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16/9/20

フツーの女子大生だった私の転落の始まりと波乱に満ちた半生の記録 第14話

Image by Olia Gozha

破滅

《これまでのあらすじ》初めて読む方へ

大学生の篠田桃子はショーパブでアルバイトしている。様々な葛藤の中で、そこに自分の居場所を見つけようとしていた。そんな矢先、唯一仲良くしていたホステス仲間のミホが恋人をめぐって他のホステスと大ゲンカする。店を取り仕切る玲子は冷たくミホを突き放し桃子は戸惑うばかりだった。



あの日のことを思い出すたび、胸を暗い闇が覆う。


嫌な記憶でしかない。




騒動以来ミホは店に姿を見せなかった。

彼女の部屋に行ってみたが

いつもカーテンがひかれ外からは何も見えなかった。


考えてみたらミホの連絡先すら知らない。

私にはなす術がなかった。




そしてその日は、やってきた。


店内に客が1人残らず帰って、ホステスたちは更衣室で

帰りの身支度をしていた。


私も着替え終わり店を出ようとしていた。


その時、そう、例えるなら

熱湯をかけられた猫か狸みたいな

ギャーという声がした。


普通じゃない、絶叫といえる叫び声だった。


瞬間的にホステスをはじめ、スタッフ全員が

身動きを止め更衣室の方を見た。


更衣室の前はすでに人だかりができていた。


「アキナ?!ねえ!どうしたの!」


数人のホステスが鏡の前にしゃがみ込んで口々に叫ぶ。

中央にうずくまっていたのはアキナだった。



今夜指名が3本を超えたので仲間と祝杯をあげると

ついさっきまで意気込んでいたのに


一体彼女の身に何が起こったのか。


アキナはうずくまったまま泣き叫び続けるだけだった。


玲子が駆けつけてきて

アキナを見て何かを察したように

みるみる険しい顔に変わった。

ボーイに向かって大声で


「救急車を呼んで」

と言った。


パテオは大混乱になった。


玲子が他の者を追い出して更衣室のドアを閉めると


突然静寂の訪れたラウンジで

皆、困惑した顔を見合わせた。


誰1人、何が起こったのか分からなかった。


分かったのは救急車に乗り込む時だった。


アキナはタオルで顔を覆っていた。


そして半ばパニックになりながら、こう叫んだ。


「ちくしょう!絶対アイツだ!許さない!」



アイツ…



誰もが、つい1週間前に起きた騒動を思い浮かべた。




そしてアキナに強い恨みを持った人間が誰なのかも。






その足で私はミホのアパートに行った。


アパートが見えてきた途端

私は足を止め、息を飲んだ。




2階の窓からは、煌煌と灯りが漏れ暗闇を照らしていた。


私は早足に部屋の前まで行った。


チャイムを鳴らそうとして私はなぜか

ドアノブを握っていた。


ドアは簡単に開いた。


「ミホ?」


私は恐る恐る顔を覗かせて、ハッとした。


そこにはミホではなく、かわりにヒョロッとした背に高い

若い男の姿があった。


よく見るとミホの恋人でパテオのボーイの大野だった。


大野は大きいスポーツバッグに服やら歯ブラシやら


黙々と詰め込んでいた。


大野は振り返った瞬間、私に気がつきギョッとして言った。




「おい、なんだよ。アンタ。いるなら言ってくれよ」


「何、してるの。ミホはどこにいるの?」



大野は、ふっと疲れたように笑い私から目を逸らした。



「あんたのことでミホがアキナと揉めて店追い出されたの

 知ってるよね?」


「あ、それ俺休みだったから、ダチから聞いたよ。

アイツ派手にやったらしいね」


まるで他人事のように言ってのける大野を私は睨みつけた。


「今夜のことは知ってるでしょ?アキナに何があったのか」


「ああ、すごかったよな。なんか化粧水の中に硫酸が混入されてたんだって!?

でさ、俺、恐いからこれ以上関わりたくないんだわ。奴らに」


「はあ!?」



私は呆れと怒りの表情で大野を見た。



「そんな恐い顔しないでよ。なんで俺がアンタから

恨みを買わないといけないわけ?」


「ことの発端はあんたが二股かけてたからでしょう?

ミホと暮らしてるくせにアキナとも付き合ってたんでしょ?!」


「あのな、アンタだって気がついてたんじゃねえの?

ここに泊まりに来てたろ?そん時俺が誰と何してるかくらい

そーゆうこと、ミホと話したりしなかったわけ?」



私は、言葉が出てこなかった。


言われてみれば私が泊まる日この男がどこにいるか


考えたこともなかった。



「だってミホ…すごく幸せそうにアンタの話してたから…」



私の言葉にも大野は、我関せずといったふうに


部屋内の私物を探してはバッグに放り込んでいる。



私は、そのそっけない大野の態度を呆然と眺めながら思った。


もしかして



ミホは気がついていたのかもしれない。


この男の裏切りを。


でも信じていたいから


私にいい想い出だけ話すことで


それを見て見ぬフリしたかったのかもしれない。



でもアキナに暴露されて


ミホの中で何かがぶっ壊れちゃったんだ…


きっと…そうだ。



ぼうっと突っ立っている私をよそに


大野は荷物をまとめ終え



「じゃ、俺もう行くから」


と眠たそうな声で言った。

そしてヒョイとバッグを持ち上げると


玄関に降りた。


「ちょっと待って」


私の声は少しかすれていた。


「あ?まだなんかあんの?」


大野が露骨に迷惑そうな顔で振り返った。



「ミホのこともアキナのことも両方遊びだったの?」


「さあね。遊びか本気かなんてさ、いちいち

分けて付き合ったりしないだろう」


確かにそれはそうかもしれない。


でもこの男の顔を見れば一目瞭然だった。


こいつの目は誰かを愛している目じゃなかった。


人に恋い焦がれる目、



そうだった。

ミホの目はいつも私にそう語っていたっけ。



「とにかくさ、昨夜のことがマジであいつがやったんなら

俺みたいな店クビになるどころの話じゃねえ、

マジ、シャレになんねえよ。アイツ、犯罪者みたいなもんだろ」


大野は靴を履くともう一度私を見て言った。



「あんたも関わらない方がいい。これ言うか迷ってんだけど

前に一緒に働いてたやつがさ、ついこの前ミホらしき女見たって。

場所聞いて、ちょっと驚いた」


その場所は、ここから2駅ほど離れた


有名な風俗街だった。


大野は、まあ悪く思うなよと言い残すと


ドアを開けそそくさと夜の闇に姿を消した。





1人残されたミホの部屋を


私は見渡した。


ベッドの上の布団が乱れ、靴下がひきだしから何足も飛び出している。


ミホが着ていたジャージの隣で私がよく借りてきていた

ジャージが仲良くハンガーにかけられている。


あれ?

あのクマのヌイグルミは?


私はもう一度見渡した。


よく私とふざけ合って投げていたヌイグルミ。


彼女が幼い頃から大切にしてきたものだ。


ヌイグルミを愛おしそうに抱きしめるミホと


アキナに食ってかかっていた鬼の能面のような顔のミホ


2つが私の視界に重なった。


あの表情


嫉妬にかられ狂った鬼のような顔


その鬼が今日、店に忍び込み


アキナへの恐ろしい復讐を実行した。





私の頬をふいに一筋の涙がつたう。


「サヨナラ、ミホ」


私は幾すじもの涙で頬を濡らしながら呟いた。



私はそのまま、玄関の外へ出た。


真冬の深夜に漂う冷気は肌を刺すように冷たかった。


寒さに震えながら思った。


もうここへ来ることはないだろう。


そして闇の中を私は


1人歩いた。


終電もとっくに終わった平日の繁華街は


人もまばらだった。


私は1人ぼっちになった寂しさと不安の中にいた。


夜の世界の華やかさの裏に隠された

女たちも醜さと恐ろしさを目の当たりにしたせいだ。


そしてこれから待ち受ける


避けて通れない恐るべき何かが


私の不安を煽っているのだった。

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