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15/7/28

転職ばかりで働く事が嫌いでサボる事ばかり考えていた私が仕事が楽しくて仕方なくなった話②

Image by Olia Gozha

学生の時に働いたアルバイトでは遊びの延長でした。

19歳で何となくOLになり、嫌になっては辞め、転職してまた3か月で転職。

とにかく何しても続かない



当時の私のイメージは自分でもそう感じていました。

続かない原因は「目先の結果を求めていること」

当時の私は気づいていませんでした。


このストーリーの前篇①はこちら




転職を繰り返し、エステティックサロンに就職した私は、

初めて入ったフェイシャルのお客さまに「店長に変わって!」と怒られました。


「悔しい・・・辞めてしまいたい・・・」

いつでもすぐに投げ出す自分に嫌気がさしていたこの頃。




とにかく笑われよう。

とにかくもう少しだけ続けてみよう

そう決めました。



相変わらず店長は怖くてよく怒られてはトイレで隠れて泣きました。

でも救いの手もありました。

副店長でした。





副店長は店長(当時24歳)より年上で30歳の大人でした。

怒られると副店長は良く声をかけてくれました。

それは慰めではありませんでした。



副店長「あははは!賀葉(かよ)また怒られたの?今晩ご飯一緒に食べよ!」

「はい!また行きたいです!」


副店長の家は一人暮らしでミニチュアダックスフンドを飼っていました。

犬好きな私はいつも帰りに寄っては一緒にご飯を作り食べました。

恋の話。

仕事の話。

犬の話。





副店長はとにかくいつも笑っていました




それからあっという間に一人辞め、二人辞め、

一人入社し、二人入社し、私が店長という立場になりました。

お客さまからも支持されるようになり、スタッフも増え、店舗も増えました。



掲げていた目標は、

いつしか「続ける事」から「店舗の拡大」「スタッフの教育」などに変わっていきました



私はこの会社でトップでした。

地位も成績も給与も・・・。

でも「小さな社会の中で」と気づき始めていました。


「東京で試したい・・・大手で試したい・・・地位も給与も下がっても構わない。チャレンジしたい!」


気づいたときには東京の最大手エステサロンで働いていました。




この転職が私を大きく変えました。

それは・・・



「嫌で辞めた」のではなく、「チャレンジのために次のステージへいった事」でした。




東京最大手のエステティックサロン。

世田谷の三軒茶屋に配属されました。



しかし、次なるステージはもっと過酷なものでした。

続く・・・

続きはこちら③最終話

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Image by Jukka Aalho

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