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15/10/3

②マグロ詐欺を繰り返していた詐欺師集団と戦った話

Image by Olia Gozha

私たちが宿泊を決めたホテルのラウンジですでにバトルは始まりました。





「会長、ところで俺の生活費はどうなってるんだ?ちっとも振り込まれていないじゃないか」

船頭が座るなり悪びれる事も無く切り出し始めました。



「まあまあ、船頭さん今日はお客さんも来てるんだしその話は後でもいいじゃないか」

日本で水産水産貿易を経営している社長が続きました。東京の事務所で水産の貿易をしているようですが会社名や何を主貿易としているか知る由もありません。

歌舞伎の古い女形をしているような印象を持つ社長。


どことなくキャシャで「〇〇じゃないか~」と古い江戸弁を使う仕草はまさに歌舞伎の女型。

それから私はこの社長を心の中で「女形社長」と呼ぶようになりました。




「そうだよ、船頭さん。こっちだってまだ立て替えているお金を精算されていなので困ってるけど、みんなで頑張ってやって行こうと決めただろ」


フィリピン在住の日本人。フィリピンに渡り30年、マグロやフィリピンで獲れる水産物を日本に輸出しているそうです。彼の自宅兼工場には水産加工工場もあり、大きな冷凍庫も完備しています。


太った大きなおなかにぶつぶつの顔、唇が分厚く横に大きく広がっているささまは、まさにガマガエルの様相。


これこそ、ガマの中のガマ!言い換えるならザ・ガマといっても過言ではない。


「うん!こいつはガマ社長に決定!」


と私の中で一番のはまりあだ名だと自己満足に陥ってしまいました。


会議中ガマ社長が発言するたび、「何言ってんだか、ガマ社長が」と笑をこらえるのに必死になっていました。


ガマ社長と女形は古くからのビジネスパートナーらしくしきりに「昔は良かったな~」と昔話に花が咲きます。


今回の話もガマ社長が発案。パートナーの女形が会長にマグロビジネスの話を持ってきたそうです。


会長には悪いですが、まぁ、よくこの連中を信用してこの話に乗ったなとの第一印象でした。

菊池さんもさすが元銀行の融資担当だったらしくその雰囲気には気が付いていました。



自己紹介を済ませまずは食事となりましたがお酒が入るに付き彼らのじょう舌さは一層迫力を増しました。


「俺は他の船から年収2500万円くれるって引き合いが決まってたんだ、それが女形の社長が来てくれってもんだから無理やり来たんだ。それにしても年収1500万円の給料なんか割が合わねぇ」



確かに、一昔前のマグロ船の漁労長はマグロの群れを見分ける良し悪しが左右され、腕利きの漁労長などはひと航海で家が建つと云われるくらい引き合いが強い方もいらっしゃいました。


しかしそれははるか前の話。



しかもそんな腕利きの漁労長ならフィリピンで獲れるマグロの漁など金額にすれば大したことがない事くらいわかりそうなものです。


支度金300万円は先払い。


それとは別に会長から毎月120万円の生活費が渡されていたと言います。




「俺がひと航海したらそんな金なんざ安いと云わせてやるぜ」

とにかく飲むに付けお金の話をよくする男だとの印象を受けました。



翌朝、ガマ社長の事務所にて正式な会議を持ちました。


これ以上の追加資金は銀行からの融資を受けなければ無理です。


元銀行員の菊池が動いてくれているのでビジネスの全容が分れば銀行もあと3億融資は可能だと言っている。

今日は水産商社の人間も連れてきた。フィリピンで獲れるマグロに非常に興味を示し、是非獲れたマグロを買い付けたいとおっしゃっている。


そのためにはビジネスとしての業務提携の契約書と今までかかった費用の内訳を書き出し、

「受託・受領」のサインを欲しい。と切り出しました。



元銀行員の菊池さんがうまく説明してくれた事と「借用書」と書かず「計算書」とタイトルがある受託のサインはことのほか簡単に取ることが出来ました。


しかし、女形の社長が


「ちょっとまっておくれ、この契約書はおかしいよ」


と全量獲れたものを買い付けるという文言にクレームを付けた。

しかし完全に「三億」の金額に目がいっている二人にとっては女形の社長の言い分などどうでもいいことでした。

「それでは全量とう文言を外しましょう、それならいいでしょ」とガマ社長が急き立てます。


これ以上会議が長引けばガマ社長が不利になると思ったのでしょう。「そうかい?それなら」と、全量を外した契約書を作り直し無事にサインをもらう事に漕ぎ付きました。



「契約も終わった事だし船でも見ていこうか、ナベチャン」

一仕事終わった感あった会長でありました。




ガマ社長の自宅から車で2分に港がありました。




「どうです、この船、立派でしょ」

とガマ社長が胸を張ります。




「えっ、どれですか?」




ガマ社長

「どれって、これです」





「これってどれですか?」






「だから、これです!」

と目の前にある汚い木造船を手でパンパン叩きながら船を指さしました。




まるでドリフのコントのようです。



設備のリストを見せていただきましたが大きな魚群探知機やら100kも張れるはえ縄の幹糸など、それは外洋でも操業できる立派な装備でしたのでてっきり499型の船だと思っていました。




目の前の汚い木造船を避け一生懸命沖の大きな船を探していたのでまったくその船には気づきませんでした。木造の船には完全に装備と不釣り合いの漁具でした。




船を差し押さえすぐに転売しようと目論んだ私の計画がその汚い木造の船によって大きく予定変更せざるを得なくなりました。






「こりゃ、売れないな・・・」




一生懸命船の説明をするガマ社長。




しかし、そんな説明を遮るかのように現実に戻りたくない衝動を抑えきれずいました。


さっきまで船を探していた視線を戻す来なく遠くを見つめ詰将棋のように先へ先へ、いえ、船が私の頭の中でぐるぐるとまわっていました。



決して売れる事のない木造船をまのあたりにして当初計画していた予定は大きな変更を余儀なくされました。


しかし多少の計画変更はしょうがありません。落ち込んでいる暇は無く三日間でかたを付けなければなりません。




午後からはホテルに戻り、国家警察(NBI)とのミーティングを控えていました。マニラに出発する前、NBIの友人から警察関係者と弁護士を紹介して頂いていました。



今回、あまりにも手口が手馴れている事と古くからマニラに住んでいるガマ社長は以前にも同じ手口で何か事件やトラブルなど起こしているかもしれないと思ったからです。



もし過去に同じケースで有罪が出ていればすぐにでも彼らの動きを止める事が出来ます。


とにかく今は会長が振り込んだお金をいかにして奪還するかが最大の目的です。


口座でも凍結出来れば、あとは日本で女形社長と船頭を相手取りゆっくりと裁判でも起こせる。



ホテルの個室にはマニラNBI、湾岸警察、そしてフィリピン人弁護士が参加してくれました。


私の予想通り、NBIの調べでは過去に数件同じようなケースで日本人からガマ社長に訴えは有ったそうです。


しかし、どれも事件として扱われることが無かったようです。


NBI「とにかく相手は同じ手口を使い日本人からお金を集めていることは間違いないようですね、もう少し調べを進めます」



今回のケースは会長が日本円で7千万円以上の大きなお金をフィリピンに投資したにも関わらず、一年以上何も状況が進まない事で困っているという主張をしました。


彼らのサイン入が入った「計算書」を持っている事でMBIの心象は良く、船が転売されないように船を差し押さえよう。と話がまとまりました。


湾岸警察もこの船が他の港に出航できないようブラックリストに入れてくれるよう了承してくれました。


これであとは持久戦です。焦った彼らがいつ動くか見ものです。


あとは日本で日本の法で彼らを追い込めばいい事。早速、今週中には書類を作り、弁護士とNBI立ち合いのもと船を差し押さえるといってくれました。


後はフィリピンの弁護士と方策を考えながら進めて行けばいい事、こちらは日本に居て弁護士に指示をすればいい。なんら危ない事はありません。



今まで何度も殺し屋に狙われながらも学習してきたこの国での交渉術がここで役に立つとは・・・


そんな思いで私は意気揚々としていました。


明日は日本、午前便でマニラを出発すれば午後いちには成田に着く。


仕事もいい方向にひと段落した事だし、今夜は久々に会長のお酒に付き合おうか。


なんて思っていた矢先、会長からホテルのロビーへ呼び出されました。




ホテルのロビーではネクタイを外しただけのスーツ姿の菊池さんもおりました。


「ナベチャン、飯でも食べながら少し話がしたい」


いい仕事したぞ感たっぷりの私と正反対に菊池さんと会長はとても緊張をしている様子でした。




何かが違う・・





「実は菊池をマニラに残すことに決めました」




ひとしきりオーダーが終わって先に運ばれてきたビールをひといきでぐっと飲み干した会長が発した言葉に私はしばらく何事があったか返事が出来ませんでした。




「マニラに菊池さんを残すのは危険すぎます。ここはひとまず日本に帰って日本で戦うべきです」





「実はもう後が無いんだ・・・来月に一千万円の手形が落ちなければ先祖代々から受け継いできた会社が倒産する。そうなれば菊池も銀行には戻れないだろう、何とか現金を作らないとダメなんだ」




最初から感じていた違和感ははやりその訳ありの違和感でした。

息子さんに事業を引き継いだものの会社の業績は悪くなる一方。


最初は遊びのつもりで投資した船の資金が会社の起死回生のネタへと変わり母体の経営まで巻き込む大きな負債となってしまったそうです。




老舗の和菓子屋工場ももはや銀行から出向が来るほどに業績が落ち込んでいたそうです。詳しくは分りませんが、菊池さんもその銀行からの出向と一連していたような気がいたします。




「マグロは市場に持ち込めば翌日には現金にしてくれるだろ?あいつらがやらなければ私たちがやるだけの事だ」




フィリピンで水揚げされるマグロでも日本に入荷できるレベルはごくわずかです。


フィリピンのマグロ漁師が日本の漁師みたいにすべてきちんと魚を手当しているとは限りません。


朝上げの鮮度はとても良いマグロですから見た目はきれいで良いのですが中が真っ黒にやけていたり身割れがひどかったりとそれを見分ける技が重要です。



しかもタチの悪い事にフィリピンのマグロの棚はとても複雑ですのでパヤオ漁のような棚の浅い場所で釣れたマグロは何をやっても焼ける可能性があります。


日本のマグロのセリ人が現地に行って買い付けても半分は悪いマグロをつかまされるといいます。



それほどマグロビジネスは奥が深く難しいです。




「会長、和菓子の作り方が分らない素人が作った和菓子なんて誰がお金を出して買うと思いますか?プロがやっても失敗する世界です。失礼ですがプロをなめないで頂きたい」




しかしいくら促していても会長の気持ちが揺らぐ事はありませんでした。



まぁこちらには国家警察もついているし優秀な弁護士も付けた。命を狙われるほど危ない事は無いだろう。


「分りました。菊池さんが残るのは船の売り先を探す事を最優先に、そして決して漁には出ないでください。」


そして、船に近づく時は必ずNBIと一緒に行動すること。




これらをお願いして私もしぶしぶ了承せざるを得ませんでした。




私たちが日本に戻り、一週間後に菊池さんから連絡がありました。





「やりました!船を奪還しました!」




弾んだ声で連絡がありました。


菊池さんも緊張していたんでしょう。


感情を表に出さないような普段のしゃべり口とは違い、とても人間らしい嬉しそうな声でした。


「菊池です、今宜しいでしょうか?」の普段のしゃべり口ではなく、いきなり「やりました!船を奪還しました」と切り出したものですからその嬉しさはひとしおだったと思います。




NBIと弁護士同行の元、船から船員を下し、船に立ち入り禁止のロープを張り警備員の24時間体制で付けたそうです。




「色々ありがとうございます。漁には出ません。船の買主を一刻も早く探します」




「菊池さん、くれぐれも気を付けて」




私たちが日本に帰って来てから会長からの電話はぱったり無くなりました。


あれほどしつこいくらいに電話をしてくれてた人からパタッと連絡が無くなったので心配はしていました。


菊池さんが船を奪還したとの連絡はすでに会長の耳に入っているだろう。会長からお礼の電話があってもいいはずなのに・・



帰りの電車の中、あと一駅で自宅の駅に着こうかというところ、急に会長の事を思い出し、駅に着いたら久々に電話でもしてみるか?と思い始めました。


よく「女性を落とすテクニック」として、頻繁に電話をしている相手から急に電話が無くなると女性は恋に落ちやすくなる。なんてどっかの本に書いてあったな?




まんまとやられた感と悔しさが入り混じり満員電車の中で笑をこらえているところに会長から電話がありました。




「ナベさん、聞いてほしい・・・菊池が逮捕された」




私の気持ちとはあまりにも裏腹な会長からの第一声でした。




慌てて電車から飛び降り詳細を聞きました。



相手は一緒にいたNBIや弁護士などに一切触れず、菊池さんが単独で船を奪ったと主張してきたそうです。ホテルでくつろいでいた菊池さんの部屋に入り込みあっという間に逮捕拘束したそうです。




罪状は「海賊行為」




港から一歩も船を動かさない海賊行為なんてある?出来の悪そうな連中が考えた妨害策です。

こちらはNBIも腕利きの弁護士も控えています。奴らが動いてくれた方が早くぼろが露呈しますので都合がいいのかもしれません。




「会長、これも予想していたことが起きただけの事です。心配いりません。すぐにNBIと弁護士に連絡をして釈放させます」



NBIオフィスに電話をするとすぐに署長に代わる事が出来ました。「署長、すぐに菊池さんを釈放してください。これはケースではありません」



NBI署長「今、弁護士と署員を向かわせている、やがて状況が分るだろう。」




NBI署長「ところで私も気になってあれから例の日本人社長の事を調べてみたんだが、すべてのケースは日本人から告訴は取り下げられているな」




私「取り下げられたとはどういう事ですか?訴えた相手が取り下げたということですか?」




NBI署長「取り下げられたというか、訴えた日本人はすべていなくなっているんだよ・・・」






NBI署長「訴えたえを取り下げた後、相手はマニラ市内で行方不明になったいう事だ」




なんだか悪い胸騒ぎがした時、すぐさま弁護士から電話が入りました。





「だめです。向こうの動きが早すぎる、すでに訴状が裁判所に届きました。これ以上は止められません。裁判になります。」




人の目をはっきり見ない、どことなくおどおどした様子のガマ社長でしたので大したことはないと完全にたかをくくっていました。



フィリピンで30年も悪事を働いていた男にはその国のアンダーグラウンドで生き抜く事のノウハウを得ていました。




フィリピンの裁判はとにかく長く、結審までに20年、30年かかる事もざらだといいます。その間被告人は暗い部屋でその裁判が結審されるまで暮らさなければなりません。




もしかしたら、私はとてつもない大きな物を触ってしまったのかもしれないな・・・




急に頭の中が真っ白になりました。




このまま自宅に帰るるべきか、それともこれから東京に戻るべきか・・それさえも判断が付かずただただ駅のホームで上り電車と下り電車を交互に見つめていました。


続く・・・


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