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16/1/11

カトレアの香りと記憶。

Image by Olia Gozha

先日母と話しているうちに、小さな頃住んでいたマンションのトイレの話になった。

「そういえばさ、ウチのトイレに置いてあったカトレアの花の香りがする芳香剤の名前って何やったっけ?」

そう質問する私にウンウン唸りながら必死に思い出そうとする母。

しかし、なかなか思い出せない。

なかなか思い出せない気持ち悪さを母と娘で感じながら、買い物に出かけた。

母だけが車を降りて、私は車の中で待つことにしたのだ。


買い物を終えた母が車に向かって歩いてくる。

すると突然、母は自分の片足を手で叩きながら満面の笑みを浮かべるではないか。

前から歩いてくる人がギョッとしたように母を振り返りながら見ていた。

当たり前である。

いきなり前から歩いてきた人が片足をバンっと叩きながら満面の笑みを浮かべたら、ちょっと危ない感じの人がやってきたとビックリするにきまっているではないか。


車に乗り込んでくるなり、興奮した口調で母が言った。

「uniちゃん!わかったわ!使ってた芳香剤の名前‼︎ピコレットよ!ピコレット‼︎」

いやいや、絶対そんな名前ちゃうねん!

ピコレットという名前と、カトレアの花の香りの記憶はまったく繋がらないことだけはわかるから更に気持ち悪くなってきたじゃないか。


あのカトレアの花の香り。
芳香剤はトイレの壁に貼り付けられていた。タイルの壁の色はクリーム色で、上半分は塗り壁のようになっていた。

和式トイレで、足元のタイルはえんじ色がベースになっていて、白い石と深緑と群青色のタイルが差し色のように埋め込まれていた。

毎日母がせっせと掃除していたからトイレはいつも清潔でいい香りがしていた。

前面の壁には、いわさきちひろさんのイラストや大安やら仏滅やらが書かれた暦のカレンダーなんかが、普通の金の押しピンで貼られていた。

そうだ。金の押しピン。
壁に貼られたイラストから押しピンを外し、「目をこれで突いたら目が見えなくなるな」などと考えながら、自分の目の近くまで押しピンの先を持っていったりしていたことまで思い出してしまった。

なぜそんな危険なことを考えて思いつめたような感情を味わっていたのだろうか。

「これで目を刺したら、お母さん心配するやろうな。泣くやろうな。」

そんなことを考えて、やはりこんなことをしたらいけないのだ、やめておこうと自分を必死でなだめていたのだ。

当時まだ5歳くらいである。

妹は1歳で、父は船長だったため、当時は日本中あちこち飛び回り、人工島の埋め立て用に使う砂利を運搬したりするような仕事に忙しく、2ヶ月に一度くらいしか家には戻らず、まさに母子家庭のような状態の生活をしていたのだ。


わたしは寂しかったのだろうか?


小さな妹のお世話に夢中の母に振り向いて欲しかったのかもしれない。

5歳のわたしが1歳だった妹のお風呂上がりの体の拭きあげを手伝っていたそうで、すごい助かってたんよ〜と母からは大人になってから何度も褒めてもらった覚えがある。忙しい母を手伝うことは自分にとっては当たり前のことであったが、本当は母にもっと甘えたかったのだ、きっと。


「uniちゃん、これね、ここを引っ張るとカトレアの花の香りがするんよ!」

そう言ってオシャレな芳香剤の缶についた短い紐を引くように母が言ったのだ。

電気の紐のような短い紐を引くと、とっても優しい香りが広がった。

中身が残り少なくなってくると、いくら紐を引っ張ってもシューっと勢いある霧が出ず、香りも薄くなってくるのだ。

「お母さん!そろそろシャルダンエースがなくなるよ!またカトレアの花の香りを買ってきてね!」

思い出した。
シャルダンエースだ!
カトレアの花の香りの。


「お母さん!シャルダンエースやん!紐引いたらいい香りがシューっと出てくるやつ‼︎」

スラスラと懐かしい芳香剤の名前を思い出したのである。


匂いと記憶が繋がった瞬間であった。

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