top of page

16/9/25

素顔10代な平凡OLが銀座ホステスとして売れっ子になるまで(6)

Image by Olia Gozha

ユイの一言

その客は、入ってきたときから機嫌が悪かった。

ケイシー「いらっしゃいませ」

伊藤と銀座のアイの店で飲んでから3週間がたち、私はだんだんと銀花の接客にも慣れてきていた。

あの夜アイに魅せられたように、店全体の空気を丸ごと接客する意気込みで、できることをした。

灰皿をかえ、お酒をつくるだけなら誰にだってできる。でも、そこを超えなければ彼女のようにはなれない。盛り下がっている席に話題を振ったり、オフの日でも客のカラオケの好みを聞いて、自分もデュエットできる曲を練習したりした。


ある日まだ早い時間帯から店にやってきた3人連れの客のひとりは、最初からひどくご機嫌斜めだった。

入口に到着した彼はスーツ姿のジャケットを脱ぐなり、無言で私にそれを押し付けるように預けた。

私はそれを受け取り、クローゼットにかける。

客A「あー、もう、やってらんないよ」

客Aは店の奥のコーナーに座ると、最初からぐちぐちとそんなことを言い出した。

よっぽど嫌なことがあったのだろうか。私は長いドレスの裾を少し手で手繰り寄せてから、下座にある丸椅子に座る。テーブルの端に置いてある氷のバケツから、水割りを作るために氷をグラスに入れ始めた。すぐに、客の隣には古株のユイがついた。


その接客は、さんざんだった。

客Aは口をひらけば愚痴のような言葉を言い、他の2人はいつものことなのかたわいもない話をしている。自然と、客Aの話は一番近い私が聞く形になってしまった。

客A「こんな世の中だからねえ・・」

何を話題にしても、話が悲観的な方向に向かうのだ。私はひどく気分が悪くなり、だんだんと彼の物言いを訂正してやりたい気持ちになってきてしまった。


そんな私の顔色を見ていたのだろうか。サヤカが席に来て、私は交代となり席を外れたときに、トイレに行こうとする私のところにユイがやってきた。

ユイ「マヤちゃん、大丈夫?」

マヤ「え、ええ。」

もしかして私の気持ちが態度に現れてしまったのかと一瞬ヒヤリとした。

ユイ「佐藤さん、今日はえらいご機嫌悪いなあ」

マヤ「そうなんですか?」

ユイ「うん。普段はね、あのひと本当に部下想いでね」

ユイからそう聞いても信じられなかった。私はチラリと後ろを振り返って、その佐藤さんを見た。

ユイ「彼は本当は、素晴らしいひとなのよ」

ユイのその一言に、私は一瞬にして自分が恥ずかしくなった。

ひとの一面だけを見て判断していた自分。そして、ひとのいい面を見つけようとしなかった自分。

どこかで、カラオケバーのこと自体、見下していたのかもしれないのだと思った。

どんな場所にいたとしても、たとえそれがきらびやかな店でもカラオケバーでも、ひとの輝く部分を見ることのできる人こそが尊いし、どうとらえるかは自分次第なのだ。


ユイのひとことは、そんな衝撃をもって私の心に届いた。

PODCAST

​あなたも物語を
話してみませんか?

Image by Jukka Aalho

急に旦那が死ぬことになった!その時の私の心情と行動のまとめ1(発生事実・前編)

暗い話ですいません。最初に謝っておきます。暗い話です。嫌な話です。ですが死は誰にでも訪れ、それはどのタイミングでやってくるのかわかりません。...

忘れられない授業の話(1)

概要小4の時に起こった授業の一場面の話です。自分が正しいと思ったとき、その自信を保つことの難しさと、重要さ、そして「正しい」事以外に人間はど...

~リストラの舞台裏~ 「私はこれで、部下を辞めさせました」 1

2008年秋。当時わたしは、部門のマネージャーという重責を担っていた。部門に在籍しているのは、正社員・契約社員を含めて約200名。全社員で1...

強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話

学校よりもクリエイティブな1日にできるなら無理に行かなくても良い。その後、本当に学校に行かなくなり大検制度を使って京大に放り込まれた3兄弟は...

テック系ギークはデザイン女子と結婚すべき論

「40代の既婚率は20%以下です。これは問題だ。」というのが新卒で就職した大手SI屋さんの人事部長の言葉です。初めての事業報告会で、4000...

受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1

僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で...

bottom of page