婚活の世界は、テレビ番組の影響をもろに受けることがある。例えば、芸能人の歳の差カップル(20歳以上離れている)などのニュースがあれば、男性から「若い女性と結婚したい」という問い合わせがしばらく殺到する。
入会前のカウンセリングにも40代後半の男性が平気で「32歳まで」とあつかましい希望年齢を記入してきたりもする。
「うちは、10歳以上年を離れた人を基本的に紹介しないことになっています。それでもよろしいでしょうか」
という確認の手間が増える。ええい、めんどくさいっ!!
しかし、ある日こんなもんじゃない深刻な事件が起こった。
忘れもしない2012年6月のNHKスペシャルだ。それは土曜日の21時過ぎのことだった。
サラリーマンもホッと一息ついてテレビでも見ようかという時間帯だ。
お風呂から出て、
「ちょっと小腹すいたなー。ダイエットは明日からーラララ~♪」
と、
キャラメルポップコーン片手にコーヒーを飲んでいたときのことだった。
おどろおどろしい音楽とともに番組が始まった。
『産みたいのに産めない〜卵子老化の衝撃』と大きなテロップが出る。
「ぬおおおおおおおおおおお!!!!」
文字通り冒頭の衝撃でポップコーンは見事にバラバラと散らばってしまった。
こぼれたポップコーンを一生懸命拾いながら、テレビを見る。
番組の內容は、タイトル以上の衝撃があった。
世は美魔女ブームだが(当時は確かにブームだった)、卵子の老化は止められない。
35歳を過ぎると、妊娠する可能性が20代の半分にまで落ち込むという話にはかなりの衝撃を受けた。当時、私はまもなく35歳を迎えようとしていた。
思わず自分のお腹を見た。しかし悲しいことにお腹のでっぱりで肝心のエリアが見えない。
「妊娠もしていないのに、この腹をしているのか・・・」
となんだか別のせつなさもこみ上げてきたが、肝心なのは卵子の話だ。
番組によると、卵子の数は生まれた時から決まっていて、生理で卵子を排出することによって、だんだん数が減っていく。そしてゼロになる時に、閉経になるというのだ。
男性のように、精子が毎日作られているわけでもないことに衝撃を受けた。しかも生まれた時からあるっていうことは、卵子は卵のくせに老化をしていくというのだ。数も減っていくし、卵子も元気がなくなって妊娠する力を失っていく。
「あああああーー私の体のなかでこんなことが起こっているのか!!!」
いま私と同じようにテレビの前で何百万人いや、一千万人以上の人が驚いているのが、もう映像で浮かんできた。特にアラフォー女性はムンクになっているだろう。
「こーれーはー・・・。絶対明日からの仕事になんか影響してくるわ・・・」
と、覚悟をした一夜だった。
やはり、予感は的中。子どもを希望しているアラフォー女性からの入会前カウンセリングのお申込は殺到した。3週間先までカウンセリングがびっしりと埋まった。
私のスケジュールをすごいことにしたのは、彼女たちだけではない。男性たちもすごい勢いでやってきた。
男性のお客様「子どもが欲しいので、35歳まででお願いします。」
絶対にあの番組見ただろっ!ていうのが明らかなリアクションでやってきた。
特に50代男性からの「35歳まで」というのは現場では非常に困った。
ほとんどの結婚相談所ではお見合い相手は通常前後10歳以内に設定する。やはり年齢が離れると趣味や流行などが微妙にずれてしまって話題がかみ合いにくい。特に10歳以上年上というのは男女共に敬遠される。「おじさんおばさんとお見合いなんて嫌だな」というのが本音なのだ。「年下なら大歓迎」されるんだけれども・・・。どちらかが絶対に年上の立場と年下の立場になる以上、難しい問題である。
しかし、私の思いを無視するかのように、あの番組以降「女性は35歳までブーム」はおさまらなかった。
婚活男性「子どもが欲しくて、結婚相談所に来たのに、なんで35歳以上を紹介するのですか」
という回答に私もうまく答えられない日が続いた。
そんな時、久しぶりに同世代の女友達から電話がかかってきた。私と同じで夫婦だけの家庭を築いている。うちに連絡が来るときはいつも同じ用事だった。
友達「明美ちゃん、久しぶりー!…子どもとかどう?」
「全然だよ~。もともとできにくいし。こればっかりは神様次第よ。」
友達「そう♪」
なんだかホッとした様子だった。彼女は本当に子どもが欲しくてとても悩んでいる。
「うちもまだなんだけれどもね、その件ですごいことがわかったの。」
「すごいこと?」
「子どもが出来なかった原因、実は旦那だったのよぉぉぉ!」
「」
悲しんでいるようにも聞こえるが、ちょっと明るいトーンにも感じる声だった。
「へぇぇ。年下の旦那さんだよね。まだ彼30ちょっとじゃん。」
「そうなのよぉ!だから病院で飛び上がるほどびっくりしちゃった。子どもが出来ないのは、ずっと私が原因だと責め続けていたから。だって私は30代後半だし。 もちろん何も問題ないわけではないけれども年相応だって。これから二人で話し合って不妊治療を始めることになったわ。夫が40歳になるまでには、子どもが欲しいわ。成人するまでに途中で定年退職したらきついもんね。私が大黒柱になるのは勘弁よ。」
ひとりで悩みを抱え込むことから開放された彼女の声は非常に清々しかった。
「あ!!!!!」
電話を切った後、私は「女性は35歳まで」に対処する方法を思いついた。
3日後、いつものように入会前カウンセリングが入った。男性は「女性は35歳まで」の40代後半の男性だ。
「さっそくなんですが、やっぱり35歳過ぎてしまう女性だと子どもが出来るのか心配なので、35歳以下でお願いしたいのですが。」
ほーら、きたよきたよ!
「なるほど、強くお子さんを望んでいらっしゃるのですね。」」
「もちろんです。だからわざわざ結婚相談所に来たんです。」
「それでは、質問なのですが・・・」
私はスーッと息を吸った。
「お客様は、お子さんができるかどうか検査をされていますか?」
「はあ?」
お客様は、突然の私の質問にかなり変な声を出した。
「それだけお子さんが欲しいのですから、病院で精液検査などを受けていらっしゃいますよね。」
「せ、精液検査?!!」
「いまは、若い子でも精子が少なかったり、精子が奇形だったりするケースが多いらしいんです。それらが原因で、男性不妊なんてこともあるんですよ。 お客様は40代後半になっていらっしゃいますので、不妊リスクも高くなっています。お子さんが欲しいのでしたら、ちゃんと調べていらっしゃいますか。」
内心は心臓バックバクしていた。初対面の男性に精液の話をするなんて生まれて初めてだ。
「そんなの…!!独身なのに、調べないですよ!!!」
「独身でも調べることは可能です。それに若い女性のほうが妊娠しやすいことを強調されるのならば、ご自身が不妊ではないかのチェックはしておくべきではないですか。女性が妊娠しやすくても、お客様が不妊だったらお子さんは授かりません。」
私は検査しろって言いたいわけではない。
「なんで妊娠する確率が高いということで若い女ばかりチョイスする男性が、自分の体は大丈夫!と思い込んでいるのか」
と言いたかった。
そして、もう一つお話をさせてもらった。
「男性は、いつまでも子どもを授かることが出来ると思っているかもしれませんが、実は見えないタイムリミットがあるのをご存知ですか。」
「見えないタイムリミット?精子以外でですか?」
(お、お客様、初対面なのに精子の話ばかりして申し訳ございません!!!)
先ほどの話がどぎつかった分、意識的に穏やかに話をし始めることにした。
「お子さんを望む女性というのは、男性が40歳までをほとんど希望しています。それは、30代後半から40代前半までのアラフォー女性たちも同様です。」
「えええっ!!!」
お客様は、まさかの展開に驚きを隠せない。
「なぜかというと、お子さんが成人する途中で旦那さんが定年退職をすることをリスクだと考える女性が多いからです。」
そう、
「夫が40歳になるまでには、子どもが欲しいわ。成人するまでに途中で定年退職したらきついもんね。」
という女友達の言葉が妙に刺さって、子どもを強く望んでいる女性たちのプロフィール用紙を全部見なおした。
ほとんどが40歳までと書かれていたのだっ!
女性たちにも
「なんでお相手の上限の年齢が40歳までなのか」
を確認したところ、ほとんど9割以上の人が、
アラフォー女性「子どもが成人するまでに旦那さんが定年退職を迎えてほしくないから」
と答えたのだ。
お客様は、明らかに動揺していた。
「ということは、僕は出産可能年齢の女性たちの対象外になりうるということですか。」
「えーと、まあそういうことですね。」
「どうにかならないものでしょうか。」
ここで、『卵子老化の衝撃』でされていた話をした。
「卵子老化の話があまりにも衝撃的なので、スルーされていたかもしれませんが、35歳以上の女性は妊娠をしないというわけではありません。35歳以降の妊娠は、20代の半分の確率になるという話です。現状を受け止めつつ、家族計画をしっかり立てられる人と結婚すればいいのではないでしょうか。」
「なるほどー。」
「お客様の場合は、お子さんが今生まれても成人途中で定年退職をしてしまいますが、それでも大丈夫だという30代後半から40代前半の女性ならうちにはいます。」
「おお、それならお願いしたいですね!」
こうして、40代後半以上の人が、「35歳までの女性でお願いします」とやってきたとしても、30代後半から40代前半をご紹介するということで話の折り合いがつくようになった。
『卵子老化の衝撃』の影響は2012年の暮れ頃にはもうほとんどなくなっていた。
2013年の元旦。2年前に結婚をしていった40代カップルから年賀状が来た。赤ちゃんとのスリーショットの写真に「昨年10月に、家族が増えました。」とメッセージが添えられていた。
私は今も、そのハガキを、「忘れてはいけない教訓」のしるしとして、事務所の引き出しに入れている。
