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第百五十二章 挫折と失敗の日々(1)

Image by Olia Gozha

第百五十二章

「挫折と失敗の日々」(1)

  皆さんが最初に挫折を感じたのはいつのころだろう。高校受験だろうか。大学受験だろうか。就職するときだろうか。

 遅かれ早かれ人は挫折を経験する。連戦連勝の人などこの世に存在しない。外からそう見えていたとしても、本人はそう思っていない。塾生の子を見ていて、そう思う。

 毎月「特待生」を取る塾生がいる。3年間ほとんど特待生をとると

「あの子は特別だ」

 と皆が思い始める。そんな子でも、3年間に1度や2度は2位とか3位に落ちることがある。実力はナンバーワンでも体調とか忙しくて勉強できない時期もあったのか、家庭で問題が起こったのか。

 

京都大学の受験票と成績開示。クリックで拡大されます。  ↓

高木教育センター イン ニューヨークhttps://youtu.be/sCCEGYlgp20

 

  私の最初の挫折は高校2年生の時だった。いくら勉強しても成績で絶対に追いつけない同級生がいた。それで、

「この世の中には、努力だけではどうしようもないことがある」

 と認めざるをえなかった。

 しかし、挫折しても生きていかなければならない。

 


1、「京大二次」英作文の採点基準(ネット添削可)。

(3000回以上再生)https://youtu.be/M6LFIjXhwVM

 

 次に絶望したのは、大学2年生の時だった。心理学を学んでいたのだが、人間の心を解明できていると誤解していた私は

「なんだ、何の証拠もなく先生たちは勝手に自説を述べているだけか」

 と思ってしまった。

 今もそう思っている。

 

2、 「こうやって、京大数学が7割解けるようになりました」

(2万回以上再生)https://youtu.be/kQ-mlEj2DXA   

 

 それでも生きていかなければならない。

「勉強や学問でダメでも社会には生きていける何かがあるかも」

 と思い、期待した。塾や教材販売会社で勤務したが、失望した。嫌っていた四日市高校や名古屋大学より酷かった。

 考えてみたら、四日市高校は中学校の2%くらいの上位の子でないと入学できず、その四日市高校の上位2割くらいにいないと名古屋大学は入学できない。あの酷いと思った学校もマシな人がいたんだ。

 社会にでたら法律もマナーも常識もムチャクチャな人が多かった。

 

 平成13年度、合格者

      京都大学「医学部」、名古屋大学「医学部」

3、「Z会を8年間やって分かったことhttps://youtu.be/_AsvOhdrYUs

  (2万回以上再生) 

  

 失望しても生きていかなければならない。

 それで、アメリカに行って英語の勉強をしようと思った。すると、変だと言われ続けた自分が正常だと気づいた。

 周囲の人が変だから、私はそれに対応できなかったのではないかと疑念が湧いた。アメリカにずっと住んでいたかった。

 

合格体験記 (1クリックで拡大されます)

 

名大医学部    京大薬学部    三重大医学部

   

4、こうやって、英検1級に合格しました(3万回以上再生)

 https://youtu.be/m6rABYYVlSY    

 

  しかし、帰国するしかなく、26歳で失業、貯金なし、資格なし、彼女なし、何にもなしになってしまった。

 

   人並みに結婚して、親になり、塾講師として生きていた。生きていくのも大変だ。親になる戸惑いもあり、「先生」と呼ばれることにも違和感があった。

「私はそんな立派なものではないのに・・・」

 と思ったが、そんな態度では子どもも塾生も安心して生活・勉強できない。精一杯に頑張るしかない。

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