top of page

16/2/10

謝罪する勇気……同級生のお母さんが、クラス全員の前で謝罪した話……

Image by Olia Gozha

私の教科書がなくなった!

 私が小学校2年のとき、学校で机の中に入れていた音楽の教科書が見当たらなくなった。初めは「家に忘れてきたの?」と思ったが、自宅を探してもない。同級生にも聞いてみたけれど、おぼえがないという答えばかり。

 担任の先生に申し出て、改めて教科書を購入することになった。しかし、現在のことは分からないが、その当時、教科書は特定の取次店を通してしか買えず、届くのは1か月先になることもザラだった。教科書が届くまでの間、先生の教科書をコピーさせてもらい、ホチキスで束にしたものを使うことになった。


 当然ながら私は、「教科書を失くすなんて、どれほどだらしないんだ」と両親や祖父母からは叱られた。

 同級生も私に気をつかって「一緒に歩いた道のり、校庭で遊んだ場所を探してみよう」と声を掛けてくれて、放課後に一緒に探してくれることもあった。すると家族からは、「帰りが遅い!」「教科書を失くして迷惑をかけたのに、反省していない」と怒られることになる。


共働きの両親に代わって、面倒を見てくれていたのが母方の祖父母だったので、その世代の人にとって

「学校で使うものを、安易に失くす」

といういい加減さは、許せなかったのだろう。それに、

「いわば【預かって育てている子】だから、きちんと躾けて間違いのない子に育てなければ」

という熱意もあったのだろう。教科書を失くしてからしばらくは、生活態度全般について、厳しく対応されたことをおぼえている。


 数週間たち、コピー用紙の束でできた「仮の教科書」にも慣れた頃、何かの授業の最中に同級生のお母さんが訪ねてきた。当然、クラスのみんなが「何事か?」と見つめる。

「家で掃除をしていたら、うちとは全く違う子の名前が書かれた教科書が、本棚の上にありました。どういう経緯でこの本が、そこにあったのか分からないけれど、本当の持ち主は困っていると思い、慌てて持ってきました。本当にごめんなさいね」

と、私の名前が書かれた教科書を差し出してくれた。


 そこからは、教室中が大騒ぎとなった。授業がどう終了したのか、教科書を持って帰った同級生はどうなったのか、何も想い出せない。

 その教科書は、故意に私の持ち物の中から教科書を抜き出されたのか、それとも、帰り支度などで同級生の持ち物に紛れて持ち帰られてしまったのか? 私の頭の中は、怒られ続けた2,3週間ほどのできごとが、頭のなかをぐるぐる回るばかりで、その後、どういう形で問題が収束したのかもおぼえていない。


 今、私が大人になって思うことは、

「同級生のお母さんが、子供の非をクラス全員の前で認め、謝罪した」

という事実は、きっとすばらしい教育となったのではないか、ということだ。


 自分の子供をかばうことを第一に考えるのではなく、

「教科書を失くしたと自分を責めなくていいよ」

「教科書が行方不明になったのは、持ち主だけの責任ではなかったのだから、クラスのみんなも、もう持ち主の子を責めないでね」

というメッセージが、一斉に間違いなく伝わる方法を、このお母さんがあえて選んだことには、すごい勇気が必要だったと思う。


 親が謝る姿を見て、教科書を持ち帰った本人が、事の重大さに気づいたかもしれないし、それを見ていた同級生も、真摯に対応する親の姿を見て感じるところがあっただろう。

「親に、こういう謝罪をさせるようなことは、してはいけないな」

「親というのは、子供のために、真剣になってくれるものなのだな」

と幼いながらに考えただろうと思う。


 私自身、大人になればなるほど、

「非は認めて、謝罪する」

ということが、難しく感じられてしまう。謝罪の言葉出る前に、恥の意識や周囲への影響など、余計なものが邪魔をするのだ。


 考えてみれば、小学生の子供たちに、真剣に謝罪をしたお母さんは、今の私と同じくらいの年齢だったのかもしれない。そのお母さんにできて、私にできないということは、きっとない。

 いつも「謝罪する勇気」を持って、生きていきたいと思う。


 

←前の物語
つづきの物語→

PODCAST

​あなたも物語を
話してみませんか?

Image by Jukka Aalho

フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」

情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般...

大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。

今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ...

受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1

僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で...

あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。

「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と...

あのとき、伝えられなかったけど。

受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分...

ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話

爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと...

bottom of page