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16/9/7

元気かな、会いたいな、と思っています ⑤ハナミズキ

Image by Olia Gozha

ハナミズキ

科・属名 ミズキ科・ミズキ属

開花期 4~5月

花の色 白・ピンク・赤

桜が終わったころから咲き始める 庭木や街路樹として植えられていることが多い

花言葉 私の想いを受け止めてください・返礼

 

 

ふと、思い出す人がいる。

槇原敬之の『花水木』という歌がラジオから流れた。

その歌は、お互いを想い合っている二人が、別れを選び、最後のデートでいつものように花水木の通りの終わりでハザードを付け、彼女を待っている彼の心情を歌っている。

お付き合いをしたわけではないが、この曲を耳にすると思い出す人がいる。

そんな彼をハナミズキさんと呼ぶことにする。

 

私が勤めていた整体院は、駅から川を渡って階段を下ったところにある4差路の一角に位置し、もう一つの角に小さな公園、もう一つの角にコンビニエンスストアが立っていた。

ハナミズキさんはそのコンビニでアルバイトをしていて、バイトの帰りに時々整体を受けに来た。私より5歳くらい年下で、まだ20代半ばだったので、いい年頃の若者が日中アルバイトとは何か訳があるのかな、と思っていたら車の整備士になるために専門学校に通っているところだった。背が高く、朴訥としていたが、映画を見るのが好きという共通点でそれなりに施術中も話は弾んだ。私からすれば、私が高校生だった時に小学生だった男の子、という感覚でいたのも事実で、男性として接していなかったように思う。

当時配給が来ていたアメリカの映画で『エターナル・サンシャイン』という映画があった。ヒロインはタイタニックで主演を勤めたケイト・ウィンスレットだった。付き合っていた彼と喧嘩し、彼との記憶を消す手術を受けてしまう。それを知って驚いた彼も彼女との記憶を消そうとする、といった話だった。挿入歌に使われていた曲がとても耳に残り、観に行きたいな、と思っているところだった。不意打ちだった。

「一緒に、観に行きませんか?」

と言われてしまったのだ。

散々、観たいと思っている、という話をした後で、いえいえ実は興味がないですぅ、とか、当時付き合っている人がいたわけでもなかったので、彼氏に怒られますぅ、とか嘘をつくこともできないくらい、ハナミズキさんは誠実な態度で私と接していた。

「そぉ、で、す、ね」

とぐうの音を出しながら、将棋指しが、まいりました、というテンションで私は承諾してしまった。

傍から見ても明らかにわかるくらい、ハナミズキさんは喜んで、この日は午前中で授業が終わるのでみなとみらい線の新高島駅で待ち合わせをしましょう、ちょっとお昼を食べたら109シネマズで丁度良い時間に開演なので、そこで観ましょう、と約束をして、朴訥な青年はスキップせんばかりにお店を後にした。

閉まる自動ドアを見ながら私は、しまった、という顔をしていたと思う。

映画館の場所や時間がこうもスラスラと出てくるとは、してやられた感満載である。

私は学生のころ、中学生に理科と数学を教える塾の講師をしていた。

彼らと同い年でしょぉぉ?とガラスの自動ドアの向こうにまだ見えているハナミズキさんの後ろ姿を凝視した。

 

約束は約束である。一応普段は履かないロングスカートを身に着け、でも純粋にこの映画が見たいだけかもしれないし、などと及び腰のまま新高島駅に着いた。

この頃のみなとみらい21地区は開発途上でハナミズキさんが指定した109シネマズも、できたてホヤホヤだった。うぅん。何やら夢に描いたデートプラン、の臭いがする。眉間にしわが寄った。

所在なげなまま駅前に立っている私に、ハナミズキさんは声をかけ、さあ、行きましょう、とリードした。映画館に隣接する『横濱はじめて物語』という複合施設は昭和レトロに内装され、ゲームセンターやフードコートが入っていた。正直、私も学生であれば楽しめたと思う。整体師になる前の私はメーカーで技術職として働き、それなりのお給料を貰い、社会人としての遊びを知ってしまっていた。今更学生のようなデートは辛かった。

フードコートで食事を済ませ、会計の時も学生さんに出させる訳にはいかない、と気を揉んだが、ハナミズキさんも私の分を出す余裕もなく、割り勘で、ということになった。

映画も見終わり、ホッとしていた私に駅前でついにハナミズキさんは口を開いた。

「僕とお付き合いしてもらえませんか?」

ストレートだった。

今日の私の受け答えのどこに脈を感じたのか問いたいくらいだった。

「私はハナミズキさんよりずいぶん年上で、もうおばさんですよ」

と苦し紛れに言うと

「それは、答えになっていません」

と返された。あまりに真摯な眼差しに、私はおもわず目を背けた。

嫌いなところがあったわけではない。男性として見ることができなかったのだ。

「ごめんなさい。お付き合いすることは、できません」

なんとか言葉を絞り出した。

ハナミズキさんは、スッと目をふせ、うなずいた。

乗ってきた中型バイクにはヘルメットが2つ付いていた。

「本当は、こいつに二人乗りして、送っていきたかった。でもここで終わりにします。今日はありがとうございました」

と頭を下げてハナミズキさんは去っていった。

その後、ハナミズキさんはコンビニのバイトを辞めて、整体院にも来なくなった。

 

あれ以来、新高島駅には行ったことがない。今では109シネマズも閉館になった。

将来有望な青年だったかな、とは思う。でも、いまだにハナミズキさんが私のどこを気に入ったのかもわからない。

ハナミズキの花が散り、伸びてきた新芽を引っ張りながら、

だって、若かったのよ、とひとりごちた。

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