
終わらない嫌がらせ
3月2日(土)
この日、シンジからどこかカフェでお茶しようと誘われた。シンジと出会った時にコーヒーの話で盛り上がり、今度どこかカフェに行こうという話になっていたのだ。(メルボルンは "カフェの街"と呼ばれることが多く、市の中心部から郊外の住宅地まであらゆる場所にカフェが存在する。)
他にもう一人同じ学校の日本人学生も誘っていたのだが、都合がつかなかったので2人で会うことになった。知り合って間もないシンジと2人きりで会うのはどうかとも思ったのだが、一人で家にいては完全に気が滅入ってしまいそうだったこと、とにかく誰かと話がしたかったこともあり会うことにした。
私が通っていた学校は、メルボルンの中心市街地にあるCityキャンパス、中心市街地からトラムで20分ほど離れたBrunswick(ブランズウィック)キャンパス、さらに郊外のBundoora(バンドゥーラ)キャンパスという3つのキャンパスを持つのだが、私は普段はBrunswickキャンパスで学び、シンジはBundooraキャンパスに派遣されていた。
Brunswickキャンパスがあるのは名前の通りBrunswickという地区なのだが、小規模であるもののカフェやパブ、古着屋が点在し、日本のサブカル系の若者が好みそうな雰囲気の地区である。シンジとはBrunswickのカフェでお茶をしようという話になり、学校の近くのマクドナルドの前で待ち合わせることにした。

(※Brunswick、通っていた学校の近くの通り。シンジとはこの通りにあるマクドナルドで待ち合わせました。)
この間、Deanaからの嫌がらせはストップしているかのように見えた。2日前に偽アカウントを公開したり、再び無効にしたりを繰り返した後は特に新たな嫌がらせはないと思われた。
お昼過ぎに待ち合わせ場所のマクドナルドに着いたが、シンジはまだ来ていなかった。オーストラリアの3月は夏である。シンジを待っている間、日差しがまぶしくてイライラしたことを覚えている。
そう、たかが日差しがまぶしいくらいでイライラ・・・私は相当気が立っていた。
しばらくすると、シンジがやって来た。シンジは恐る恐る私に挨拶をした。
後でシンジから聞いたのだが、この時私は鬼の形相をしていたらしい。シンジいわく「怖すぎて、来たことを後悔した(笑)」と・・・。
私はお昼を食べていなかったので、強引にシンジを連れて近くのカフェに入りサラダを食べた。(お腹は空いていたが、暑かったのとストレスで胃がムカムカしていたのでサラダだけで十分だった。)これも後から聞いたのだが、カフェでも私は怒りモード全開でそれはそれは恐ろしく、嫌がらせの起きる前とは別人のようだったとのことだ・・・。
その後カフェを出て、近くの公園でベンチに座って話をした。嫌がらせのことだけでなく、学校のこと、シンジの日本の大学院の話、将来オーストラリアに移住したいといった話などいろいろなことを話した。青空の下、緑に囲まれた公園でのんびりとリラックスできたおかげなのか、日本語で誰かに話を聞いてもらえたからなのか、今思えばこの時は気持ちが冷静になっていたと思う。
日が暮れる前にシンジとは別れ、私はシェアハウスに帰宅した。土曜日の夜はよく(5)で書いたイベントに行っていたものだったが、その日はもちろん家で過ごすことになっていた。
一人で部屋にいると、どうしても気持ちがネガティブな方向に向かってしまう。気にしないようにしよう、見ないようにしようと決めていたにも関わらず、私はついFacebookを開いてしまった。
偽アカウントは再び公開されており、私を中傷する内容の書き込みが連続して投稿されていた。
偽アカウント「今日仕事見つけたよ。ちなみに風俗!」
偽アカウント「HIVに感染してる上に妊娠までしちゃった。」
偽アカウント「私の顔ってリスみたい。」
日本に帰国後、自分でもいつやったのか不思議なくらい記憶にないのだが、私は当時の中傷書き込みのスクリーンショットを削除してしまった。そのためDeanaが何を書き込んだか全てを記憶しているわけではないのだが、少なくとも上の3つの書き込みと他にも相変わらず性的な内容で私を中傷する内容のコメントがされていたことを覚えている。
シンジと会い、少しだけだが冷静さを取り戻せたかと思った日だったのに・・・ガックリ来た。
だが、私は今回はあえてDeanaによる中傷を放置した。あえて放置すれば、Deanaは偽アカウントを無効にすることなく中傷を続けるだろう。チェルシーとDeanaのやり取りが証拠として使えないのであれば、何か他にDeanaがやったと証明できるものが必要である。Deanaをあえて放置することで、どこかでボロが出ることを期待していた。
限界・・・そして爆発
3月3日(日)
やっと警察へ行く日が来た。
この日も青空が広がる夏らしい日だったことを覚えている。
11時にGloria Jeansでアイともう一人の友人と待ち合わせをしていた。

もう一人の友人は去年同じ学校に通っていた日本人学生のアズサ(仮名)だ。アズサは私よりもずっと年下だったが、オーストラリアに4年近く暮らしており英語力が高く、Deanaとも面識があったので警察署に付き添ってもらうことにしたのだ。
アイとアズサと合流し、警察署へ向かった。マイクを呼び出し、Deanaが昨日再び偽アカウントを公開して継続的に私を中傷していることを報告した。そして、その後捜査は進んでいるのか、チェルシーとDeanaのメールのやり取りをチェルシーの名前を明示せずに証拠として使用することはどうしてもできないのかしつこく問い詰めた。
マイクからは良い返事は無かった。
警察は引き続き捜査をしていると言ってはいるものの、前回会った時と同様に"非常に時間がかかる"ということを強調した。どれくらいかかるか現時点では回答できず、1年かかってしまう可能性も十分ありえるとマイクは言った。そして、チェルシーの名前無しで提出したスクリーンショットを証拠として利用することはどうしてもできないと答えた。
苛立ちを感じたが、それ以上私にできることは無かった。
マイクも、そしてアイを含めた他の友人達もDeanaは嫌がらせを続けてはいるが、それ以上エスカレートすることは無いと考えていたのだろう。Deanaは偽アカウントで私を中傷する投稿はするが、ただ同様の投稿を続けるだけでそれ以上のことは行わない、新たに別の手口で中傷を始める可能性は低いと想定してたのではないかと思う。また私は既に携帯番号を変えていたので、その後出会い系サイトから連絡が来ることも無かった。
ずっとその場にいても答えが変わる訳でもなく、とりあえず現状報告はできたのでその日は仕方なく警察署を後にした。
アイとアズサと一緒に警察署から再びGloria Jeansの近くまで戻ってきた。私は2人にせっかく来てくれたのに成果が無かったことを謝り、この後どうするのか尋ねた。
アイは午後は用事があると言い、なんだか妙にそわそわ急いでいるようだった。おそらく彼氏と約束でもしているのだろう。前に書いたように、Deanaとは異なり私はアイに彼氏ができたことにほとんど関心は無かった。アイが彼氏と会っていようが、その為に私たちと会う頻度が減ろうがどうでも良かった。なのに、この時私は自分がアイの態度にイラっとしていることに気づいた。
あー、彼氏と会わなきゃだもんねー(怒)
もうすぐイギリスに行くから離ればなれになってしまうもんねー(怒)
少しでも多く会いたいよねー(怒)
・・・・・・・・と本人を前に言う訳にもいかず、アイには来てくれてありがとうと伝えそこで別れた。
アズサは特に予定が無いとのことだったので、2人でベトナム料理屋さんへ行きお昼を食べることにした。(話はそれるが、メルボルンにはベトナム系移民が多いこともあってベトナム料理屋が多く、他のレストランに比べると値段も手頃である。)
この時点で、私は自分の気持ちは "落ち着いている" と考えていた。偽アカウント上での中傷は続いていたが、あくまでも偽アカウント上での投稿が続いているだけでそれ以上の行為が見られなかったこと、携帯電話の番号を変えたことでひとまず晒されていた番号を使用せずにすんだことが大きかったと思う。前日にはシンジと、その日はアズサと他愛もない話ができたことも冷静さを保つことにプラスになっていただろう。だが、あくまでもそれは思い込みに過ぎなかった。
警察とは今後も連絡を取り続ける。(そうしないと、ますます捜査の進みは遅くなると思っていた。)けれども明日からは絶対に学校に戻り、授業の遅れを取り戻そう。
この時はそう強く思っていた。
アズサとお昼を食べた後、シェアハウスに戻った。ここでも私の意思の弱さが悪い方に出てしまった。Facebookは見ないと決めいたにも関わらず、どうしてもその後の偽アカウントが気になり見てしまったのだ。
Deanaはその日も新たな投稿をしていた。(今回は原文のままのほうがよりニュアンスが伝わるかと思うので、下に日本語訳を書きました。)
偽アカウント「Walking around naked today. Naked Sunday :)(今日は裸で歩きまわった。裸の日曜日:) ※Naked Sundayというタイトルの歌があるので、おそらくそれにかけたのだと思います。)」
また例のごとくくだらない内容だが、今回はそれだけにとどまらなかった。Deanaは偽アカウントを使って、私の友人のタイムライン上の投稿にコメントを始めたのだ。
これは本当にやっかいだった。ただ偽アカウント上で中傷しているだけであれば見れなければ良い。友人達にも偽アカウントなので無視するよう伝えれば良いだけだ。だが私のプロフィール写真、私の名前で友人にコメントをされてしまうと無視するわけにもいかない。
実際に偽アカウントにコメントされた友人はコメントをしたのは私だと思い、非常に困惑していたのだ。この調子で友人だけにとどまらず、第三者にまで偽アカウントがコメントを始めたら取り返しのつかないことになってしまう。
どうしよう
どうしよう
どうしよう
どうしよう
どうしよう
それまで冷静だったのが嘘のように、頭に血が上っていくのを感じた。
警察はなかなか動いてくれないし、私はただDeanaにやられっぱなしのままなのか・・・
そして、私はFacebookに今までで一番ネガティブな内容の投稿をした。後に当時の投稿は全て削除したので原文そのままでは無いが、以下のような内容であった。
私「警察は動いてくれないし、Deanaは今も中傷を続けている。メルボルンじゃなくて、ニュージーランドに留学すれば良かった。どこか別の街へ移り、別の学校で最初からやり直したい。メルボルンなんてクソだ!!」
誤解の無いように説明すると、私はメルボルンが好きである。今もその気持ちは変わらない。だが、この時の私にとってメルボルンは最悪の場所としか思えなかった。
また、私は短期間で嫌がらせを止めることができない場合にはさっさと見限って他の都市で別の学校に通い直すこと、ずいぶん昔に語学留学をしていたニュージーランドへ行くことも考えていた。
この話を読んでいる方の中には、何もそこまで大げさな・・・・と思われる方もいるかもしれない。しかし、当時の私は真剣に考えていた。それくらい今回のDeanaの嫌がらせは当時の私を動揺させていたのだ。
上の私の投稿を見て、メルボルンで暮らすインドネシア人の友人がコメントをした。日本語を勉強していた彼女は、日本語で 「がんばって」とコメントした。純粋に私の投稿を見て、心配してコメントしてくれたのだと思う。
しかし、私には彼女の素直な "がんばって" を受け入れることはできなかった。
私「がんばって??私はもうがんばっている。「がんばって」なんて言葉大嫌いだ!!」
彼女には本当に申し訳ないことをしてしまった。
築いたものを失うこと
友人からの"がんばって"という言葉を拒絶した私を冷ややかに見ている人がいた。
私が日本で働いていた頃の同僚、八田さん(仮名)だ。
IT業界では一般的なのだが、同僚と言っても八田さんは同じ会社の社員ではなく、別の会社からビジネスパートーナーとして来ていたいわゆる下請の立場にあたるメンバーである。私の勤めていた会社には八田さん以外にも同じ立場のメンバーが多くいた。一部例外はいたものの、総じて社員よりも優秀な人が多かった。
なかでも八田さんは特別だった。当時大学生の娘さんがいる年齢で他のメンバーよりも年齢が高く、経験豊富で非常に優秀なエンジニアだった。また、過去にはアメリカで働いていたこともあると聞いた。
私はこのチームに配属された当初、この八田さんとのやり取りに非常に苦労した。私を含めた本体の社員が2名、パートナー社員が5名、そして中国にオフショアのメンバーが2名いるチームだったので、本体の社員である私は自動的にリーダーポジションとならざるをえなかった。当時20代前半で新卒入社2年目、大学時代にITを専攻していなかったにもかかわらず、八田さんを筆頭としたベテランエンジニア達に仕事を指示する立場になったのである。
それはもう、私の指示はめちゃくちゃだったことだろう。八田さん以外のメンバーからも私の指示の仕方に関して反発はあったが、特に八田さんからはストレートに反発があり、厳しい言葉を投げかけられれたこともあった。
八田さん「は、何言ってるの?(笑)」
といった態度は日常茶飯事で、情けないことに私は完全になめられきっていた。八田さんとのやり取りが上手くできず、半泣きになってしまったこともある。他の先輩と同じように上から指示をしても聞いてはもらえない。会話をしようにも、自分の知識、経験が全く足りない。なめられようが、反発されようが、それでも話し続けた。
ここまで書くと八田さんは性格が悪いように見えるかもしれないが、あくまでも私がなめられきっていただけで、非常に温かな人柄をしていた。仕事の合間に世間話をしたり、私の仕事上の悩みを聞いてくれることもあった。
私が留学のために会社を退職する少し前、八田さんは会社を去らなければいけないことになった。会社の方針としてパートナー社員の数を減らすことになり、一番高額なエンジニアだった八田さんがターゲットになったからだ。上司と先輩社員によって下された決定で、私は何もすることができなかった。最後の出社日、私と先輩社員に見送られてエレベーターに乗り込む八田さんの姿は今でも目に焼き付いている。
その後、私が会社を辞める時にも送別会に八田さんは来てくれ、プレゼントまでくれた。かつて自分自身がアメリカにいたからなのか、私が本当はIT以外のことをやりたいことに気づいていたからなのかはわからないが、IT業界をやめること、メルボルンでグラフィックデザインを学ぶ為に留学することを八田さんはとても応援してくれていた。送別会の後Facebook上で友達になり、私がメルボルンいついて何か投稿するたびに一番コメントをくれたのが八田さんだった。私が落ち込んでいる時には、
八田さん「元気出せよ。」
というメッセージを送ってくれたりもした。かつては仕事でバカにされ、上手くコミュニケーションが取れなかった人が私を応援してくれるようになるなんて夢にも思わなかった。
八田さんは今回の私の友人に対する態度、また嫌がらせが判明した後の私の動揺ぶりにとてもがっかりしていた。友人からの"がんばって"という言葉を拒絶した後、八田さんから私にメールが届いた。
メールには今回の私の態度に非常にがっかりしたこと、私の対応を非難する言葉、そしてそのような態度を私が今後も取り続けるのであれば私とはもう関わりたくないという内容が書かれていた。(今でもこのメールは残っているが、自分にとってあまりにも辛く、読み返すことができないので曖昧な内容しか伝えられない。)
私は八田さんからのメールに反論したが、八田さんからはそれ以上に何も返信はなかった。
その後しばらくして、八田さんは私の友達リストから消えた。
頑張って、前の職場で築き上げた人間関係。私を応援してくれた人を失ってしまった。
もうどうにでもなれ
私か完全にやけくそになっていた。
悔しい
悔しい
悔しい
悔しい
悔しい
Deanaが何食わぬ顔で私の偽アカウントを使って、コメントを続けていることが許されなかった。そして、一斉に知らせはしたものの、未だにそれが偽アカウントだと認識していない人がいることも許せなかった。
これ以降の私の行動は常軌を逸したものであったと思う。
まず、チェルシーが手に入れてくれたDeanaとのやり取りのスクリーンショットを友人の一人のタイムラインに投稿した。この友人は中国人留学生でDeanaと一度会ったことがあり、Deanaは彼のことも気に入っていた。(ちなみに「彼は中国人なのにどうして目が大きいの?」というDeanaの発言は彼に対してである。)彼はまだDeanaが私に嫌がらせを行っていることに気づいていなかった。
次に私はDeanaが他にも気に入っていると発言していた男性(一体何人お気に入りがいるんだか)をFacebookで検索し、彼らにスクリーンショットを送りつけた。
メルボルンには複数のランゲージエクスチェンジグループ(日本語を勉強中の外国人と日本人が集まり、お互いの言語で会話する会)があり、そのうちのいくつかはFacebookにグループページを作っている。私はそのグループのメンバーだったのだが、そのページにもDeanaが「偽アカウントを作った」と証言しているスクリーンショットを投稿した。
再び自分のタイムラインを見ると、友人たちの投稿が目に入った。みんな自分の顔写真を堂々と公開している。〜へ行ったといった楽しそうな投稿が目に付く。
なんで私だけが・・・こんなにも多くの人が顔写真を堂々と公開し、プライベートな情報を気にせず全体公開している。なのになんで私だけがこんな目に合うのか・・・・
我慢してきた、ずっと押さえこんできた気持ちが爆発した。
もうどうにでもなれ
お前ら楽しそうにしてんじゃねーよ!!!!!!
何が 「がんばれ」だ????
私はお前らよりずっとがんばってるわボケ!!!!!!!
がんばって、がんばってこれまで来たのにそれなのに妨害されてんだよ!!!!
今のFacebookの仕様では空欄のままでは投稿ができないが、当時はできたのか何か1文字でも入れて投稿していたのかは覚えていない。私は次々と連続で自分のタイムラインに投稿をした。ただ、意味の無い投稿を次々として、私のタイムラインはその気味の悪い投稿で埋まった。これをリアルタイムで見た私の友人達は、完全に私の頭がいかれてしまったと思ったことだろう。
その直後、アイから携帯にメールが届いた。
アイ「なんか連続してすごい数の投稿がされてるんだけど、Mamiさんがやっているの!?」
どういうわけかこの時点で私は気に留めていなかったのだが、アイは既に私をFacebookでブロックしており私の投稿を見ることはできないはずだった。それなのにアイが私の投稿に気づいたのには理由がある。私はアイの彼氏とも友達だったので、おそらくアイは彼氏のアカウントを通して私の投稿を見ていたのだろう。警察署へ行った後、予想通り彼氏と会っていたのだ。
私はアイに電話をかけた。
私「アイちゃん・・・私もうダメだ・・・もう無理。警察は動いてくれないし、証拠は使えないし・・・。もうこんなぐちゃぐちゃになってしまったらやり直せない・・・。もうメルボルンを離れようと思う・・・(泣)」
死にそうな声だったと思う。今までこんな声でアイと話したことなんてなかった。
アイ「うん・・・そう・・・。・・・・・・・わかった。」
アイは静かにそう言って、電話を切った。
アイと話したのはこれが最後だ。
この時以来、2015年7月現在まで私はメールも含めアイとは一切連絡を取っていない。
これを最後にアイから私に連絡がくることは一度も無かったからだ。
そしてこのアイとの会話の後、私はあることに気がついた。
Facebookで友達の人数が減っていた。1人、2人ではない。明らかに複数の友人が私を友達から削除していた。
意外な人物からの連絡
ふとメールボックスを確認すると、意外な人からメールが届いていることに気がついた。
ジュエリーショップのアルバイトで一緒だった日本人女性からだった。(最後に出勤した日に顔を合わせた先輩店員とは別の人)彼女は私より少し年上で、私と同じように日本で社会人になってからオーストラリアに渡り再び学生をしていた。
同じ店で働いていたというだけで全くプライベートの付き合いはなく、私はむしろ彼女からは良く思われていないのではとまで思っていた。しかし、私の予想に反して、彼女からのメールはとても暖かいものだった。
オーナーから私が大変な状況になっていると聞いたので連絡したということ、警察が動いてくれないのであれば民事で解決できるかもしれないということ、ストーカーや変な人を遠ざけるための方法として、" Intervention Order "というものがあるということ、 Woman legal serviceという公的サービスがあり、女性は無料で相談ができ弁護士を立てることもできるということがメールには書かれていた。
そして、最後に以下のメッセージが添えられていた。
勉強やバイトに集中できないかったりするのはすごく辛いと思います。でも負けないで、自分のやりたいことを貫きましょう!法的手段である程度身の安全も確保できますし、もしそのことで何か力が必要だったら言ってくださいね。とにかくまともじゃない人間は正論を言っても通じないので、相手にしないことです。そして一人で抱えこまないで、いつでも相談してください。
涙があふれた。
彼女に取って私は元バイトの同僚でしかない。私に親切にしたところで何もメリットなんてない。なのにどうしてこんなメッセージをくれるのか・・・・改めて自分は人を見る目がなかったんだなと思った。
私はメールに返信をした。彼女からはすぐにメールの返信があった。
メールの返信には、彼女自身もメルボルンで苦労をして一度は離れるようと考えたこともあること、その時信頼できる友人に精神的に助けてもらったこと、今は辛くて視野が狭くなっているかもしれないので辛いことはどんどん吐き出したほうが良いこと、良ければ話を聞くので連絡してほしいということが書かれていた。
そして最後に、
" 海外へ出てきた行動力があれば大丈夫、苦難を乗り越えることはできます!"
という力強いメッセージが書かれていた。
海外へ出てきた行動力があれば大丈夫・・・・日本での仕事を辞めて、一人海外へ飛び出した同じ境遇の女性からもらったこのメッセージ。「もう十分頑張ってるよ、だからこの先は大丈夫」と言ってくれているようで、涙が出るほど嬉しかった。
そしてこの時彼女が言及した Intervention Order というシステム
このIntervention Orderによって、事件は大きく進展することになった。