に」


佐々木がまた新しいタバコに火をつけた。



「うん、 あれ以来 ずっと送ってもらってるのに。

   ちゃんとお礼言ってなかったし。

  私はなんだかんだアキさんに甘えてたんだよね。

  だから  もう、今夜あたり最後にしなきゃって思ってたんだ」


佐々木は無言で私の言葉に耳を傾けていた。



注文に来たウェイターにウイスキーの名前だけいうと


再び口を開いた。



「俺ね、地元じゃ札付きのワルだったけど家柄は割とよくてさ。

   親父は市議会議員とかやっててよ。今はどうなったか知らねえけど」




佐々木が自分の過去のことを話すなんて意外だった。

案外小さい頃はマトモだったのかもしれない。



「兄貴がいい子ちゃんで、弟がグレちゃいましたの典型。

  ま、それだけじゃないけどよ。

  本当に手のつけようのないワルだったよ。

  親もたまったもんじゃねーよな。あんなガキじゃ」



佐々木は自嘲気味に笑った。


珍しく、酔っているのかもしれない。


「俺さ…下に妹もいんだわ。それがね、お前に似てんだよ。

  顔っていうより印象っつーのかな、それが。

  前からそう思ってたけど、今日改めて思った。

  親も兄貴もどうなろーが知ったことじゃねえけど

  妹のことはさ、気になるんだ。結婚とか、もうしたかな〜とか」 



佐々木の顔は懐かしさで歪んでいた。



「お前がさ、あの男に襲われたとき本気であの男の

   ぶっ殺そうかと思ったよ」



「妹さんと重なって?」




「ごめんな。お前がどんだけ辛い思いしてんのか分かってるのに」


   

私は首を振った。



「お前のこと元気付けようとして

   自分が浸ってどうすんだって話だね。ざまーねえな」



佐々木は宙を仰ぐように首をコキコキ鳴らす。


ウェイターが注文したウイスキーを佐々木に前に置く。



「そんなことない」


やや、うなだれている佐々木の背中に

私は言った。



「いや、俺はどうしようもねえ奴だよ」




佐々木は、グラスを口元に運びながら言った。



「そんなお前にさえ手ェ出しそうになるんだから」


私は切ないほど佐々木を見ていた。


PODCAST

​あなたも物語を
話してみませんか?

Image by Jukka Aalho

高校進学を言葉がさっぱりわからない国でしてみたら思ってたよりも遥かに波乱万丈な3年間になった話【その0:プロローグ】

2009年末、当時中学3年生。受験シーズンも真っ只中に差し掛かったというとき、私は父の母国であるスペインに旅立つことを決意しました。理由は語...

paperboy&co.創業記 VOL.1: ペパボ創業からバイアウトまで

12年前、22歳の時に福岡の片田舎で、ペパボことpaperboy&co.を立ち上げた。その時は別に会社を大きくしたいとか全く考えてな...

社長が逮捕されて上場廃止になっても会社はつぶれず、意志は継続するという話(1)

※諸説、色々あると思いますが、1平社員の目から見たお話として御覧ください。(2014/8/20 宝島社より書籍化されました!ありがとうござい...

【バカヤン】もし元とび職の不良が世界の名門大学に入学したら・・・こうなった。カルフォルニア大学バークレー校、通称UCバークレーでの「ぼくのやったこと」

初めて警察に捕まったのは13歳の時だった。神奈川県川崎市の宮前警察署に連行され、やたら長い調書をとった。「朝起きたところから捕まるまでの過程...

ハイスクール・ドロップアウト・トラベリング 高校さぼって旅にでた。

旅、前日なんでもない日常のなんでもないある日。寝る前、明日の朝に旅立つことを決めた。高校2年生の梅雨の季節。明日、突然いなくなる。親も先生も...

急に旦那が死ぬことになった!その時の私の心情と行動のまとめ1(発生事実・前編)

暗い話ですいません。最初に謝っておきます。暗い話です。嫌な話です。ですが死は誰にでも訪れ、それはどのタイミングでやってくるのかわかりません。...

bottom of page