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16/3/30

「世界双極性障害デー」私は私をありのままに肯定する

Image by Olia Gozha

今日3月30日は「世界双極性障害デー」です。


ゴッホがこの病気であったとも言われていて、彼の誕生日であることから選ばれたそうです。





私自身が患者であって、患者の家族でもあるという、めちゃくちゃど真ん中(どういう表現だか)な当事者でありますが、当事者としては認知も理解も広がるのは嬉しいです。誤解と偏見がなくなっていく過程としてはね。


でも、正直なところ、この病気の本当にしんどさっていうのは健康な人には想像出来る範囲外にあるかもなあ、と思います。どういう病気でもそうですが、やはり実体験に勝るものはありませんし…。本当のところは全部わからなくてもいいんです。わからないなりに、わかろうと努力して心を寄せてくださることが嬉しいのです。




風邪だって患者さんそれぞれに症状が違うように、双極性障害もそれぞれに症状が違います。気分の波の周期も違えば、波の大きさだって違うし、表に出てくる症状もそれぞれです。


私が家族を身近で見ていても母も弟も違います。弟はいま調子が悪いらしくて、一昨日もご飯を食べずに寝ていました。昨日もお昼は食べたかな。いつもなら私の横の机で食べるのに、腰が痛いとかでお弁当を持って上がって二階に行きました。そのほかはトイレにしか降りてこないので、なんとなくこの家に私しかいないような感じになることもあります(ーー;)





母は一時期「殺してもらう」とか物騒なことを行っていましたが、この間は右手で踊っていたし、どうなんだろうな??(ーー;) 特養に入所の際の診断書には「気分変調障害」と「統合失調症」と両方書かれていたような…。このあいだ「怖い」と言っていたのはやっぱり幻覚だろうか?? 5日後に行ったら、その前に「怖い」と言ってたことも忘れてたし。認知症もやっぱりあるだろうしね…。


まあ、あれくらいの歳(もうじき82歳です)になったら、なんの病気でもあんまり変わらないような気がします。本質的なものが残っていたら、それが可愛げと美点であれば十分かもしれません。


死ぬ直前まで元気に動いてばったり倒れて亡くなるケースは理想的ではありますが、割合としては多くないですよね。


老いの行く先を見ていると、ますます躍起になって完治を目指す必要はないとしか思いません。その時その時で出来る範囲のことをするしかないんですよね。どのみち無理をするとあとで反動がくる身ですから…。


そういうささやかな日々の積み重ねで、母のように歳を取ればそれでいいのかもしれません。





母は本当に若い頃から、というか、子供の頃からとてもよく頑張った人で。なにもかもよく出来た人でした。級長とか、生徒会とか、町内会役員とか、そういう人を引っ張る立場で能力を発揮した人でした。もちろん勉強もよく出来ました。私みたいに好き嫌いで成績が変動するわけでなく、まんべんなく優等生でした。


母のそういうところは現在甥っ子が継いでいる気がします。


誰よりも身内の世話と看病をした人でした。両方の祖父母、兄嫁、姉、姉の娘、義兄、そして父。末期がんの伯母の病室に手弁当で出かけて行き、伯父を休ませて、一晩中伯母の足をさすったりしていました。身内や友人に自然とそういうことができる人です。


だから今は私が頑張って特養に顔を見せてあげたいと思います。たとえ「はよ帰り」と言われても…(^_^;)


若い頃はモテモテだったのも知っています。今の状態は本人にも不本意かもしれないけど、今現在のその状態も含めて、私は母の人生すべてを受け入れて肯定したいと思います。それがつまりは病気を受け入れることでもあるんですよね。うん、そうだな。病気も含めて母の人生は好きだな。よかったな、と思います。誰もそう言わなくても私が祝福したいと思います。




父を看取った時に私自身はよく覚えていなかったんですが、父の耳元で「生んでくれてありがとう」と言ったみたいです。生んでくれたのは母ですが、父もいないと生まれてこないから…(^_^;) あれを聞いていた母が「パパ、ええなあ。羨ましい」とか言っていたので、母の時にも同じように言わないといけませんね~(^_^;)


父も母も、両親の人生を肯定するということは、すなわち自分の人生も肯定することですね。病気ありきで今の私がいる。私のアイデンティティの中にはしっかりと病気が組み込まれている。遺伝子の中にもね。




…そういうわけで、私の人生は双極性障害といかに仲良くつきあって生きていくか、という課題だと思います。


基本的に前向きな性格でよかったなあ、と正直思ってはおりますが…(^_^;)





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