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15/11/12

外資系企業からベンチャーへ、あえてチャレンジを選んだ理由

Image by Olia Gozha

わずか5人の同期。

新卒で外資系企業に入ったのは約4年前。ブランド力の高い、大企業の外資系企業に入りました。

ピカピカの名刺と社員証をもらった瞬間は忘れられないほど嬉しくて、浮き足立った気持ちになったの

を覚えています。


ブランドも、働く人も、仕事も、何不自由なくエキサイティングな職場環境に身を置けたことは

私にとって生涯なによりもかけがえのない経験だったと感じます。

そして今も、心のかたすみに、「やっぱりあそこの会社は良かったなぁ..」と思ってしまう自分も

間違いなく存在します。


それでも、あえて4年半という短い期間にベンチャーに飛び出す決断をしたのか。

そしてまったく違う業種に入ることにより、私の今後の将来ってどうなっちゃうんだっけ?とか。

そんなことをまっすぐ書いていきます。



理系女子から文系転職!?


遡ること、5年前。私は腹膜透析の患者の腹膜硬化を止める研究をしてました。

いわゆる理系女子です。2005年に早稲田の応用化学に入学したのは、医者という夢を諦められなかったからです。

高校の時から医療施設でボランティアをするほど、医療に魅了されていた私は当然医学部に入ることしか頭になかったのです。

今だに医者という仕事は素晴らしい職業だと思います。自分の技術で人の生命に関わる。

幼い頃から人の生死に不思議なパワーを感じていた私は高校時代に毎日15時間の勉強をしていました。

ただ、勉強が好きではなかった、、とりわけ数学と物理のセンスは皆無。

そうしてどこにも受かることなく、唯一入学を許可されたのが、のちに母校といえるほど大好きになる

早稲田大学です。


医療への憧れがすてきれないまま、医療を工学的な目線でアプローチする。医療工学に専攻を進め、

大学院へと進学します。まさか、その時には自分がマーケティングという道にさえ興味がでることも、

またそれを目指すことになることもそのときは思いもしませんでした。


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