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16/9/10

フツーの女子大生だった私の転落の始まりと波乱に満ちた半生の記録 第12話

Image by Olia Gozha

疎まれ蔑まれても

《これまでのあらすじ》初めて読む方へ

ごく普通の女子大生篠田桃子はあることをきっかけにショーパブで働くことに。知らず知らず野望を持ち、ここに自分の居場所を見つけようとする桃子。それをはっきりと自覚した桃子は恋人の拓哉に別れを告げる。



「杏さん、前に出てきてください」


場内がざわついた。


私は立ち上がり、厚みのある茶封筒を手に微笑んでいる玲子のそばまで進み出た。


いくつもの驚きと鋭い嫉妬の混ざった視線を浴びながら、私は茶封筒を受け取った。


佐々木のわざとらしい大きな拍手に促され、パテオのラウンジに拍手が響き渡った。


「ベスト10入りおめでとう」


「有難うございます」


そう言って頭を下げ席へ戻る途中

また別の類の視線が自分に向けられていることに気がついた。


ひょっとすると

それは羨望の眼差しだ。



パテオはホステスの入れ替わりが激しい。


週に一回のミーティングには入って間もないホステスも多く参加する。


新しいホステスの顔をいちいち覚えていられないくらいだ。

すでに私の後から入ったホステスは多くいる。


そして当然のことだが彼女らから見れば

5ヶ月前には入った私はすでにベテランの域にいるわけだ。


席について顔を上げると、この前ヘルプについてくれたレミという新人と目が合った。


彼女の目からは私に対する恐れと羨望が読み取れた。


私は恍惚とした気分に浸りながら、天井の無数のシャンデリアやミラーボールを見渡した。



ついにやった


ベスト10入り


これは1日に指名を3本以上取り続けた成果だ



ここ1ヶ月、ラクじゃなかった


毎日何十人もの客にメールと電話をかけ

5ヶ月で培われた営業と接客の全テクニックを駆使して客をもてなした


どんなにクセのある客だろうが、ワキガだろうが何だろうが



脳と感覚器官を麻痺させて

ひたすら顔面に笑みを絶やさずにいた。



その成果がやっとこうやって表れたのだ。

おかげで最近のショーの立ち位置も変わった。


出番も増えたし、1番後ろの隅っこだった私は

曲によっては舞台の中央近くに来るまでになった。



この結果はショーとの相乗効果のおかげかもしれない。




茶封筒を持つ指に力を込めた。





忘れない



この厚みを



この感触を



これはただのお金じゃない


プライド


羞恥心


誇り



そして体裁




そういう、これまでの人生で大切にしてきたものをかなぐり捨てて

手に入れたものだ。



そうだ

ここまできたら


どんな視線だろうが気になどしてなどいられない




ふいに大学での出来事が思い出された。



昨日入学当初から続けてきたサークルをやめた。


うちの大学で1番歴史の古く伝統的な知名度のあるサークルなので

クラスメートも多くが入部した。

友達の由美もその1人だ。


うちだけでなく名門大学が幾つも名を連ねるマンモスサークルだ。



表立ってではないが噂によればサークルのOBには成功者が多いため

一流企業への就職にも強いと言われていた。



でも実際活動といえば何てことはない。


スポーツやアウトドアなど楽しむ以外は飲み会ばかりのお遊びサークルだ。



拓哉ともここで知り合った。


先日行われたバーベキューもそうだ。


それまで必死でそういうブランドのようなものにしがみついてきた私だったが


今はもう人生を軌道修正する気は失せていた。


パテオという場所の自分の居場所を見つけ


拓哉と別れる以上


このサークルにも行く必要性ががなくなった気がした。





サークルの男の先輩は顎髭を撫でながら


「あれえ?篠田さんやめちゃうのかい?何でまた」


と言って私を見た。


その目は好奇で満ちていた。



サークルでも、クラスでも私のことが密かに噂されていた。


拓哉とのことだけではなく

私自身についても、急に感じが変わったとか


愛想が悪くなった


見た目が派手になったとか。


もちろん目の前にいる幹部と言われている先輩の耳にも入っているだろう。



「そっか、ほいじゃまあ、そういうことら仕方ないね」



そう言うと彼はどこか蔑むような哀れむよう目で私を見た。


瞬間的に自分が侮蔑の対象という

烙印を押されたような気分になった。



それはクラスでも同じだった。


由美は最近すっかり私を合コンに誘わなくなった。


それに関しては好都合だったが

仲良しグループだった女子たちも私のことを避けるようになっていた。


影でどんな会話が繰り広げられているのか分からないが


とにかく彼女らにとって私はもう仲間にしたくない存在なのだろう。


この前、教室に傘を忘れ取りに行った時だった。


由美のすぐ横に置いてあったそれを


汚いものをつまむようにして


自分から遠ざけているのを他の友達らが


「汚いものみたいにー」


とふざけて笑いながらなすりつけあっていた。


教室の入り口に佇んでいる私に気がついた彼女らは


何もなかったような顔で別の話を始めた。


傘を手に取り教室から出るまで

屈辱で私の顔は青ざめていた。


視界の隅に見えた由美の顔は

やっぱり口元に侮蔑の笑みを含ませていた。



気持ちが落ち着くまで、結構な時間を費やした。


今も思い出すと息が苦しくなる。


私は本来強くない


まだまだ心がひ弱なのだ





私は顔をあげた。


ちょうどナンバーワンのミサキが席を立ち玲子の前へと進み出ていた。


今日は遠目から見ても高そうなベージュピンクのドレスを見に纏っていた。


表情はふてぶてしいものだが身のこなしは可憐で美しい。


私の何倍もの分厚い封筒を無表情で受け取ると

またこちらの向かって歩いて来る。


一瞬だけ目が合った。


眠そうな薄目だが強い光が宿っていた。


それは目は

何も恐れるものなどないと言っていた。



私はまだ彼女の足元にも及ばない。


もっと心を鍛えなきゃと思う。


動じない岩のような心を。



私は帰宅すると


1本3万円のワインを開けて


1人で乾杯した。


もちろん味なんて分からなかった。

所詮、安アパートに住む20歳になったばかりの小娘であることは変わらない。


でも、今の私の気分に合った、それらしいことをしてみたくなったのだ。


その月の給料は既にその辺のOLの倍近くあった。


「乾杯」


私はひとり

グラスを傾けた。


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