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16/10/11

フツーの女子大生だった私の転落の始まりと波乱に満ちた半生の記録 第19話

Image by Olia Gozha

去る者、阻む者

《これまでのあらすじ》初めて読む方へ

大学生の桃子はあることがきっかけでショーパブでアルバイトをしている。そこに居場所を見つけ野望に燃える桃子。ところがある日突然大学のゼミの担当教授、苗代が店に顔を出し桃子にたかるようになる。苗代に好き放題され限界の桃子に、佐々木が帰り際さりげなく渡してきたもの、それは小さなテープレコーダーだった。




ミサキが店を辞めたのはパテオの誰にとっても青天の霹靂だった。


めまぐるしく人気順位が変動するホステス界で

彼女の人気はダントツだったし安定していた。

夜の社交場と言われるパブやクラブが多くひしめき合う

この街で、当時パテオは1・2を争う人気店だった。


その長い手足と白い肌に人形のような美しい顔見たさに

評判を聞きつけて遠方から会いにくる客も多くいた。


そして一度席に着けばもうすっかり彼女に魅了され

完全に心を奪われるとういう噂もあった。


同性である私の目から見ても

ミサキがただ可愛いだけでナンバーワンになったのではない

ことくらいわかる。


ショーメンバーとしても

欠かせない存在だった。

身のこなしから表情まで、セクシーで華麗で儚げで

まさに異性を魅了するために生まれてきたような人だ。


私がどんなに背伸びしたって何したって

彼女の持つ独特の魅力にはかないはしないだろう。


それでも私はいつかくるその時まで待とうと思っていた。


ミサキだって人間なのだから

ずっとトップを走り続けられるわけじゃない。


息切れだってするし

他のものに気をとられる時だってあるだろう。


私が彼女を超えるためには

決してその機会を見逃してはならない。


私は、その時を思い浮かべるだけで

鳥肌が立った。

そう

その時、私はこのパテオのホステスたちの頂点に立つのだ。


ミサキが辞めたのは

私がやっと、人気ホステスのベスト5入りするかしないかまで

登りつめたところだった。




当然、パテオは騒然とした。


ある日突然、超売れっ子が消えたのだから。

どうやら客は、その多くが知らされていて

根こそぎと言わなくても、かなりの割合が

ミサキに持っていかれたという。


ミサキの移転先は、まだ分からないようで


珍しく玲子さんがヒステリックに喚いていた。

「自分の店をオープンさせたらしいじゃない。

   悔しい!何もかも計画的だったのよ!」


私は拍子抜けした気分になった。

そりゃ、不動のナンバーワンの不在は

自分がのし上がるために都合は良かったけれど…


やっとあとひといきで手の届く所まで来られたのだ。

ちゃんと勝負したかった。


ミサキは私の憧れだったから。



ミサキのいなくなったパテオでベスト5入りした

私への期待は一気に高まった。


ナンバーワンに代わって繰り上がったのは

ルイというホステスだった。

それほど美形というわけではないが

話が上手いことで有名だった。


そして彼女のもう1つの売りは体だった。


バスト95センチを超え、ヒップも大きい。

普段はそれが魅力なのだが

あまりのお色気系過ぎて

ステージのセンターに立つと、それまでより

ショーの品格が下がったと噂されるようになる。


私はルイのポジションを何とかして狙いたいと

密かに思っていた。


ショーのフィナーレは上位5人による

サンバのような踊りだった。

私も端で全身の羽を震わせて客たちの媚を売っていた。

満面の笑顔で視線を移した時、苗代が茜といちゃつきながら

ふと、私に侮蔑の笑みを向けたのが目についた。


私はすぐさま目を逸らし

さらに口角を引き上げた。


私は心の中でつぶやいていた。

あんただけには、軽蔑される筋合いはない…



苗代の行動は

エスカレートする一方だった。


私が大学の単位がギリギリだったり、ゼミの担当教授

であることは、この上ない自分の強みだと信じている様子だった。


週の半分はパテオに顔を出し


高価な酒を浴びるように飲み

茜を指名し上機嫌で帰っていく。

もちろん、帰り際の

手持ちないから立て替えておいてくれ

という常套句をだけは忘れない。


でも彼は1つだけ勘違いをしている。

私のことをまだまだ

世間しらずのほんの小娘だと思っている。


でもだとしたら彼はもっとたちが悪い人間だ。

そんな教え子を手玉に取った気でいるのだから。


私は茜の肩を抱いて赤ら顔の苗代を見ていた。


教室で見る、人と地球に優しそうな中年教師の顔は

何処へやらだ…


腕時計を見るともう閉店に近い。

アレ…?

いつもはショーが終わると帰ってくのに

どういうつもりだろう。


苗代が酒臭い息を吐き出して言った。

「なあ、篠田」


「だから、ここでは杏って呼んでくださいって…」


「今夜、アフター付き合え」


「え…?」


「この場所以外でお前と話したいんだよ。

   あ、教室は別な。俺のおごりだ。どうだ?」


この男と2人きりで飲むなんて考えるだけで嫌だった。


でも、このタイミングで外で話すのは悪くないかもしれない。


そろそろこんなことやめてもらわなければならない。


彼も教壇に立つ身だ。

心を開いて、冷静に諭せば自分のしていることが

いかに卑劣であるか自覚してもらえるかもしれない。


私は渋りながらも

「はい」と返事した。

苗代は、パテオの裏通りにある居酒屋チェーン店を指定してきた。




ビルの5階にその居酒屋はあった。

入り口からして安っぽい作りだ。


案内され入っていくと奥の席で手を振る苗代の姿が見えた。


私は、彼の真向かいに腰を下ろした。


「お疲れ、まあ、とりあえずは飲めよ」


苗代が早速、グラスにビールを注ごうとする。

「結構です」


私はそれを手で制した。


「明日も学校ですから」


「あ、ああそうか。そうだったな」


苗代は小さくハハハと笑うと

自分のグラスに入っているビールを飲んだ。


あれだけ店でも飲んだのに

どれだけ飲めば気がすむんだろう。


苗代はつまみをヒョイと口に入れると私をマジマジと見て


「なんかこうやって見るとお前大人っぽいなあ。

   なんだ、化粧落としてこなかったのか?結構濃いぞ」


「この前は、もっと濃くしろって言いましたよ」


「そうだっけ?いや、褒めてるんだよ。

   超売れっ子だもんな。なかなかの美人だよ」


「どこが」


「おいおい、機嫌悪いなあ。どうした?」


「先生、あなたは遊んできて上機嫌でしょうけど

  私はずっと仕事して疲れてるんです」


「そっか、そっか。まあ、でもいいだろ、たまには」


ダメだ。この人。全然話が通じない。

でも、言わなきゃ。

もうこれ以上、先生にたかられるのは嫌だ。


私の居場所をかき乱されるのはもう沢山。


私が、言うよりも早く苗代が口を開いた。


「俺ねえ、これでも離婚した相手先に子供が2人もいるんだよ。

  上の子は私立中学受けるなんて言っててさ。全く、養育費

   どれだけ取れば気がすむんだって話だよ」


苗代はまたビールを注ぎ足そうとして空だと分かると

店員に日本酒を注文した。


「子供だってさあ、あっちが無理やり連れてっちゃって。

  もう、何年も会わせてくれない。なのに金だけは催促

  してくるんだから、やってられないよね」


なんだろう、この人。同情でもさせようって気だろうか。

私はそんな話に騙されないんだから。


「でね、俺借金あってね。それどころじゃないんだよ」


え?借金?


「言ったろ。助教授の給料なんてサラリーマンの安月給と大差ないって。」


苗代は注文した日本酒が運ばれるなり

ぐいっと飲み干し、また私を見た。


「篠田、100万ほど俺に貸してくれないかな?」


私は耳を疑った。


「は?何言ってるんですか?そんな大金」


「またまた〜お前くらい売れっ子ならひと月で稼げるだろ」


苗代は嘲笑いながら言う。

私は、冗談じゃないと思った。

店に来るのをやめてもらおうとして

ここへ来たと言うのに

またとんでもないことをいい出されるなんて。

「 無理ですよ!第一、なんで私が先生に貸さないといけないんですか?」


「君、自分の立場分かってるの?」


苗代の目が鋭く光ったように見えた。

私は押し黙った。


その言葉の威力を知ってて

私に突きつけるのだ。


苗代はタバコに火をつけふかすと


「じゃあさ、こうしよう。どうしても貸してくれないっていうなら

  その代わりに…」


そして身を乗り出すようにして言った。


「ホテルへ行こう」


私は、苗代を見返した。


「…先生、本気で言ってるんですか?」


「ああ、もちろんだ」


苗代の顔は怖いほど本気だった。

これは脅迫だと言わんばかりの顔だった。









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