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16/1/22

アイドルをめざしていたNちゃんの話

Image by Olia Gozha

厳しい寒さが続くと思い出すことがある。

20世紀の終わりごろ、僕はある放送局でアルバイトをしていた。

毎週金曜日の番組収録の日になると、出演者専用の駐車場のまわりに出没する追っかけの「ワンフー(ファンの業界用語)」の中にNちゃんという女の子がいた。

Nちゃんは、TOKIOの松岡君の大ファンで、このグループがこの放送局に入っているときは必ず駐車場のあたりに出没し、一日中「出待ち」をしていた。

駐車場に配属された僕が大学1年生で、Nちゃんが高校2年生。毎週金曜日は学校帰りの制服姿で当時の女子高生の標準装備であるルーズソックスをばっちりキメて駐車場に現われた。

高校2年生にして既にNちゃんは、先輩の追っかけの子とともに、駐車場管理室のオヤジを籠絡し、このプレハブ小屋の宿直室に自由に出入りできる身分だった。Nちゃんは、この宿直室で私服に着替え、しっかり「出待ち」を決め込んでいた。

そして、寒さが厳しい真冬の夜などには、他の大勢の「ワンフー」女子が路上で足踏みして耐えながら出待ちしている中、彼女は差し入れと称してお菓子と飲み物持参で管理人室に入り込み、寒さに震えることなく、その番組の生放送を見ながら出待ちをすることができたのだった。

Nちゃんは、僕のことを「トリデ君」といつも呼んで、いろんなお菓子を持ってきてくれた。「トリデ君」とは、当時放映されていた『あすなろ白書』に出演していたキムタクの役名で、もちろん似ているわけはないけど、Nちゃんは僕のことをいつもそう呼んだ。

そういう経緯なので、このバイトを始めたばかりの僕にとってNちゃんは駐車場あたりの人の動きをこと細かく教えてくれる先輩でもあった。ジャニーズ関係の車両のナンバーは全部覚えていたし、タレントの入りと出の時間までばっちり把握していて、事細かに教えてくれた。

Nちゃんはとっても明るくて性格が良い子だった。色白で小柄でかわいらしくて、そして巨乳だった。

そんなNちゃんが、あるモデル事務所にスカウトされるのは時間の問題であって、渡りに舟とばかりに、彼女はグラビアアイドルの卵になった。さっそく、制服姿や水着姿などのグラビア撮影をこなすようになって、マニアックなアイドル雑誌にも写真が載るようになった。

そのたびに、Nちゃんはうれしそうに自分のグラビア写真が載った雑誌を毎回プレゼントしてくれた。僕は大学2年生に、Nちゃんは高校3年生になっていた。

事務所に所属してからも、Nちゃんは松岡君の追っかけを続けていて、いつか彼とドラマで共演することを目標にグラビアの仕事も恥ずかしいけどがんばると言って笑っていた。

大学3年生になって、Nちゃんは高校を卒業し、芸能活動に専念することになった。といっても、時々グラビア撮影があるくらいで、ほとんどの時間をバイトと松岡君の追っかけに費やしていた。

大学4年生になった頃、Nちゃんの姿を駐車場付近で見かけることがぱったりとなくなった。まあ、芸能活動が忙しくなったのだろうくらいに思って、あまりに気にしなかった。

この年の冬、渋谷でNちゃんにばったりと出会った。当時、世田谷に住んでいた僕は渋谷に自転車で出かけることが時々あった。汚いジーンズにダウンジャケットを着た貧乏学生の僕は、人通りが多い東口付近を自転車を押して歩いていると、向こうから、Nちゃんが歩いてきた。

もともとかわいらしかったNちゃんは、社会人2年目で化粧もうまくなり、着ているものもすっかり「アムラー」風で、めちゃくちゃかわいかった。Nちゃんは、チラッと僕の方を見たけど、(たぶん)気づかないふりをして僕の前を通り過ぎた。僕も、Nちゃんに声をかけなかった。

もう、すっかり住む世界が違うんだなあ、と思った。

大学卒業後、Nちゃんのことはすっかり忘れていた。でも、数年くらい経った頃、当時のバイトの仲間と会う機会があり、何となくNちゃんの話題になった。駐車場から消えてからの、彼女の足取りは、大体こんなふうだった。

バイト仲間の一人が言うには、Nちゃんはその後、グラビアアイドルで成功せず、高校を卒業してからしばらくしてAV女優になったのだという。

だから、Nちゃんが駐車場に現われなくなった頃、もう彼女はAV女優としてデビューしてたということになる。もちろん、渋谷でばったり会った時には何本かの作品をリリースするいっぱしのAV女優であったことだろう。

ショックだったけど、まあ、そういうこともあるだろうなあ、と思った。

でも、こんな状況のときでも、Nちゃんは松岡君との共演を夢見て、まっとうな芸能人への道も諦めていなかったらしく、現役AV女優でありながらも、名前を変えてある学習塾のコマーシャルに出演していたらしい。でもやっぱり鳴かず飛ばずで、その後、ソープ嬢になったということだった。

もう、本当によくある話。

もちろん今も、どこで何をしているかも全くわからないけど、とにかく、健康で、そこそこ楽しい日々を送っていてくれたらと心から思う。

ある寒い冬の日、駐車場の落ち葉の掃き掃除を命じられた。独りで駐車場を掃いていると、Nちゃんはもう1本箒を持ってきて、掃き掃除を手伝ってくれた。

集めた落ち葉に駐車場のオヤジといっしょに火をつけて、3人で差し入れのカントリーマアムと午後の紅茶(ミルクティー)を味わった。その時、僕はNちゃんと二人で火にあたりたかったなあ、と思った。

真冬の澄み切った夕焼け空を背景にして、落ち葉からまっずぐ立ち上る煙と、東京タワーが並んで見えた。

それは、NちゃんがAV女優デビューする3年半前の冬の出来事だった。

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