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16/10/17

結晶

Image by Olia Gozha

透き通るような寒空の下、病院の外にある喫煙所で高見健一はタバコに火をつける。

健一「ステージ4…」妻陽子の体調が良くないのはここ最近に始まったことではない。あまりにも体調不良が長引くため、大学病院での検査を経て告げられたガン。それもステージ4とはほぼ末期の状態に近い。陽子にどう伝えるべきか。また自分でも整理しきれない状況にため息きが漏れ医者からの話を思い出す。

医者「奥様肺に悪性の腫瘍があり、転移も見られます。」

健一「悪性の腫瘍?!それで治るんですよね?」

医者「断言はできませんが、腫瘍は既にステージ4の段階まで達していると思われます。この状況ではもって6ヶ月程の可能性も充分に考えられます。」

健一「6ヶ月?!助からないってことですか?」

医者「最善の治療を行います。ただし、覚悟をしておいて頂きたい。奥様にも告知しその上で治療法を決めていきましょう。」

健一「先生、どうにか助けて下さい。本当にお願いします。」

医者「最善を尽くします。」

思い出しても気が重くなる。病室で待つ陽子にどう伝えるべきか。思えば自分は仕事ばかりで陽子に対し何一つできてこなかった。陽子は何をしたいと望むのだろう。そして今まで大切にしてやれなかった自分を後悔しため息もいっそう深くなってくる。重い腰を上げ病室へ向かった。

陽子「あなた、先生は何と言っていたの?」

健一「ああ、実はちょっと深刻でな、どう伝えるべきかな…」

陽子「怖いけど、、教えてほしい。」

健一「ああ、そうだよな。実はな肺にがんがあるらしく他の部位にも転移が見つかったみたいなんだ。」

陽子「えぇ、、ガン、、」

健一「先生の話では、、、長くても6ヶ月と言われた。」

陽子「……そう」

健一「どう過ごしていきたいか話し合ってほしいと先生に言われた、治療法も含め陽子どうしたい?」

陽子「わからない。。」

健一「そうだよな。。いきなり言われても正直俺も事態を飲み込めてない。。焦ることは無い、ゆっくり2人で考えて決めていこう。」

最後はまるで自分に言い聞かせるように語っていた。最愛の妻の末期ガン。到底受け入れられない自分がいる。そのせいか淡々と話してしまったことを後悔した。その日はまるで逃げるかのように床へ付き寝てしまった。

翌日陽子を訪ね今日こそは方針を決めよう。覚悟を持って彼女を支えよう。そう意気込み病院へ向かった。

健一「陽子今日は調子はどうだい?」

陽子「うん、変わらずかな…」

陽子「私一つだけどうしてもやりたいことがあるの。」

健一「それは何だい?」

陽子「ウエディングドレスを着て結婚式を挙げたい。」

私達夫婦は当時お互いに忙しかったため、結婚式を挙げずに入籍だけした。

健一「結婚式か、うん、やろう」

陽子「ありがとう」

陽子が動ける時期もそんなに長くはない。私を先生に相談し、先生も外泊の許可が下りればその時にでもと応援してくれるとのことだった。

それから陽子の壮絶な闘病生活が始まった。抗ガン剤の副作用でどんどん髪が抜け落ち、痩せ細っていく姿に私は変われるものなら変わりたい気持ちでいっぱいだった。しかし陽子の心は折れていない。

陽子「こんなになっちゃったけど、必ず綺麗な姿で結婚式を挙げたいんだ」

健一「そうだね、大丈夫、陽子なら今でも充分綺麗だから」

陽子「式はいつ頃できるんだろう?」

健一「先生の判断もあるからね、もう少し落ち着いてから外泊ができるようになれば大丈夫さ。」

陽子「わかった、なら早く外泊できるように頑張るね。」

健一「うん、できることは何でもするから言ってくれ。」

闘病生活の間にも結婚式へ向けて準備も行なった。盛大にやってやりたい。式は体力のことも考えて近くにあるチャペルでとりおこなうことが決まった。事情を知った友人達も色々と協力をしてくれ助かった。そして陽子も苦しい治療に耐えついに外泊の許可が下りるまでの回復をみせた。晴れて挙式当日、緊張に包まれながらも、これが陽子の最後のお願いだと思うと涙が溢れそうになる。しかし、私の目の前に現れたウエディングドレス姿の陽子は今までのどんな時よりも綺麗だった。

健一「ついに結婚式があげれるね。そして今の君は最高に綺麗だよ。」

陽子「ありがとう。ずっとこの瞬間を夢見て頑張ってきたの。」

陽子「本当はこの先も共にしたかったけど、叶わないのはわかってる。だからこそ一秒一秒を大切にしたい今は」

健一「わかっているさ、僕もこんな綺麗な君と今日を共にできて最高の幸せだ。」

そして結婚式は華やかにとりおこなわれ、陽子の夢であり私の夢であった結婚式も無事に終わった。親族、友人達に祝われながらの陽子の顔は本当に幸せそうだった。


しかし、病魔は確実に陽子の身体を蝕んでいた。結婚式が終わってから2ヶ月後、陽子は他界した。享年29歳。それからというものしばらくの間私は魂が抜けたようになってしまっていまが、ある日陽子が病床で書き綴った日記を見た。その中にはこのまま新婚旅行に行きたいと綴っているページがあり、私はこの夢を叶えてあげられることはできなかったが、でも行こう。新婚旅行に行こう。私達はいつまでも一緒なんだ。そう意気込み新婚旅行でハワイへ行くことにした。姿は無いが、陽子も一緒だ。

私達はいつまで経っても離れない結晶のような愛に包まれている。


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