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16/9/18

世界47カ国女子バックパッカーができるまで(9)

Image by Olia Gozha

場違い

小男に連れられて、白いトヨタのバンに乗った私は雑居ビルから数分の路地が目立つ地区に移動した。


小男は目的地に到着するまで、誰かとPHSで話しをしながら片手で運転していた。『ええ、だからあ、そういう面倒くさいのはやっといてよ~』

後部座席に乗っていた私はぼそぼそと聞こえてくるその口調に、私は初めて一抹の不安を抱いた。彼の見た目はウォッシュグレイのジーンズに白いTシャツという風情だったが、その口調にはどこかヤクザちっくなものを感じたのだった。

ヤクザなんて会ったこともないけれど、よくテレビドラマで見るような『お前、その始末しとけよ』的な場面を思い出したのだ。


バンは昼間でも少し影のある裏路地に停車すると、彼はPHSを助手席に置いて後ろのドアを開けてくれた。

まさに路地の裏とでもいうような、大きなパイプや配線がむき出しになっている小さな区画が目の前にあった。誘導されるままに小さな店の勝手口らしきところから入ると、中にはぎりぎりの高さの天井の廊下が続き、その先にいきなり開けるかのようにして小部屋があった。

小部屋にはぴたりと閉められたレースの遮光カーテンがかかる窓があり、薄暗い室内には眩しいガラステーブルが置かれていた。そのガラステーブルを囲むように、場違いな大仰な白い合皮ソファがある。そこには2,3人の女の子がそれぞれ携帯をのぞき込んだり、化粧をしたりと思い思いにくつろいでいた。

彼女たちは入ってきた私達の姿にちらっと眼をむけるも、何事もなかったかのように自分のやっていたことに戻った。

部屋の中にはなんともいえない、プールのような塩素のようなにおいが漂っていた。


お兄さん「あ、来たね~」


数時間前に会ったばかりなのだが、見慣れた岡田准一の顔を見て私はなぜかホッとした。



おじさん「じゃ、これね」

小男がそう言ってひょいと私に手渡したのは、茶色のトートバックだった。

これ知ってる。私の年頃の女の子なら皆があこがれる、エルメスのトートだ。

おじさん「仕事道具は、全部この中に入ってるから」

ケイシー「はい??」

仕事道具?と思ってトートの中をのぞくと、そこには小さな空のビニールジップ袋と、ちょうど喫茶店で使うようなドレッシングボトルに、赤黒い液体が入ったものが入っていた。

ケイシー「あの・・これ、何ですか?」

おじさん「ああ、これ。お客が病気かどうか調べるときに使うんだよ。中身はヨードチンキ。傷に塗るやつね。風呂場で洗面器に薄めて、体洗うの。病気持ちなら痛がるはずだからさ」

いくら世間知らずな私でも、これを聞いて『大変なことになってしまった』と真っ青になった。

私はどうやら見も知らぬお客さんの身体を洗うことをしなくてはならないらしい。

おじさん「じゃあ、このソファーで待ってて。仕事が入ったら、呼ぶからね。」



この時から、この場からどうやって逃げようかということばかりが私の頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。

とりあえず落ち着くためにいったん、エルメスのトートをぎゅっと脇にかかえたままソファに座り、あたりを見渡した。私の真向かいには、まるで地味な顔をした同じ20歳前後に見える女の子が膝に毛布をかけて座っていた。

おかっぱにした髪の毛に、つるんとした肌。ただ、目線はどこかうつろでぼんやりとしている。

隣のソファに座っているのはギャルチックに髪の毛を金色に染めたコだった。こちらは派手な印象で、マツゲにマスカラを塗りながら隣の同じギャルと話している。

ギャル「こないださあ~、ついた客がむっちゃ変わってて~」


ふと、新しい女の子が岡田准一に促されて小部屋に入ってきた。

彼女はどこにでもいるような平凡な顔立ちで、私と同じようにトートを脇にぎゅっと持ち、そして、髪の毛から水を滴らせていた・・・

彼女は小部屋の入口に立ちどまると、岡田准一に向かって小声で何か言った。

女の子「私、こんなのじゃなくて違う、ちゃんとしたマッサージ店に応募したはずなんです・・・」


彼女はぶるぶるとその小さな両肩を震わせていた。

彼女に、自分の近い未来を見た気がした。1秒たりともここにいてはいけない気がした。

場違いという日本語を、私は生まれて初めてこの日体感したのだった。




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