こどものころはほのぼのしていたマイペースなこどもだった。
はじめまして。けいちゃんと呼ばれています。
私は現在保育士としてこどもや大人が自然とつながるきっかけを作るためのイベントを企画したり、
ポエムを書いたり、歌ったりするアーテイスト活動、旅などをしています。
こんな自分ですが実は不登校や引きこもっていた時期もあります。
その過程の出来事をここで紹介させていただきます。
こどものころはわくわく自分が楽しいことを毎日していました。
毎日が安心、安全の世界。
誰かのことなんか気にせずに自分のすることに全力で取り組んでいました。
実家は福井県の田舎町。
絵を描いたり、家の庭で遊んだり、
弟と戦隊ものやアンパンマンなどごっこ遊びをよくしていました。
小学校に上がると活動範囲が広がり、弟を連れてよく川に遊びに出かけていました。
近所にカメや魚がたくさんいる小川がありよくそこで遊ぶことになりました。
そこで1つの大きな出会いがありました。
いつものように川へ弟と出かけると見知らぬおじさんと女の子が近づいてきました。
おじさん「こんにちは!ここは君たちの遊び場かい?」
けい「うんそうだよ!僕たちの秘密の遊び場だよ!」
おじさん「そうなんだ。実はここは工事されるかもしれないんだ。」
けい「え?」
よく話を聞くとその場所は工事されてしまう可能性があって、そのおじさんはその場所の自然を守るために取材をしてその自然を守ろうとしていたのです。
おじさんは私たちのあそぶ様子とインタビューを撮影して帰っていきました。
そのときはじめて環境破壊と環境を守る人がいることを知りました。
その影響もあってか
「僕たちが自然を守るんだ!」と
「原始マンごっこ」を始めることになります。
原始人をイメージして流木で槍をつくったり、
ひみつきちをつくったり
石を割って今思えば打製石器みたいなものをつくったりしていました。
1級河川の大きな川の川辺で2歳下の弟を連れて原始人をイメージした遊びを繰り広げていました。
それはそれは楽しい遊びでした。
川べで遊んだり、たき火もしたりと、今思えば超わんぱく児だったのもしれません。
でも一方で私には小学生のころからコンプレックスがありました。