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16/8/12

フツーの女子大生だった私の転落の始まりと波乱に満ちた半生の記録 第6話

Image by Olia Gozha

堕ちていく

《これまでのあらすじ》  初めて読む方へ

大学生の篠田桃子は携帯と財布を失くしてから人生が狂い始める。携帯のみ拾ったという佐々木という柄に悪い男とその恋人、玲子からお金を借り、彼女たちの勧めもあってショーパブ「パテオ」で働くことになった。でも初日から、ダンスレッスンについていけないは、客にセクハラまがいのことをされるはでショックの桃子だったが、全て割り切ろうと思い直すのであった。


昨夜も私は『パテオ』へ行った。

レッスンにはやっぱりついていけず、ダンス講師に幾度も名指しで注意された。


「杏さん、足上がってない。ちゃんと音聴いて」


女の子たちの何人かは既に私をお荷物扱いするようになった。

音楽が止まるたびに

「またかよー」「進まないじゃん」と

聞えよがしに文句を言った。


接客の方は意外と早く慣れた。

口下手はどうしようもないが

まず、客の呼吸に合わせることを学んだ。

いいところで目を見開いて大げさに頷いてみたり

さも可笑しそうに笑ってみたり

そんな私の下手な芝居に単純な男達は大喜びしていた。

もちろん私の本音は嬉しくもおかしくもなかった。

次はどんなリアクションをしてやろうかだけ考えていた。

実際は聞きもしないのに勝手に自慢話する客が多いので

だいぶ助かった。

初日のような露骨なお触りはなかったが

肩を組まれたり、顔を近づけてきたり

やたらと下ネタを連発して女の子の反応を面白がる客もいた。

一緒についていた女の子たちはキャ〜キャ〜手を叩いて喜んでいた。

ホラね、慣れれば大したことじゃない。

私はいつもそう思うようにしていた。





今夜は最後の居酒屋でのバイトに行った。

閉店まであとわずかとあって

ホール内の客は既にまばらだ。

私はテーブルの上のグラスや皿を片付けていた。

「手伝います」と言って

先月入ったばかりの永沢という女の子が台布巾を持ってやってきた。

確か同じ大学の1年生だ。

「ねえ、篠田さん今日で最後なんですよね?」


「うん」


彼女は、そうなんだ〜、やっぱり〜

と残念そうに笑ってみせ、それからなぜか厨房にいるパートの

おばちゃんの悪口を話し始めた。

確かに、私も入った頃は苦手だった。

眉間の深く刻まれたシワや、変な色をした口紅

まくしたてるような口調を思い出すだけで

その日のバイトをサボりたくなるほどだった。

でも1年も過ぎるとどうってことなくなった。


そうだ、慣れれば何てことない


例えば  あのショーもそうだ。

 1回目は夜9時から、2回目は夜11時から。

2回目のショーはキレキレのダンスや歌も完成度は1回目よりも高いくらいだ。

でも私が気になったにはダンサーたちの衣装だ。

パッと見ただけならストリップ劇場と間違えそうになるほど

露出度が高いのだ。

肝心なところは小さな布で隠されているものの

あんなに激しい動きでポロッといかないのが不思議なくらいだった。


聞けば2回目のショーこそがメインなのだそうだ。

人数も1回目は総勢20人ほどいたのに対し

2回目は10人の選ばれた人気キャストしか出さない。

2回目のショーに出ると指名もぐっと増えるらしく

ダンサーたちは皆、後半のショーに出たがるのだという。


私は多分出ることはないだろう。


ショーで活躍できるような素質もなさそうだし

何よりあんなマネできない。

裸も同然の姿で、挑発的な格好をして…


お母さんが見たらなんて言うだろう。。

情けない、あんたって子は恥知らずなことを!

やっぱり片親だからいけなかったのね


ああ、コレ絶対言いそう …




「あ、そう言えばなんですけど」


永沢さんの声に我に返って私はハッとした。


「なに?」


「橋本先輩、またミューズに出てましたよね」


「あ、由美のこと?」

大学のクラスメートの橋本由美は仲間内ではちょっとした有名人だ。


「篠田さん親友なんでしょう。すごいなあ。あんな読者モデルの子と仲良しなんて」


親友…ってみえるんだな。端からは。


「由美は…読者モデルじゃないと思うよ」


これは本当のこと。


「え!なんでじゃあ、あんなにしょっちゅう雑誌に出てるんですか」


「さあ、分かんないけど」


「やっぱ、コネとかあるのなあ。だって橋本先輩って 社長令嬢なんですよね」


これも本当のことらしい。


永沢さんと私の携帯のアドレスを交換しているうちに

閉店の時刻になっていた。



翌日学校へ行くと

由美の座る席の周りに人だかりができていた。

話題はもちろんミューズの紙面を飾ったことだった。

皆、興奮気味に由美を讃えていた。

私は入学当初から知っているが

由美が雑誌に載るのは今回が初めてじゃない。

彼女の雑誌に載るための執着はかなりのものだ。

高校生の頃から街角のスナップ写真風ではあるが

ちょこちょこ登場していた。

もっとも陰では専属モデルになれないからって涙ぐましい努力と囁かれていたが


でも今回は話が違った。

何と言ってもミューズは今、若い子の間で売れ筋ダントツの雑誌なのだ。

私は少し離れた席に腰を下ろし手帳を広げた。


講義のあと、私が席を立つと由美が駆け寄ってきた。


「ね、桃子今夜空いてる?」


「ごめん予定があるんだ」

今夜ももちろん『パテオ』に行く。

何しろ私は借金を背負っているのだから。


「えーーッ。ねえねえっ  なんとか調整できない?!

  今夜の相手、全員 医大生だよ!」


「ごめん、もう約束してるから」


「ええーーもうっ。絶対後悔するよ?!いいの?!」


由美はしばらく、ああだこうだと今夜の合コンの素晴らしさを説いていた。


どうせ数合わせで声をかけてきたくせに

シラけた気持ちで一通り聞いた後で

私は笑顔でゴメンねと言って教室を出ようとした。


「あ、桃子  待って」


私は振り返って由美を見た。

由美は少しだけ決まり悪そうに言った。


「桃子、怒ってない?」


「何のこと?」


「だから〜、  アレだよ。ミューズ」


「ああ」


「たまたま私が名刺持ってたでしょ。だからってわけじゃないけどさ、

  結果的に私だけ載っちゃったじゃない?

  でもね、なんか一人いれば十分って空気だったんだよね。だから

   あえて桃子には連絡しなかったのね」


名刺をもらったのは桃子なのに

とは言わなかった。


でも

もういい、どうってことない。


「いいって。気にしてないよ。見たよ、 すごく可愛く撮れてたね」


すると由美はパッと表情が明るくなりニッコリ笑って言った。


「ンフフ〜♫、実は自分でもそう思った」


私もニッコリ笑って彼女に背を向けた。



また夜が来た。

レッスンの後、化粧室の個室に入っていると

こんな声がした。

「あいつ、マジでお荷物だよね。なんでダンスメンバーに選ばれたんだろ」

「なんかさ、噂だけど玲子さんの紹介らしいよ」

「えっ、それなんかヤバいんじゃない?」



ヤバいって?

私には全く何のことだかわからなかった。

客を送り出すため店の外に出た時

大学生らしき男女のグループが通り過ぎた。

一瞬、由美達ではないかと焦った。

この派手な柄に胸元が大きく開いたキャミソール姿を見られたらもうおしまいだ。

すぐに人違いとわかってホッとする。

事実、そう遠くない場所で彼女は医大生達と楽しく飲んでいるだろう。

今さらだが、改めて彼女との立場の違いにため息が出た。



地下の店へと続く階段の下から


「杏さ〜ん」


と呼ぶ声がした。

私はヒールを鳴らしながら階段を駆け下りた。

この日私は初めて指名客を取ることができた。





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