警察署へ行く
2月27日の夜、私はアイと警察署へ向かった。
警察署の中に入ると、チケット売り場のようにガラスで区切られた窓口があり、そこで警察官と話せるようになっていた。
私はとても緊張していた。
制服姿の警察官2人の姿が見えた。一人は40代くらいの男性で、もう一人は20代くらいの若い男性だ。
私「Hi.....」
話しかけたものの次の言葉が出て来ない・・・困った。
私が助けを求めていることを察したアイが話し始めた。
アイ「Facebook上での嫌がらせについて相談したいのですが・・・」
中年警官「・・・・はぁ?」
2人とも怪訝な表情で、ただ「はぁ?」と聞き返した。
私はつたない英語で必死に状況を説明しようとしたが、全く聞いてもらえそうになかった。英語力の問題なのか、必死に説明しようとして支離滅裂なことを口走っていたからなのか、いやおそらく両方だったと思う。
悲しいくらい、まったく聞いてもらえなかった(泣)
必死の形相の私と反対に、警察官2人の表情は全く変わらない。
私が話し終えると、中年のほうの警察官がいくつか質問を始めた。迷惑そうな表情だった。
中年警官「その嫌がらせをしてきた人物っていうのは、君の友達なんだよね?」
私「友達だったの!もう友達じゃない。ケンカしてからしゃべってない。(当時の私の英語をあえて日本語に訳したら、このレベルかそれ以下だったと思う。)」
警察官達から見たら、留学生が友人関係でトラブって嫌がらせを受けて、下手な英語でわめいてるようにしか見えなかっただろう。深刻さが伝わるはずもなかった。
アイはただ、心配そうにオロオロと隣で様子を伺っていた。
中年警官「で、その人物と君はどうやって知り合ったんだ?」
私「友達の紹介!」
アイ「私を通して知り合ったんです。だから申し訳なくて・・・。」
警察官は相変わらず迷惑そうな表情をしていた。
中年警官「わかった、今日はもう遅い。また今度来るように。」
私「!!!!」
ここまでの短いやり取りで予感はしていたが、帰宅するように促されてしまった。
領事館では「もし日本で同じことが起きたら犯罪」と聞いたが、実はこの時点では私には迷いがあった。確かに、私は中傷を受けた。ただ、実際に物理的には何も危害を加えられていない。
勢いで警察署へ来たものの、果たしてそれは正しかったのだろうか?領事館の担当者は、ただ私を落ち着かさせるためにアドバイスをしたのではないか?私はただ動揺しすぎているだけなのでは・・・?
なので、矛盾するようだが、警官達が迷惑がる気持ちも理解できた。
ましてや不十分な英語力でわかりづらい説明…
ここで引き下がっては泣き寝入りだ・・・それだけは絶対に嫌だ。なんとしてでも、話を聞いてもらう必要がある。今回の件が、どれだけ私にとって深刻なのかをわかってもらわなければ・・・
どうすればいいのか必死で考えた。
そして、私は行動に移した。
私「うわああああああああーーーーーーん(号泣)」
中年警官「!?」
私はこれでもかというくらい、声を出して大泣きをした。
人前でこんなに大泣きしたのなんて、子どもの時以来だった…いや、子どもの時でさえも、もっとシクシク静かに泣いていたと思う…。
私「なんで聞いてくれないの!?私がオーストラリア人じゃないから?ただの留学生だから???」
私「オーストラリアは良い国だって信じてたのに...こんな扱いを受けるなんて酷すぎる...(号泣)」
私「私が日本人だから?だからとりあってくれないの??そんなの人種差別だ!!」
実際は、もっと色々わめいてたと思う。
我ながら非常にみっともなかった。本当に見苦しい姿だった。
警察まで来たというのに帰るよう促されたショックで、既に半泣き状態だったのだが、恥を捨ててとにかく大げさに号泣して見えるように泣き叫んだ。
私の豹変した姿を見た警察官達は、さすがに動揺したようだった。
中年警官「そんな・・・差別とかじゃないから!!と、とにかく泣き止んで・・・」
私はただひたすら泣き続けた。顔を手で覆ったまま、嗚咽した。
アイ「ま、Mamiさん・・・大丈夫?」
アイが心配そうに声をかけてきた。
彼女が私がどれだけショックを受けていると認識していたかは定かではない。見苦しい姿で泣き喚く私を見て何を思っていたのか、もはや知るすべもない。
ただ、私からはアイが私の取り乱す姿を見て引いているように見えた。
私「大丈夫、わざと大げさにやってるから・・・」
私はアイに小声でそう伝えると、さらに泣き続けた。
アイはただ呆然と私の方を見つめて、黙っていた。
本当に恥ずかしい姿を晒すことになってしまった。だが、この行動は吉と出た。
中年警官「もう、まったく・・・わかったよ!だから泣きやんで、お願い。えーっと、その嫌がらせをしてきた人物の住所はわかる?」
警察官の態度が変わり、やっとまともに話を聞いてくれるようになったのだ。
アイがDeanaの自宅住所を知っていたので、警察官に伝えた。電話番号、職場、家族構成など、知っている限りのDeanaに関する情報も伝えた。また、私は持参していた偽アカウントのスクリーンショットを提出した。
この時対応してくれた中年の警察官、マイク(仮名)。
たまたまこの夜、窓口で勤務していたが為に、この一風変わった面倒な事件を担当することになってしまったある意味でアンラッキーな警察官だ。
マイクは説明を続けた。
マイク「今回の件は、サイバー犯罪担当のチーム捜査を依頼することになる。インターネット上での出来事ということもあり、捜査には時間がかかるだろう。」
私「え、そんな・・・すぐに何とかしてもらわないと困るのに!私が直接サイバー犯罪担当の警察官と話すことはできますか?」
マイク「それはできない。捜査の進捗は、私を通して連絡するよ。」
私「(怒)」
マイク「わかった、わかった、落ち着いて。警察での捜査にはどうしても時間がかかる。なので、嫌がらせを止めるには、まずは裁判所へ行ったほうがいいだろう。」
さ、裁判所・・・???
当時の私の英語力では、マイクはずいぶん難しいことを話しているように感じた。少なくともわかったのは、court(裁判所)へ行ったほうが良いと言ってるということだ。
裁判所へ行けって、訴えろってこと????弁護士とか雇えってこと!?そんなの留学生には無理だって…なんて無茶苦茶言うの・・・お金なんてないのに・・・(泣)
裁判所という単語を聞いて、私はますます不安になった。なんだか自分の手にはとても終えない、途方も無いことをやるように言われている気がしたからだ。私の頭に思い浮かんだのは、日本のニュースで報道されるような刑事事件の法廷だった。
マイク「ところで、君の友達(アイ)はずいぶん英語が上手だね〜。メルボルンに永住してるのかー。裁判所に行く時には、助けてもらうといいよ。」
アイ「Mamiさん、英語で困ったら助けるから言ってね。」
一通り話を聞いてもらえたのと、時間も夜10時をまわっていたこともあり、その日はもう帰宅することした。マイクは警察署の番号とマイクのメールアドレスの書かれたカードを私に私に手渡し、マイクに連絡を取りたい時にはこの番号に電話するかEmailをするようにと言った。
偽アカウントを使って嫌がらせを受けてからたった1日しかたっていない。それなのに、警察署へ来るまでずいぶん時間がかかったように感じた。睡眠不足もあり、私はとても疲れを感じていた。
警察署を出ると、トラム(路面電車)に乗ってアイと一緒に街の中心部へと移動した。
アイはほとんど言葉を発しなかった。私のあんな姿を見て、やっぱ引いただろうな・・・今更ながら、急にとても恥ずかしくなった。
私「アイちゃん、ごめんね。あんな姿を見せてしまって。ああでもしなきゃ、まともに話を聞いてもらえなさそうだったから、大げさに騒いだ。でも大丈夫だから、気にしないでね。」
アイは気にしてないと答えた。内心何を思っていたのかはわからないが、少なくとも私の前ではいつも通り接しようとしているようだった。
バカなことにこの時私は全く気づいてなかった。
アイが既にこの時点で、私の本物のFacebookアカウントをブロックしていたことに…。
出会い系サイトを使っての中傷
2月28日(木)
前日の夜、警察署から帰ってきた後、私はすぐに眠ってしまった。
とりあえず警察が対応してくれそうな様子だったこと、26日の夜以降は新たに嫌がらせを受けていなかったので、少しは不安感が薄らいでいたのだと思う。
だが、それも長くは続かなかった。
朝6時前だというのに、私の携帯電話が鳴ったのだ。
知らない番号だった。そして、電話の数分後、携帯にメールが届いた。
"Good morning! How are you?"
嫌な予感がした。
私はその知らない人物からのメールに返信した。
(※以下英語が文法的に間違っている箇所がありますが、原文のまま載せています。連絡を取って来た人物も英語ネイティブではなかったのでしょう。)
私「Who are you? Where did you find this number?(あなたは誰ですか?どこでこの番号を見つけましたか?)」
すぐに返信があった。
"It's Ricky from Asian dating…You email me your number."
(Asian datingのRickyだよ。君が僕に番号をemailで送ってくれたじゃないか…)
私「-----------------------------!!!!!!!」
Asian datingというのは明らかに出会い系サイトの名前のようだった。しかも、アジア人女性専門の・・・。DeanaはFacebookだけではなく、出会い系サイトにまで私の偽プロフィールを作成し、私のふりをしてこのRickyという男に連絡を取っていたのだ。
そして、すぐに再び私の携帯電話が鳴った。
怖かった。本当に怖かった。
勝手に私の知らないところで私の名前を語り、見知らぬ男に連絡を取り、そしてその男は私が必死で男探しをしている日本人留学生だと思って連絡を取ろうとしているのだ。
本当に怖かった。言葉では言い表せないくらい恐怖を感じた。だがその一方で、この人物から出会い系サイト上の私の偽アカウントの詳細を聞き出せるのではと思った。
私は着信を無視して、Rickyにどのウェブサイトで私を見つけたのかメールで聞いた。
Rickyからはまたすぐに返信が来た。
私の偽アカウントが作られていたのは、Asiandating.com(http://www.asiandating.com/)という出会い系サイトだった。
私が電話に出ないので、Rickyは次々とメールを送ってきた。
"You email me your number…You asked me to call you…are you Mimi?26 years old Japanese girl?"(君が僕に携帯番号をメールしたんじゃないか・・・それで、僕から君に電話して欲しいって。君はMimiなんだよね?26歳の日本人女性だよね?)
名前が微妙に間違っており、年齢も私の実年齢では無かった。26歳というのは当時のDeanaの年齢だ。アイも26歳だったということもあり、おそらくDeanaは私も同い年だと勝手に思い込んでいたのだろう。
私はRickyにもっと詳細を伝えるよう促した。
"It's Asian dating website I receive email from in Asian Dating account…so I text you…Is it ok??? If you don't like me then I am sorry…"
(アジア系専門の出会い系サイトだよ。そこでメールを受け取ったから、だから君にメールしたんだけど、それで合ってる???もし僕のことが好きじゃないなら、ごめん・・・)
"I am Ricky xxx (※Rickyの苗字のようでしたが、本名だとまずいのでここでは隠しました。)I have account there…I email Mimi…Who is 26 yrs old Japanese student…Working in queen Victoria market…Sorry if you do not like me…"
(僕はRicky xxx. Asiandating.comのアカウントを持ってる・・・Mimiっていう26歳のビクトリアマーケットで働いている日本人学生にメールしたんだ。僕のこと好きじゃないならごめん・・・)
名前こそ間違っていたものの、私の偽アカウントがアジア系女性専門の出会い系サイトに作成されており、そこで個人情報が晒されていることは確実だった。
Deanaがやったに違いなかった。
私は日本でもオーストラリアでも出会い系サイトを利用したことはない。
Facebookとは異なり、偽アカウントをすぐに自分の目で確認することもできない・・・
そんなことしたくは無かったが、自分でアカウントを新たに作り、偽アカウントを探さなければいけない。そんなことをしてる時間なんて無いというのに・・・
その日ももちろん、学校はあった。昨日午後の授業を休んでしまったので、その日は何としてでも行こうと思っていた。それなのに、また新たな問題が判明して、私はすっかり落ち込んでしまった。
数日前までのやる気は一体どこへ行ってしまったのか、オーストラリア最後の年だから頑張ろうという気持ちは何だったのか…
もう学校なんてどうでもいい、すぐに警察に行って何が起きているのかを訴えたい。
捜査を早急に進めてほしい。
とにかく一刻も早く、偽アカウントを使った中傷を止めてほしい、Deanaを止めてほしい。
頭の中はそれでいっぱいだった。
他のことを考える余裕なんて、全くなかった。
私が今でも気持ちの整理ができていない理由の一つは、この時の自分の行動に後悔しているからなのかもしれない。事情があったとはいえ、あんなにやる気だった、貴重なチャンスだった海外でグラフィックデザインを学ぶという機会を自ら放棄したも同然なのだから。
私は、怒りのあまり自分の気持ちをFacebookに投稿した。
前々日からの偽アカウント発覚からの流れで、多くの友人は私の言動に注目していたようですぐに何人からか返答があった。その一人は、チェルシーだった。
返答の多くは、警察に報告したのだから今は冷静になって待つように、26日以降特に新たな嫌がらせは無かったのだから今は落ち着くようにという内容だった。
チェルシーもそのように答えていた。
何もしらないくせに・・・冷静になれって、そんなこと言えるのはお前らが当事者じゃないからだろ・・・私がどんな気持ちなのか、お前らにわかるのか。
今振り返ると、この時から私の気持ちに変化があった。
友人が何を言っても、素直に受け取れなくなり、どんどん卑屈になっていった。そして、日に日にこの気持ちは強くなり、その後嫌がらせが終わった後も私はこの自分自身の気持ちに長い間苦しめられることになった。
私「冷静になれって・・・出会い系サイトにまで偽物のプロフィールを作られて、変な男から電話はかかってくるわで、こんな状況で冷静になれって!?」
私はFacebookで、友人たちの返答にそう返した。
チェルシーが反応した。彼女は一言、こうコメントした。
チェルシー「c●nt」
この言葉、Fxxk とは違い、日本ではあまりなじみがないだろう。私もオーストラリアにいる間に知ったのだが、Fxxkを超えるこれでもかってくらい最低の口に出せないような汚い言葉だそうだ。(女性器を指す意味もあるが、この場合訳すとしたら"死ぬほど嫌な奴"といったところかもしれない)
この時、チェルシーはDeanaにぶち切れていた。
前日、チェルシーは私の言ってることに共感できないと言った。だが、さすがに彼女もまさかDeanaが出会い系サイトを使ってまで嫌がらせをしているとは予想していなかったのだろう。そして、その出会い系サイトはアジア人女性に特化したサイトだ。香港出身のチェルシーは、私だけではなく、アジア人女性全体に対するDeanaの悪意を感じ取っていたのかもしれない。
私はチェルシーに、この件を早急に警察へ報告したいので、今日の午前中にもう一度警察へ行くと伝えた。チェルシーは一緒についていくと言ってくれた。
前にも書いたが、当時の私には英語で警察官と電話越しに話す自信が無かったのだ。また、不安でいっぱいで、学校が終わるまで待ってなどいられなかった。その日も授業を休み、警察へ行くことにしたのだ。
チェルシーとは警察署の近くのGloria Jeans(スタバのようなコーヒーショップ)で合流することにして、私は家を出た。