接客がわからない
伊藤は私をエレベーターホールに連れ出して、銀花の扉を閉めてからこちらに向き直った。
その顔には張り付いたような笑顔が浮かんでいる。その笑みは私に遊園地のピエロを思い浮かばせた。
伊藤「マヤちゃんさあ、もう少し愛想よくできないかな?お客さんは女の子との会話も楽しみに来てるんだから」
マヤ「す、すみません・・・(距離感が難しくて・・)」
伊藤「今日、店終わったらちょっと時間ある?」
マヤ「はい、少しなら・・」
伊藤は満足そうにうなずくと、私を席に返した。
私は接客にもどると席で水割りを作り、5人グループのお客さんを相手にうまく喋っている古株のユイを観察した。
私は決して人前でしゃべるのが得意な方ではない。ユイも、営業時間前に待機している間は無駄話などしないおとなしいタイプなのだ。なのに、この違いは何だろう。
お客A「君もしゃべりなよ、えーっと・・・名前は何だっけ?」
ユイ「マヤちゃんよ、小林さんったら!さっき自己紹介したじゃないの~」
お客A「ああ、そうだそうだ、マヤちゃん!金払ってきてるんだから、ちゃんと接客してよ~!ここのママは厳しいんだからねえ~」
ユイ「もう、小林さん!酔っ払いなんだから~」
コロコロと笑うユイをしり目に、私は貝のようにまた何も言えなくなってしまった。
このまま、自分はクビになってしまうのかもしれない、その話を伊藤にされるのかもしれないとまで思い始めた。
店が深夜の1時に閉店してカラオケに興じていた客も帰ってしまうと、伊藤は私に目配せをして店に最後まで残るように合図をした。
どうやら、他の女の子には話をしていないようだった。
出勤していたユイやサヤカが『お疲れさまでーす』と帰っていったあと、がらんとした店内には卓の上に載ったビール瓶や焼酎やウイスキーの瓶、グラスが残り、伊藤とカウンターの中で洗い物を続ける無口な斉藤のみになった。
伊藤「さ、行こうか」
マヤ「え、でも片付けは・・」
伊藤「斉藤君がやってくれるよ」
斉藤はカウンターの中から、無表情のままこちらを向いて軽く頷く。私は伊藤と一緒に深夜の銀座の街に繰り出すことになった。