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15/9/18

フィリピンで警察に捕まって帰れなくなった日本人の話

Image by Olia Gozha

水産商社でマグロの買い付けをしてたときの話








午前出発の成田からマニラ行きのJAL便は多くの日本人でにぎわっています。


今でこそ普通の格好をした人たちが乗っていますが、当時のマニラ行きの機内だけは異様な格好の日本人が多くいました。何が異様かと申しますと、その服装のセンスと申しますか、とにかくそれらを総称してただ一言で分かりやすくいうと、「異様」という言葉しか当てはまりません。



ダボダボのスリーピースに農協の帽子をかぶったグループやタンクトップと半ズボンならそれも悪くありませんが、絶対それ「ランニングシャツでしょ」というような白いシャツとだぼだぼの半ズボン、シャツはきっちりズボンに入れています。


それはおにぎり片手に旅をする「山下画伯」そのものの格好にしか見えません。


搭乗ゲートの待合室は誰でも客層の格好だけで「マニラ便とわかる」といわれるほど異様なファッションを身に着けた男たちであふれかえっていました。

そんな、ファッションセンスのひとかけらも持ち合わせていないような男たちもひとたびマニラの空港に着けば、アイドルの到着を待ちわびるかのごとく、フィリピンの美女たちが今や遅しと空港にあふれかえっています。


マニラ行きの機内ではほぼ全員が男、それも酒を飲み、あからさまに大きな声でフィリピン女性の話に花を咲かせます。


一昔前の日本人のマナーは酷いものだったです。今の中国観光客のマナーの悪さを揶揄する人もおりますが、当時の日本人の節操もそれと大差はありませんでした。


マニラの空港では長い黒髪をなびかせてフィリピンの若い美女がその「山下画伯」に抱きつき、再会の涙を流しています。


美女と野獣、いや、美女とカールおじさんのごとく・・「絶対にありえへん」と断言できるようなデコボコカップルを横目に私はマニラ到着後、迎えの車に乗り込み町とは逆の方向に車を走らせました。


マニラ国際空港の近くに新設された工業地帯は輸出を主とした食品加工の工場が立ち並び、私はヨーロッパの食品会社からオーダーを受けた刺身用のマグロのカットについての打ち合わせと、新しい工場との契約が今回マニラに出張に来た目的でした。


今回、寿司ネタカットにした商材を日本で取り扱うことが出来ないだろうかと日本から商工会の団体さんがお見えになっているのでご紹介したいのですが、と、マニラの食品加工会社の社長の提案で私が工場の案内役と通訳を務めさせていただく事になりました。


バスから降りてきた日本人を見てびっくり。


視察旅行とは名ばかり、みんな昼真っから酒を飲み、中には飲みすぎてバスから降りて来られないような人もいるくらいでした。


フィリピンまで来てまじめに商売の話など聞きたくは無いでしょう、始めての海外旅行で羽目を外したい彼らの気持ちもわからないではありませんでしたので、一通りさっと工場内を案内して、工場近くのシーフードレストランで一緒に食事をする事にしました。


「いや~っ、昨日はマグロだっただけに今日は当たりを引きたいな」




「あいつが連れて行った女の子は朝まで凄かったらしいぞ」


など、日本語が分からないからとばかりにあからさまに昨晩の戦歴を話し始めます。


言葉は分かりませんが、その怪しい身振り手振りでほとんどのフィリピン人は何を話しいるかは察しが付きます。


同じ日本人と思われたくない恥ずかしさと、翌日は朝からセブ島近くの島に移動するため早めにホテルに戻りたかったので、急用を理由に彼らの夜の戦略会議には付き合わずレストランを後にしました。


空港近くの5つ星のホテルはカジノも併設しており、多くの日本人が宿泊していました。

私がここを定宿にしている理由はただひとつ「空港に近い」ただそれだけです。
マニラの渋滞は世界でも類を見ない酷さで、一キロ進むのに3時間かかることもざらです。


いざとなったら空港まで歩けば済む事、実際タクシーが渋滞にはまりスーツケースを引きずりながらら歩いた経験が何度もありますので、移動日の前日の宿はとにかく「空港に一番近いホテル」を取るようにしています。


ホテルのビジネスカウンターで軽い事務仕事こなし明日は早めの移動の為、外には出ず食事をかねてホテルのロビー横のカフェでビールの飲んでいたときです。


「あれ?さっき工場を案内してくれた方ですよね?」と、真っ赤なバラのシャツに真っ白なズボン、これから社交ダンスの大会ですか?と、思わず声をかけたくなるような格好の男性に声をかけられました。


「あっ、先ほどはありがとうございます」


昨晩マグロを釣りあてたと頭を抱えていた商工会の一人でした。運の悪いことにそのグループとは同じホテルに宿泊していました。


「ところでさ、どっかいいところ知ってる?」


と小指を立てて近寄ってきます。


小指を立てるしぐさの意味は万国共通です。言葉は分からずともその目的は誰でも解ります。同じ仲間と思われたくなかったので軽い雑談で終わらせましたが、ロビーで待ち合わせた商工会のメンバーは張り切り勇んでマニラの夜の街に消えていきました。


この商工会のメンバーの一人がこの後、軽い気持ちで犯罪を起こしてしまい、ついには日本に帰れなくなってしまいます。


今回、その「やらかしちゃった」人とはホテルのラウンジで小指を立てながら私に近寄ってきたメンバーでアロハシャツと短パンでバスから降りてきた彼でした。年齢は32歳独身。日本のフィリピンパブの常連らしくしきりにマニラに詳しそうな口ぶりでした。


すっかりよそ行きに着替えて、上下セットのアロハの柄の甚平を着ていました。彼にはそれが夜のマニラで遊ぶ一張羅のスタイルだと鼓舞しているようでしたが、私にはどう見ても、安っぽい昔のサウナで渡される「サウナ着」にしか見えませんでした。


そんなフィリピン通の彼でしたが、実は海外旅行はおろかフィリピン訪問も今回が初だそうでした。


「どこそこのお店はいくらで女の子のお持ち帰りが出来る」とか、「素人の若い子がナンパできるラウンジがある」だとか、視察後のレストランではしきりに彼の持っている情報を披露しています。

私の心の中では彼を「アロハ君」と呼び、一生懸命「ねぇ、渡辺さんも知ってるでしょそのお店」と一生懸命答えあわせを求めます。


「私、マニラはあまり詳しくないんで・・・」


足早にその場を逃れることしか術はありませんでした。


彼らのグループには日本から同行している若い女性の添乗員がいましたが、彼らにとってはなんとも心細い添乗員となっていたようです。


添乗員に夜の案内はさせらんね~。俺たちだけで繰り出そうと初日からアロハ君をリーダーとした夜遊びグループが誕生していたようでした。

 勇んでロビーに集合する連中を横目に一声かけました。

「マニラの夜は治安が悪く詐欺や強盗などたくさんいますから気をつけて下さいね」


部屋に戻るためエレベーターを目指しながら軽く会釈をすると


「ハイハイ、大丈夫!頑張って羽目を外してくるよ」


嬉々としてホテルを出て行く姿は私の忠告などまったく気にしている様子もありませんでした。




朝早いホテルの朝食用ダイニングは人もまばらでした。




セブ近くのイロイロという町にはスルー海で取れたシーフードを加工する工場がありました。マニラで順調に受注を続けていた寿司ネタ用にカットしたマグロでしたが、来期はさらにヨーロッパ全土に普及させようとの動きがあり、それに伴い原料を加工してくれる工場との契約が今回の目的でした。


セブ近くの「イロイロ」からマニラへは毎日多くの直行便が飛んでおり、物流には一長がありました。
現在契約しているマニラとの工場とは規模が約3倍はあり、すでにアメリカなどには長期に渡り輸出をしている工場でした。


今回の契約は来期に向けた非常に重要なミッションでした。アメリカの大手の食品会社からのオファーを断ってまでこちらと契約を優先してくれたのは「寿司」としての将来性を見出されたものだと確信していました。


それにしても今回は大きな契約、もちろん最終のすりあわせをうまくこなさないと簡単にはサインはしてくれません。そんな期待と緊張に早く目が覚めたせいもありますが、朝食会場であの連中とは会いたくないと本心がありました。


朝から夜の戦跡を聞かされたらこちらのモチベーションが下がります。


出来るだけ早くチェックアウトして早めに空港に向かおう。


私の意図に反し、トーストが焼きあがる頃に真っ赤な顔押した日本人が朝食会場にあわられました。


まだ昨日のお酒が残っている様子、というより昨日より徹夜で遊んだといった方が正解かも知れません。椅子に座るなりビールを注文し、禁煙席にも関わらずタバコをふかし始めます。


なるべく気が付かないように目を伏せていましたが、朝の人もまばらな朝食会場では見つからないほうが不思議なくらいです。


「あっ、おはようございます。もう食事ですか?早いですね。」


ビールグラスを片手に私の隣の席に移動してきました。


アロハ君を中心に若い連中が昨晩のお供について話し始めます。しらふで夜の話を聞かされるほど苦痛な事はありません。

適当に相槌を打っていましたが特にアロハ君の昨晩の相手は大当たりだったらしく、彼の話はヒートアップしていました。


「なんと、16歳だって!驚きだよ!朝まで帰らなかったぜ」


「お~、当たりだな、羨ましい。俺は子持ちだったよ」


私にとっては耳を覆いたくなるほどの酔っ払いのうるさい話でしたが、ひとつだけ気になることがありました。


それは16歳を当たりだと言った「アロハ君」の一言でした。フィリピンの法律ではいかなる場合があっても未成年者を連れまわすことは重罪なはず。


それは一緒にレストランで食事をしていても罪になるらしく、特に未成年者と一緒の部屋にいるだけでも無期懲役に問われると聞きます。


まっ、無事に朝ご飯を食べているのだから心配は無いかと早めに食事を済ませチェックアウトの準備をしていました。



チェックアウトを済ませロビーで迎えの車を待っている時です。


ロビーの隅でアロハ君グループが若い女性、中年の男性、そして一人の警察官と話をしていました。みな、ニコニコと談笑をしていたのでトラブルではないだろうとタカを括っていました。


迎えの車に乗り込む前に一応彼らにもご挨拶と思い、彼らのそばに近づいた時、彼らの会話が耳に入りました。


「あなた、彼女とはトモダチですね」



「お~、イェス」





「彼女は16歳ですが、それを承知で部屋に入れたのですか?」



「??イェス、イェス」





「未成年者をホテルの部屋に連れ込むと罪になるの分かってますよね」



「オ~イェス!」





「最長で無期懲役になります。分かっていますね」



「イェス」


まるで流暢に英語で会話をしている様子に、アロハ君の仲間たちも尊敬のまなざしで見ているようでした。
ニコニコとした口調で話しているのでアロハ君は普通の挨拶だと思ったようです。


「おじさんと、おじさんの友達が警察官で挨拶したいといわれたもんで・・」


「あの、英語理解出来ていましたか?あなたすべて自供したんですよ」




「えっ?何を?」




「未成年者の買春は無期懲役です。たとえ何も無くても一緒にホテルの部屋で過ごしただけでも同じです」




「いや、そんなの知らない・・」




「知らないでは済まされません。あなた今すべてハイって答えたじゃないですか」




「え~っ知らない・・それは知らない」



完全自供・・・・



さっきまでお酒で赤かった顔が次第に青白くなり、タバコを持つ手がブルブル振るえ始めました。

「僕はどうなりますか?」


「逮捕されます。そして日本に帰れなくなるかもしれません」


「た・・逮捕?仕事があるからそれは困ります」


「あなたはフィリピンで罪を犯しました。たとえだまされたとしても罪は罪です。」


「僕はどうすれば良いですか?」


「もし、出来るなら・・・目の前にいる連中を殴り倒してでも逃げたほうがいい。それほど事態は深刻です」


周りの取り巻き連中も事の重大さに気が付いたようで、右往左往しています。

「とにかく、添乗員を呼んで対処してもらうようにしてください」


私も何とか手助けはしたいのですが、一度罪を認めた以上、例え大使館が出てきてもそれを覆す手立てはありません。私も今日は大事なミーティングを控えている身、決して遅れる訳には行きません。


「とにかく、無事を祈ります。早く日本に戻れるように」


そういい残し迎えの車に乗り込みました。

自業自得とはいえ、完全に正気を失った彼は震えながら手を合わせていました。まるで何かにすがるように・・・




マニラ空港までの道は予想通り混んでいました。


恐らく眼光鋭い中年男が事件の首謀者で、警察官は脅しの為に雇われた村の警察官のようでした。

今後、帰国できると言いながら、長期に渡り多額の保証金をせしめるに違いありません。

彼らのしてやったりというなんとも憎たらしい顔が浮かんで消えません。

私のからだの中から何かがふつふつと沸きあがる感覚があります。



「ったく、日本人をはめやがって!」


決して口には出しませんでしたが、運転手は私の苛立ちを察してくれたようです。


ミラー越しにこちらを見て


「大丈夫、早めに出ましたので空港には十分間に合いますよ」


と、声をかけてくれました。


私の苛立ちは空港までの道が渋滞しているせいではありませんでした。




「悪いけどホテルに戻ってくれないか?」


 




「えっ、今からですか?搭乗時間に間に合いませんよ?」




このケースは長引かせれば長引かせるほど「リーガル」なものになります。調書にサインをしてしまえば例え騙されたとは言え立派な犯罪者として扱われます。


そうして、この事件の担当者がいなくなれば事件の確証がつかめなくなり、事件は真相をつかめぬままお蔵入りとなります。


お蔵入り事件の容疑者は容疑者のまま裁判すら行えず留置場で一生を終える日本人もいると聞きます。





30分で片を付けてやる!



そういいながら、「商談モード」から「戦闘モード」に頭を切り替えていました・・・

続く・・・



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