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16/9/23

人生に必要なことは全て旅先で学んだ:あなたの心にヒーローを

Image by Olia Gozha

3Fまで吹き抜けの円柱形の建物の真ん中に四角いリングがある。


そこで大男が4名肉弾戦を繰り広げている。



大人も子供も皆、熱狂的な声援と掛け声を送っている。




「俺のヒーローは誰だっただろう?」




そんなことをメキシコシティーでルチャリブレを観ながら俺はつぶやいた。






ルチャリブレは空中殺法が多いメキシコスタイルのプロレスだ。


日本でもプロレスを観たことがない自分にとって、旅の間にぜひ行ってみたかったものの一つがこのルチャリブレだった。




アメリカとの国境ティワナから48時間も長距離バスに乗り、メキシコの首都メキシコシティーに着いた時、すっかりへとへとだった。


降りて偶然すれ違った旅行者に聞いて泊まった日本人宿で出会ったのは、日本から武者修行で来ていた本物のプロレスラー「オクムラ」だった。

彼はがっしりした体格には似合わないくらいとても穏やかな話し方で、落ち着いた人柄だった。


すでに半年以上滞在しているそうで宿のおばちゃんとも流暢にスペイン語でコミュニケーションをとっていた。


これまでの人生でプロレスラーなんて人に出会ったことはなく、もっといかつくておっかない人を想像していたので、俺の中ですっかりイメージが変わった。




「今夜試合があるから良かったら観に来てよ。でも夜道は危ないから貴重品は置いてきてな~」


とオクムラのお誘いに、早速宿で知り合った連中と一緒にルチャ観戦に行くことにした。




プロレス会場周辺に近づくにつれ、様々な観戦グッズを売る露店が増える。


うちわ、タオル、ポスター、プロマイド、そしてマスクも売っている。


露天商の親父やおばちゃんの声もにぎやかだ。



プロレス観戦なんて男ばっかりなのかと思いきや、結構な割合で家族連れも見かけ、子供は各々大事 そうにお気に入り選手の顔が入ったうちわを握りしめている。



歩きながら8歳くらいの少年に声を掛けてみた。


「やあ、それだれ?お気に入りの選手?」


「これはミスティコさ!超かっこいいんだ。今日出るんだよ!」


ルカと名乗る少年はキラキラした笑顔で答えてくれた。




そうこうしている内に会場に着く。


建物は古く、大きい劇場風の外観だが、真ん中が円柱状に伸びている。




会場周辺はものすごい人だかりだ。


普通に窓口でチケット販売しているのに周辺にはダフ屋も多く、旅行者に声を掛けまくっている。


チケットは観覧席の場所で値段が違う。


一番リングに近いリングサイド席で10ドル位。


円柱状の建物の1F席、2F席、3F席とリングをぐるっと取り囲むように観覧席があるようだ。




「どこが一般的なの?みんなどこから観るの?」


と窓口で尋ねると、


「2F席だね。そこからが見やすいよ。けど、盛り上がってきたら危険もあるから、あんた方旅行者ならリングサイドはどうだい?」


2F席は2ドルと安く、何より庶民の熱気を肌で感じたいと思い2F席で観ることにする。




チケットを購入して、中に入る案内のお姉ちゃんは旅行者だと判断したのか、笑顔で


「リングサイドよね?」


と案内し始めるが、2F席だと知るとあからさまにがっかりしている。




2F席に行こうとするといきなりボディーチェックがある。


危険物の持ち込みをチェックしているのかと思い、


「爆弾もナイフも持ってないよ(笑)」とスペイン語で伝えると、


「No Photos. No camera.」と英語で返ってきた。




2Fの観覧席に着くと落下防止のために金網がぐるっと周囲に貼られている。


確かに各階で観客層が違う。


リングサイドや1Fは身なりがきれいな人や明らかに旅行者風の人が多い。


2F席は家族連れや庶民風の男性が多く、1番人が多いエリアだ。


3Fはリングから遠くなるせいか人が少ない。




先ほど来る時に言葉を交わしたルカが隣に座って、ニコニコしながら気さくに話しかけてくれた。


簡単にルチャのことを説明してくれた。




全部で5試合あり、1試合20分3本勝負、賭け事も行われており、写真を撮っているのを見つかるとカメラを没収されるなどなど。


そしてルカがお気に入りのミスティコは5試合目のオオトリで登場するらしい。




人もどんどん入って、2F席も満席に近くなったとき音楽とともに選手入場が始まった。


ルチャの試合は基本的に2対2のタッグマッチ戦で、分かりやすいくらい善悪役が判れている。


ヒーロー側は白っぽい衣装でさわやかな雰囲気。


ヒール側は北斗の拳やマッドマックスの世界だ。




観客もわかりやすい声援を送る。


ヒーローには歓声を、ヒールにはブーイングを。




試合が始まった。


いきなりの大歓声が周囲を包む。


筋骨隆々の大男同士がぶつかり、破壊力のありそうなプロレス技が次々極まる。


とにかく技も動きも派手だ。


知らず知らずに自分も大声で歓声をあげている。




1本取るのにわずか5~6分ほどでサクサク試合が進む。


必ず3本目までもつれ、盛り上がりどころを作ってから試合が決まる。


1試合目はヒーロー側が勝ったら、2試合目はヒール側が勝つといった流れがあるようだ。




大声をあげ、応援したり盛り上がったりしていると知らないうちに全身汗だくになっている。


周囲の人もニコニコ笑顔が絶えない。


そうこうしている内に第3試合が始まった。




あ!宿で今夜の試合を誘ってくれたオクムラだ!


なんとヒール側での入場だった!




ルカが、「オクムラはヒール側だからあまり応援できないけど、お気に入りの一人だから心の中で応援してるんだ」とはにかみながら教えてくれた。




試合が始まった。


オクムラはヒールっぽい立ち回りをしながらじわじわヒーローをいたぶる。


強烈な大技が次々極まる。


俺は無我夢中で声を張って、「オクムラーー!」と全力で応援していた。


オクムラがやられそうになると全身で声援を送る。




隣の少年は全力で応援している俺の姿に驚く様子を見せるが、すぐに一緒に応援してくれた。


1本目はヒーローが取り、2本目はヒールが取った。


そして3本目、声を枯らさんばかりに叫び、全力で応援する。


こんなに熱くなったのはいつぶりだろうって位熱い声援を送り続ける。




そして試合はヒール役が制した。


大歓声を挙げて隣の少年とハイタッチ。


ヒール役と同じジャパニーズだと知ってか、周囲もヒール側が勝って喜んでいる俺と少年を見て笑って「良かったな」と言いハイタッチをくれた。




4試合目は今までで一番体が大きく、強そうなヒーローサイドとこれまた今までで一番体が大きく凶悪そうなヒールサイドの試合だった。


本当に北斗の拳とかに出てきそうな体のサイズだ。


観衆の声援も一層多く、大きくなる。




超肉弾戦の末、3本目をヒーローが取り、いよいよファイナルだ。


ファイナルには隣の少年のお気に入りミスティコが出る。


4試合目までどんどん体がでかいヒールレスラーが出てきていたが、ファイナルではそれを上回るサイズのヒールレスラーが登場した。


ロシアのアレキサンダー・カレリンのような体格と風貌。


こんなのが暴れたら会場中破壊されかねない。




ミスティコもさぞ筋骨隆々の強そうなのだろうと想像して入場を待つ。


派手な音楽と衣装に包まれ入場してきたのは、ヒール側に比べ一回りも二回りもサイズダウンしたヒーローの姿だった。






おいおいマジかよ、一撃じゃね?!


驚いていると、ルカは「ミスティコは体は小さいほうだけど、技がすごいのさ!それにタフさ!」


熱っぽく語り、目をキラキラ輝かせながら教えてくれる。




いよいよ試合が始まった。


いきなり強烈なラリアットやバスターをくらってミスティコがやられまくる。


ヒールレスラーは軽々とミスティコを持ち上げ、マットにたたきつける。


ミスティコの反撃も体で受け止め、平然としている。


まずい!マジでミスティコやられるんじゃないの?!




だが、起死回生の技をキメ、パートナーと連携技をくらわせながらジリジリと攻め立てる。


いつの間にか自分はもう周りを気にしてられないくらい熱くなって応援していた。


ルカも夢中で声を掛け続けている。




まずい!絶体絶命だ!このままだとやられる!ってところでなんとミスティコの起死回生の必殺技ラ・ミスティコがさく裂!


ラ・ミスティコは相手の首に両足で飛びつくとクラシコはぐるんぐるんと高速で相手の体を2周くらい回ってから一気に脇固めに入る、通称竜巻式脇固めだ。




何が起きたのかさっぱりわからないままヒールレスラーは逆さになってマットに抑えられている。


あっという間の1本目の決着だった。




すげー!


日本語の感想にも関わらず、少年は「すごいでしょ!!」と興奮しながらスペイン語で返す。




2本目は声援むなしくヒールが取る。


そして3本目、会場の盛り上がりも最高潮。




ああ、そうか、ルチャリブレはレスラーと観客が一緒になって盛り上げて楽しむライブだったんだ。


勝ち負けが大事なのではなく、みんなで盛り上げて楽しんでいるこの瞬間こそ、最高のエンターテイメントなんだ。




3本目もミスティコはやられまくる。


軽々と持ち上げられ、もう立てないのではと心配になるくらいマットに叩きつけられる。


パートナーも満身創痍でぎりぎりな様相になってきた。




そして、もうだめかってところで再びラ・ミスティコがさく裂!!


2回目でも早すぎてどんな動きをしているかわからないまま、相手は逆さにされ固め技が決まっていた。




呆然と「かっこいー!超かっこいー!」と俺がつぶやく。


うんうんと隣でルカはうなずき、「ミスティコは俺のヒーローさ。俺はミスティコみたいに強く、タフになりたいんだ!」と語ってくれた。




俺はルカの言葉を聞いて、「俺のヒーローは誰だっただろう?」と思い出そうとしていた。




ある人にとっては仮面ライダーなのかもしれない。


ある人にとってはウルトラマンだったのかもしれない。


そして俺のヒーローはジャッキーチェンだった。




TVでジャッキーのカンフー映画が放映されるといつだって心が熱くなって、TVのジャッキを観ながら一緒に動き回って敵を倒したつもりになっていた。


ジャッキーみたいに強く、かっこよく、面白いヒーローになると信じていた。




ルチャはライブだ。


ヒーローが目の前で活躍する。


TVよりもずっとずっと近くで、憧れのヒーローが目の前で活躍する。




心の中にヒーローがいたから、痛い時や苦しい時もふんばってくじけず前に進めた。


心の中にヒーローがいたから、困っている人に勇気を出して声を掛けて手助けができた。


心の中にヒーローがいたから、怖くてすっごく泣きたい時も、我慢することができた。


心の中にヒーローがいたから、俺は今、ここにいる。




少年にとってのヒーローはミスティコなのだろう。


それは成長とともに忘れてしまう時もあるかもしれない。


けど、忘れたって、心には刻まれるその想いと憧れの力は、なりたい自分に近づくための指針として、そして生きていく上での大きなエネルギーとなる。




大事なのは心の中にヒーローがいること。


そんな大事なことをルカとルチャリブレに教えてもらった。




帰り道様々な人が「あ、オクムラの応援していた日本人だ!チャオ!楽しかったな!」と声を掛けてくれた。


ルチャリブレを全力で応援して楽しんだ者は皆同志。


気分も爽快に会場を後にする。






あなたの心の中のヒーローはだれですか?







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