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16/9/18

素顔10代な平凡OLが銀座ホステスとして売れっ子になるまで(5)

Image by Olia Gozha

銀座の働き方


伊藤は店のある裏路地から並木のあるきらびやかな通りに出ると、そのまま長い足で大きな歩幅を作りながら歩く。

私は取り残されないように、早足でそのあとに続いた。


銀座8丁目。多くの銀座のクラブや料理屋、社交場はここに集中している。深夜1時といえどもまだ道の両脇には煌々とレトロな街灯がともり、中央には黒塗りのタクシーや高級外車がゆるゆると走っていた。


大通りを一本曲がったビルの前まで来ると、1階に開放された大きなロビーの中に伊藤は入ってゆく。床には間接照明が敷かれ、上品な印象のビルだ。奥にあるエレベーターに乗ると、彼は7階のボタンを押した。

階数表示板を見上げるとそこには初恋、だったり由奈、だったりとお店の名前が連なっている。

7階に着くと、私達はワインレッドの絨毯が敷かれた明るいロビーに立ち(銀花とは、なんという違いだろうと思った)、初恋、と綺麗に縁どられた文字の書いてある扉を開けた。


縦長の店内には長く伸びるカウンターと1席のみのボックス席。

店の中は煌々と明るく、白い壁の前には大ぶりな花瓶が置いてあり、その中には大きなユリや花々が生き生きと飾られていた。

伊藤「アイ、これお土産」


伊藤が言って、何か紙袋を入口まで迎えに来た女性に手渡した。

その女性はモダンなチャイナ服を身にまとった驚くほどきれいな女性だった。

彼女はニコリと赤いルージュを塗った唇で自然な笑みを作り、私達をカウンターの席に通した。

後ろに結い上げた髪の毛のおくれ毛が、その拍子に揺れていい香りがした。


私は夢を見るような気持になっていた。伊藤がいつの間にか注文を終わらせていたことなど気が付かずにぼうっと眩しいばかりの店内を見渡していた。長く続く木目のカウンターにはチリひとつなく、カウンターの反対側にあるガラス棚には上品な間垣をあけて、お酒のボトルが並んでいた。

伊藤「マヤちゃん」

ふと、伊藤が名前を呼び私は我に返った。

彼が手にしていたのはモエ・エ・シャンドン。シャンパンのボトルだった。

伊藤「今日はアイの出発記念なんだ」


伊藤はそういうと私の目の前にあるシャンパングラスに、シャンパンとトットッと注いだ。アイさんというこの女性は、先日店を変わったばかりなのだという

アイ「伊藤さん、来てくれて有難う!それで、こちらの女性は??」

伊藤「こちらはマヤちゃん。カラオケバーの店員さん。」

アイ「まあ、はじめまして。私アイです。」

正直なところ、私は伊藤にカラオケバーの店員と紹介されるとは思っていなかった。

私は自分の恰好を振り返った。体系を隠すような地味な黒いニットに、ジーンズ。そりゃあ、そう言われても仕方ないような恰好をしていた。それでも、私だって銀座で働いているのにこの差は何だろう。

アイさんが、私に対しても分け隔てなく接してくれることがかえって自分の劣等感を刺激した。

銀座のボーイをしている伊藤でも、彼女と出会った7年前から彼女のことを応援しているのだ、

それなりの女性なのだろう。それでもただ、自分自身に向かって私は悔しかったのだと思う。


小1時間たったころだろうか。伊藤は酒豪で、もう既にシャンパンのボトルを3本も開けていた。

そして、血走った眼で私に説教を始めた。

伊藤「今日はね、マヤちゃん。君に銀座で働くことについて話そうと思ってきたんだよ」

マヤ「ええ、わかります」

伊藤「アイを見ればわかるだろ、彼女の働き方。すごいだろ。」

マヤ「そうですね、アイさん綺麗だし」

伊藤「綺麗なだけじゃあ銀座ではやっていけない。頭でかんがえなきゃあね。アイを見なよ。俺たちの前に立ちながら、他の客の気遣いもしてるだろ」

そう言われて、気が付いた。ほとんど満席近くになっているカウンターの前に立つのはアイさんひとり。彼女はカウンター下のシンクで片付けをしたり、灰皿を片づけたり、他が盛り下がっているとみるとすかさず会話に入ったりしていた。

マヤ「なんだか新鮮です」

それは私の正直な感想だった。一匹狼でよかった学生時代のバイトとは違って、''初恋''の中ではやってくるお客さんすべてが店のお客さんで、同じくらい店にとって大事で、おもてなしをしているのだと私は気が付いた。アイさんはそれをわかっている。それが、私とアイさんの違いなのだ。

伊藤の言った、『ママのお客さん』という意味が、やっとストンと理解できた気がした。



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