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16/10/23

フツーの女子大生だった私の転落の始まりと波乱に満ちた半生の記録 第21話

Image by Olia Gozha

予期せぬ想い

《これまでのあらすじ》初めて読む方へ

大学生の桃子はあることがきっかけでショーパブでアルバイトをしていた。次第にそこに居場所を見つけ野心に燃える桃子。ナンバーワンのミサキが店をやめたことで、ついに桃子が店の看板売れっ子へと上りつめる。そんな矢先、店に顔を出しては桃子にたかる悪質な大学のゼミ担当教授、苗代からアフターを付き合わされる。桃子は前に佐々木からもらったテープレコーダーで苗代の脅迫まがいの発言を録音していた。そのことを知った苗代は捨て身で桃子に襲いかかってくる。



もはや獣と化した男


私の力ではどうにもならなかった。


これは、あの夢の正夢かな

あのラストはどうなったんだっけ


そうだ


その辺に転がされて置き去りにされたんだ。



でもその鉛のような重さとがんじがらめの鎖が解かれた時


それが正夢ではないと分かった。




私の意識は朦朧としていたけど


あの声が、確かに聞こえた。


「おい、大丈夫か⁉︎」


頬っぺたを何度か

優しく触れられた


ああ、私は助けられたんだって心底安堵した。



彼は私を背負って歩いているみたいだった。


感覚だけだが地面からずっと離れている気がした。


まるで雲の上みたいに


彼の背中は意外なほど、夜の匂いがしなかった。

暖かい太陽の匂いがした。


車のドアを開ける音がして

彼は私をそっと助手席に下ろした。


温もりが急に失われ私は再び不安になった。

もっとおんぶされていたかったのに。

車のエンジンがかかった。


私の意識は戻り始めていた。


私は不安でいっぱいになり両腕で自分自身を抱きしめていた。


「安心しろ。もう大丈夫だ」



私は目を開けて隣の運転席を見た。



佐々木が無言でハンドルを握っていた。


私は別に驚かなかった。

最初から分かっていたからだ。


佐々木は私の住所を玲子にでも聞いたのだろう。

ナビを使っていた。


途中、横入りの車に舌打ちしたり

乱暴な荒っぽい運転もいつもの彼らしかった。


私はもう一度彼を見上げた。


普段気がつかなかったが

鼻が高く日本人離れした綺麗な形をしている。




「何、見てんだよ!」


佐々木が視線は前を見たままニヤっと笑った。


「見惚れんなよ」


私は、すぐに顔を背けた。


「別に…」


「さっきの、もう忘れろよ。もうあいつは店に来ないし

   お前も、今後あいつから脅されることはない。」


信号が赤に変わった。

佐々木はブレーキを踏んだ。

「テープレコーダーとったんだろ。

   もうあいつは終わりだ」


私は佐々木の方へ顔を向けた。


佐々木が私を見つめていた。


「ゴメンな。助けんの遅くて」


私は首を振った。


その時、涙が溢れでてきた。

瞬きもしていないのに


ポトポトと次から次へと

こぼれ落ちては、私の胸を濡らした。


自分の意思とはまた別のところで湧き出ているような気がした。


佐々木は腕を伸ばしてきて私の頭を撫でた。


私は、小さい頃に戻ったかのようにしゃくり上げるばかりだった。





翌日私は学校を休まなかった。

本音はゼミどころか学校にさえ顔を出したくなかった。

一生ひきこもりたいくらいだった。


でもそれで、いいのだろうか。

被害者である私が泣き寝入りするだなんて



アパートの前で再びかかったエンジン音の中で

佐々木が言った。


「おまえ、明日絶対学校でろよ。辛いだろうけど

   明日行かないと、おまえに後悔するかもしれないぞ」


その言葉を夜中、ずっと反芻していた。


私がこのまま大学に行かなかったら?


あれだけ最低な行いをしてきた苗代は

それこそ高笑いして喜ぶだろう。


そんなの許さない。




さすがの苗代も私が教室に入ってきた時

ギョッとした表情になった。

まさか今日、学校に顔を出せるとは思ってもいなかったのだろう。


苗代は顔に眼帯をして無数の痣をこしらえていた。


佐々木にやられたんだろう。


苗代はいつもと打って変わり落ち着かない様子だ。


それは言うまでもなく

私が自分の悪事の全ての証拠を握っているからだ。


本当は見ることすら、汚らわしい顔を睨みつけた後


私は少しだけ薄笑いをした。


「先生どうしたんですか、

  そんなゾンビでも出てきたような顔しちゃって

  私、どこに座ればいいですか?」


他の学生たちが面白がって笑っている。

苗代は慌てて立ち上がり


「あ、そっ、そうだったね!!空いてるところは…っ

   じゃあ、そこの窓際の席に」


「窓の近くは日焼けするから遠慮させてもらえませんか?!」


私らしくないきつめの口調は、クラスメートたちの、おや?という

視線を集めるのには十分だった。


苗代は顔に冷や汗をかいている。

「じゃ、じゃあ…、そうだな、えーと」


高野聖子が目を丸くさせて苗代と私を交互に見た後

私のことをキッと睨んできた。


この女、まだこの最低オヤジに淡い想いとか寄せてんの?

教えてやろうか?

この男の正体。


「先生、私首痛めてるんですよね。

   昨夜、夜道で変質者に襲われて」


クラスメートたちがざわざわし出した。

え〜!?という驚きの顔や、男子学生は途端に好奇の目になった。


ひどい!警察には届けたの⁉︎

偽善たっぷりに立ち上がったのは

ついさっき私を睨んでいた高野聖子だ。


「まだ、これからどうしようか迷ってるとこ。

    先生、私をこんな首なのでこの席と変わってもらえませんか?」


私は苗代の真正面を陣取っている聖子の席を指した。


聖子の顔が一気に曇った。

「え、私、朝イチでとった席なんですけど」


この発言でさっきの偽善者ぶりが

クラス中の知るところになった。


聖子の席以外も選択はいくらでもできたが

あえて、私は聖子の席を指定した。


そして挑むような目で苗代の答えを待った。


苗代は、さっきよりも冷や汗をかき

小刻みに震えてさえいた。

苗代は高野聖子を見て言った。


「た、高野、代わってあげなさい」


「でも、センセ、私だって…」


「つべこべ言わずに代わりなさいって!」


苗代の剣幕に今度はクラス中が苗代の方を見てざわざわやり出した。


誰かが「先生、なんか顔色悪いですよ」と言った。


「す、すまないが、先生は、たっ体調がすぐれないので

   今日は自習ってことにしてもらう…っ」


苗代はやっとの思いでそう言うと

逃げるように教室を出て言った。


高野聖子は唖然としたまま止まっている。


これで少しは分かったでしょ、  あの男のこと。

私が内心ほくそ笑んでいると


聖子はガタっと席を立ち苗代を追いかけるように出て行った。

男子学生の1人がそれを見て何か言うと周りが笑った。


バカな子…

勝手に信者やってればいいんだ


私はゼミのノートを開いた。


ふと私の中で何かが変わったのに気がつく。


誰の目も気にならなかった。


私は、彼の被害者であるとともに


これからは彼の支配者でもあるのだ。






そしてその晩


私は迷わずパテオに行った。


いつも通り、スカウトマン達を素通りしながら

雑踏の中を颯爽と歩き

パテオへと続く階段を下って行く。


いつもと違うことがあるとすれば


私の気持ちだった。


私は何か強い力で守られている気がしていた。

入り口に佐々木が立っていた。

いつものように壁にもたれて誰かと携帯電話で話していた。


私に気がつくと、耳から離し

「おう、学校行ったか?」


いつもの調子で聞いたきた。

私が頷くと


「さすがだな、お前。偉いよ」


と言ってまた携帯電話を耳に当てた。


私はそのまま店の中へと歩く。


後ろから佐々木の話す声が聞こえる。


「え?何でもねえよ!お前にはカンケーないの!

んなことより、エリ〜、頼むからさ〜」


不思議だった。


何だろう…これは。

耳障りだと思っていた声が


なぜか今、胸を少し痛めつけてくる。


そのわけは、その夜のうちに

私の中でハッキリとした。


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