top of page

13/8/6

生まれて初めて買った指輪の話

Image by Olia Gozha

生まれて初めて買った指輪は、奥さんとの結婚指輪だった。プラチナで丸い形、一切装飾は無し。

何となく、それがふさわしいように思えたからだ。何もない、ただの結婚。いっそのこと、指輪すら無くても良いかもしれないと考えたけど、人は弱いものだと言う人もいるし、形にして、固めて、物理的なものにおくことも必要かと思い、考えを翻した。


ところで、指輪を買ったお店にフラリと入った時(予約も何もしていなかった)、話を聞いてくれた担当者は若い女性で、おそらく新入社員だった。何もかもバタバタとしているし、質問をするたびに奥の事務所に答えを探しにいくし、むしろ客であるこちらのほうが気を遣ってしまうほどだった。

けれど、後からよくよく考えてみると、僕は入店直後から「結婚指輪が欲しい」と宣言していたから、新入社員の彼女にとって緊張しても仕方がないことだったとも言える。

実のところ、彼女には少しだけわだかまりを持っていたけれど、ゆっくりと時間をかけて思い出していたら、やっと彼女の気持ちを理解することができた。そんな彼女に矢継ぎ早に質問を繰り返していた僕を、反省したい。といっても、僕としては普段通りに訊ねていたつもりだけど、彼女は質問の度に焦りをスーツの両肩から振りまいていて、毎度そわそわとした気持ちになったものだった。


長く取り留めもない話になったけれど、結論としては、僕は彼女に作ってもらった結婚指輪を、一切の妥協も猜疑心もなく、心から好きになれた。未熟者の僕には一ヶ月ほどの時間を要したけど、時間をかけて思いだすことで、好きになることができた。

思いだすことで、好きになる。なるほど、それが指輪の価値か、と思う。

もう顔も名前も忘れてしまったけれど、新入社員の彼女が作ってくれた指輪は、今もキーボードを叩く僕の手の中で光っている。

僕の結婚に対して緊張してくれた彼女の気持ちが、光っている。

←前の物語
つづきの物語→

PODCAST

​あなたも物語を
話してみませんか?

Image by Jukka Aalho

急に旦那が死ぬことになった!その時の私の心情と行動のまとめ1(発生事実・前編)

暗い話ですいません。最初に謝っておきます。暗い話です。嫌な話です。ですが死は誰にでも訪れ、それはどのタイミングでやってくるのかわかりません。...

忘れられない授業の話(1)

概要小4の時に起こった授業の一場面の話です。自分が正しいと思ったとき、その自信を保つことの難しさと、重要さ、そして「正しい」事以外に人間はど...

~リストラの舞台裏~ 「私はこれで、部下を辞めさせました」 1

2008年秋。当時わたしは、部門のマネージャーという重責を担っていた。部門に在籍しているのは、正社員・契約社員を含めて約200名。全社員で1...

強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話

学校よりもクリエイティブな1日にできるなら無理に行かなくても良い。その後、本当に学校に行かなくなり大検制度を使って京大に放り込まれた3兄弟は...

テック系ギークはデザイン女子と結婚すべき論

「40代の既婚率は20%以下です。これは問題だ。」というのが新卒で就職した大手SI屋さんの人事部長の言葉です。初めての事業報告会で、4000...

受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1

僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で...

bottom of page