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16/10/4

フツーの女子大生だった私の転落の始まりと波乱に満ちた半生の記録 第17話

Image by Olia Gozha

脅迫

《これまでのあらすじ》初めて読む方へ

大学生の篠田桃子は、あることがきっかけでショーパブでバイトを始める。田舎の母や大学の助教授の苗代の心配をよそに、次第に指名も増え、店での地位や財力に野心を燃やすようになる桃子。ある夜、桃子は店の売れっ子限定出演のショーに出演し張り切っていた。ところが、踊り出してふいに客席を見渡した桃子の視線が突然止まり、ある人物に釘付けになる。その人物とは一体…?



その男の目は笑っていた。

その視線は絡みつくように私が舞台から消えるまで離れなかった。


なんで…

なんであの人がいるの?


よく状況が飲み込めないまま

私は更衣室に向かった。

途中で佐々木が


「おいおいデビューだぜ、もっと嬉しそうな顔しろよな〜」

と声をかけてきたので

振り返ると、佐々木の隣で玲子さんが微笑している。

いつも通りの玲子さんの顔だ…


ミホを…追い出したくせに

あんな凍りつくような冷たい表情したくせに


「そうよ。杏、これであなたもこの店の看板スターの1人。

ここまでよく頑張ったわね。でもこれからよ。期待してるから」


私は微かに口元を綻ばせ頷いた。


どうせ売り上げの足しになるくらいにしか思ってないくせに…


更衣室で着替えながら

さっきの顔を思い出していた。

あの目はいつもの彼のものじゃなかった。

獲物を狙うような


そう、ここに来る客の男たちが私に向けてくる目だ。

なぜ

なぜ、先生が…


あの苗代先生がそんな目を…




その答えは意外と早くわかった。







男は深くソファに腰をかけ、ネクタイを緩めながら私を見た。


「また、来たよ」


私は目を合わせず、水割りを作っていた。


「いやあ、こんなところで君みたいな優秀な学生に水割り作って

もらえるなんて人生わからないものだねえ」


私は黙ったままカラカラと混ぜ棒を回し

出来上がった水割りを苗代に前に置いた。

苗代は薄笑いを浮かべ、グラスの縁に口をつける。


「君が夢中になっているものってコレだったんだね」


私も、お冷の入っているグラスをひと口飲んで

苗代を見返す。


「どういうつもりなんですか」


「え?どういうつもりっていうのは?」


私は昨夜ここに突然現れ、また今夜もこうしてやってくる

苗代の心理が理解できなかった。


「あ、大丈夫だよ。別に大学には言わないし」


「そういうんじゃなくって」


「あれ、違うのかい。じゃあ、なんで

 俺が君がここで働いてるって知ってるのかって話かな?」


私は、気になったのでそのまま苗代の次の言葉を待った。


「単純な話さ。可愛い教え子に、よからぬ噂が流れていたからねえ。

後をつけさせてもらった。でもビックリだよ。

こんな場末のバーで裸みたいなコスプレして踊ってんだからさ」


苗代は淡々と話している。

私は顔を紅くして、わずかに下を向いた。


そして苗代は突然、無表情になり

「火」と言った。

ライターの火だと分かるまで一瞬迷った。


「火」

苗代はもう一度そう言い、タバコをくわえた。


「あ…  はい」


私は素早く火をつけた。


「そんなんで、ここの店の売れっ子務まるのかな。

聞いたよ。指名客、結構いっぱい取っているらしいね」


苗代は煙をゆっくりと吐き出しながら

私のミニスカートの裾から

伸びている網タイツに覆われた足を

横目でチラリと見た。


「ま、よかった。不幸中の幸い。僕ね、君が売春してんじゃないかと

心配していたんだよ、実は」


「え…」


「実際にね、君が売春しているという噂が流れているんだよ」


「そんな…」


「信じられないって顔してるね」


「だって一体誰がそんなこと」


唐突に由美たちの蔑んだような視線が生々しく蘇ってきた。


「僕から言わせれば、ここで働くのも売春も変わらないがね」


苗代は呟くようにそう言うと

ため息とともに煙を吐き出す。

私は、ハッとして苗代を見た。


いつもの気さくで物分かりの良い助教授の顔ではなかった。

彼の目はギラつき、口元は皮肉を言うように歪んでいる。


そして理解した。


これが、苗代という男の

本性の現れた顔なのだ。



「これは大変なことだよ、篠田」



苗代はそう言って私の素肌の肩にポンと手を置いた。


嫌な重みだった。

手のひらの温もりもザラザラした感触も…


「そしてあろうことか、君は進級を控え

私は君の来年度からのゼミの担当に決まっている」


「先生は一体何が仰りたいんですか?

私にここを止めろと言いにきたんじゃないんですか?」


苗代は手を私の肩からサッと離し低い声で笑った。


「止める止めないにまで口を出す気はないさ。

君は高校生じゃないし、私も生徒指導ってわけじゃない」


「つまり黙っててくれるっていうことですか?」


「この規模でこれだけのホステスの中で売れっ子として

君臨してるわけだからね。ここまで来るの、楽じゃなかっただろう?」


私は静かに頷いた。


苗代は両手を組み少し、頷きながら静かに言葉を続ける。


「それにだ、君の事だから何か深刻な動機でも

あるのかもしれない。でなきゃ将来を棒に振るようなマネしないだろう」


そう言うと苗代は学校で見せるような

人の良さそうな笑顔になり私の頭を撫でた。


身を引きたかったが、黙っててされるがままになっていた。

彼の目には、私が幼い少女のように

すっかりションボリしているように

映っているのだろう。

私の耳元に顔を寄せて優しく励ますように囁く。


「大丈夫だよ」


私と視線を合わせるともう一度、大丈夫と言った。


「私次第で君はちゃんと卒業だってできるし

君に相応しい会社に就職することだってできるさ」


最後に頭をポンポンと叩くと体勢を戻し

またグラスを口へ運んだ。


私次第…


そういうことか。


しばらくしてショーに時間になり


私が席を立つと同時に

苗代は帰ると言いだした。


「ちょっと飲みすぎた。今日はこの辺にするよ。

明日は早いからね。君もそうだろう。落とすと厄介だよ」


苗代は皮肉っぽく笑ってから

ワザとらしく

あ、またやってしまったと財布の中を見る。


「カードケースを忘れた。現金持ち合わせてないんだ。

今夜も立て替えておいてもらえると有り難いんだが」


「分かりました」


昨夜と全く同じセリフだ。


ショーの準備が迫っていたので

私は、素早くボーイに耳打ちして後で私が支払う旨を伝えた。

今夜は長居しなかったので1万円くらいで済んだが

あの様子だと、また来るつもりだろう。


私次第…

あの言葉は

私への脅迫以外の何でもないのだから。


私は舞台の上で体をくねらせ、しならせながら

言いようのない不安の渦に飲まれそうになった。


幕が降りるなり、佐々木が腕を組んで舞台袖に立っていた。

いつもの上からの口調で

「おい、あのオッさん今夜も来たのか。

いい客捕まえたじゃん」


私は、上手く笑うことができず

佐々木から顔をそらし、ハイと言って

サッサと更衣室に入った。

後ろから佐々木の

「んだよ!お前、相変わらず愛想ねえなあ」

という冗談めかした耳障りな声が聞こえてきた。


私は衣装を脱ぎ

その場にしゃがみ込んだ。


私の嫌な予想は的中するだろう

苗代はまたここへ来る。

そして、また代金は私が支払うのだろう。



予感通り、その後、彼は私の思った通りの行動に出る。



でも私は知らない。

私は、されるがままにはならない。


私は私の居場所を壊すものを許さない。


私はもう、とっくに

かつての普通を愛していた少女なんかではないのだから。












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