
10日目…

ついに朝が来た。
今日僕は、本気で自分の限界に挑戦する。
修造の言葉が頭をよぎる。
「限界は自分で決めてんだ!」
果たして本当にそうなのか?
旅を始めてから、毎日足がちぎれるような痛みと闘ってきた。
「もう歩けない…」
と思うまで歩き続けて来た。
毎日「限界だ…」
と思うまで歩き続けて来たつもりだ。
でももし、今僕が思っている限界が、
僕が決めた限界だとしたら…
本当の僕は、僕が思っている以上のことを成し遂げられるはずだ。
僕自身でさえも知らない僕になれるはずだ。
本当の僕…
それに出逢った時、僕は変わる。
いや、変わっている。
きっと強い自分になれているはずだ。
限界の先…
今はまだ想像が出来ない。
だからこそ、やらなきゃならない。
本気でやってみなきゃ分からない。
死ぬ気で自分を追い込む。
死ぬ気で自分を傷めつける。
死ぬ気で…
正直言って不安だ。
ちゃんと歩けるのか?
足は持ってくれるのか?
宿も何もない場所で倒れたらどうするんだ?
僕は本当に出来るのか…?
不安要素を挙げればキリが無い程だったが、
この時の僕は、とても冷静だった。
「何があっても、何が起きても、それが僕の運命だ。」
すべてを受け入れようとしていた。
「死んでもいい」
と思っていた。
本気で、全力で、自分の力を出せたのなら。
その上で、「死」が待っていようと、
それが今の僕の最大の力で、運命だから。
大袈裟ではなく、本当にこんなことを思った。
「死んでもいい」
なんて、簡単に口にするものじゃない。
でも僕は、簡単に口にしている訳じゃない。
僕はいつだって真剣だ。
いつだって真っ向勝負だ。
そのせいで、考えなくていいことまで考え込み、病気になったが、
そのおかげで、僕は自分自身と真剣に向き合い、
この旅をしようと決意し、実行し、実現してきた。
「弱い自分を変えたい」
「強くなりたい」
「本当の気持ちが知りたい」
「納得した答えを見つけ出したい」
これらを達成するには、
「死」を、「限界」を、
自分の肌で体感することが必要不可欠だ。
死を目の当たりにしなければ、
この旅をした意味が無い。
自分の本当の気持ちを、
本当の答えを見つけ出さなければ、
旅に出た意味が無い。
限界に挑戦しなければ意味が無い。
ここで本気で限界に挑まなければ、
旅が終わったところで、僕は何も変わらない。
日本海まで行ったという、名ばかりの達成感は感じるだろうが、
実際に僕は何も変わらない。
僕は絶対に変わらなきゃならないんだ!
心配を掛けている家族のために。
応援をしてくれている友達ために。
逝ってしまったあいつらのために。
傷付けてしまった彼女のために。
背中を押してくれた人たちのために。
自信を失ってしまった僕自身のために。
そして、これらはすべて、
未来を生きていくために。
さぁ、行こう!
ゴールへ。
限界という、僕だけのゴールへ。
おやじの生き方…
時刻は朝9時。
入念にストレッチをし、両足にサポーター、
テーピング、ホッカイロを装着し、準備は万端。
僕:「お世話になりました!ありがとうございました!」
おやじ:「おお、行くのか!」
今日もおやじは相変わらず全く気の使わないおやじだ。
「トンネル通ってけ!」
「新しく出来たトンネルだから!」
おやじはそう言った。
「分かりました!ありがとうございます!」
おやじは、「頑張れ!」など、気の利いた言葉は言わない。
僕が客だからって、全く気を使わない。
おやじはおやじだった。
このおやじと話していて思った。
「気を使う」と「思いやり」は違う。
僕はいつも、人の顔色を伺い、
嫌な思いをさせないようにと、常に気を使ってきた。
相手の反応を予測し、わざと言葉や態度を選んできた。
これが思いやりだと思っていた。
でも、違うと思う。
相手に合わすのは思いやりじゃない。
自分の気持ちを素直に表現することが、
思いやりなんだと思う。
本当は人に合わせる必要なんてない。
自分が出来る、自分なりの表現の仕方で、正直に相手に接する。
素直な気持ちで相手のことを思う。
これが思いやりなんだと思う。
おやじは、気は使わないけど、
思いやりのある人なんだと思った。
誰に対しても変わらぬ接し方で、
常に自分という人間が存在している。
僕も、そんな人間になりたいよ。
そう思った。
おやじ!ありがとう!!
そして僕は、
今日もスタートを切った。
日本海まで、道は一本。

あの山の向こうに日本海がある。
目の前の道をただひたすら前に進むだけだ。
余計なことは考えなくていい。
ただ前へ。
そして、それを繰り返すこと。




僕は歩きながら、純粋に景色を楽しんだ。
この時間を、
この空気を、
この旅を楽しんだ。
確実にゴールへと近付くこの道のりを、
終わりへと向かう残されたこの時間を、
全身で楽しんだ。
大自然の中を歩く。
今日の自然は、これまでの道のりとは次元が違った。
人の生活する気配を感じない、大自然だった。
ワクワクした。
見たことのない景色の中にいることが嬉しかった。
新しい経験は、確実に人を成長させる。
初めて見る、感じることが、
僕自身が生まれ変われるようで、嬉しかった。
今日は物凄く足が軽い。
僕は集中していた。
必ずゴールに辿り着くということに集中していた。
休憩する時間がもったいないと思うほど、足は前に伸び、
これまでにない程の早いペースで歩いた。
いいリズムだった。
やはり気持ちは大事だ!
今日僕は、糸魚川へ行く。
いつもの2倍の距離を歩く。
何としても、何があっても、
絶対に行く。
出来るか、出来ないかなんて、
もう考えなかった。
「やる!」
これしか頭になかった。


栂池高原を通過し、白馬ともおさらば。
小谷村に入る。
「こたに」ではなく、「おたり」と読むらしい。

千国街道、塩の道。
昔、糸魚川から塩や嗜好品を運んだ道らしい。
その道の終わりが、6日目に泊まった塩尻。
塩の道の尻だから、塩尻。
合ってるか分からないけど、多分そう。笑
名前って面白い!
歴史って面白い!
この旅で僕は、色々なことに気付き、学んだと思う。
この10日間でこんなことが分かった。
ドライバーに気付いてもらう安全な道の歩き方、
1時間で5km歩ける、
20kmを越えると足が壊れる、
筋肉は冷えが大敵、
雨の日はスマホが使えない、
実は住宅地が一番不便、
子どもは正直、
ウォシュレットは神、
温泉は効く、
人間の回復力は凄い、
道は繋がっている、
常に季節が移り変わっている、
僕は自然が好きだ、
知らないことがたくさんある、
話を聞いてくれる人がいる、
応援してくれる人がいる、
色んな人がいて、
色んな生き方がある…
数え切れない程、たくさんのことに気が付き、学ぶことが出来た。
「知っていること」と、
「分かっていること、出来ること」は違う。
実際にやってみて、初めて分かった。
ちゃんと理解した。
ちゃんと納得出来た。
これは、うつ病になった今の僕だからこそ、
生きること、そして死ぬことに疑問を持った
このタイミングだからこそ、気が付けたことだと思う。
そして、僕が分かったことはすべて、
今の僕が求めていたことであり、
今の僕に必要なことだった。
出来事には、良いことと、悪いことの両方の側面があり、必ず意味がある。
そして、起きたタイミングにも大きな意味がある。
と思う。
ほんの数ヶ月前、幸せ街道真っしぐらだった僕は、
病気になり、休職し、婚約破棄になり、うつ病になった。
自殺しようと思った。
一見、悪いことにしか見えないが、
休職し、時間が出来た。
婚約破棄になり、自分だけの意志で選択出来るようになった。
うつ病になり、自分自身に疑問を持った。
自殺しようと思い、旅に出た。
そして、色んなことを経験し、感じることが出来た。
当たり前のことが、美しいと感じ、
嬉しいと感じ、ありがたいと思えた。
こんな素晴らしいことは無いと思う。
そんな大切なことを今までの僕は忘れてしまっていた。
それを思い出させるキッカケをくれたのが、地獄のような出来事であり、
それを思い出させてくれたのが、今まで当たり前に見過ごしていたモノ達だった。
「失ってから大切さが分かる。」
本当その通りだ。
でも、失ってからその大切さに気が付いても、後の祭りだ。
失ったモノは戻ってこない。
だから僕はこう言いたい。
「失ったからこそ価値がある。」
失うという経験は誰もが出来ることじゃない。
失うということにも、意味があり、価値がある。
しかし、価値があるモノにするかどうかは、自分次第。
当たり前のことに疑問を持ち、
考えに考え抜く。
多くのモノに触れ、多くのことを感じ取り、
それを納得するまでやってみる。
価値を創るのは自分次第なんだ。
疑問、思考、体感、
これらを実践、実行し続ける。
それが、挑戦。
そして、成長ということだと思う。
僕はまだ、自分の気持ちに納得が出来ていない。
だから、やり続ける。
歩き続ける。

トンネルが見えて来た。
親父が言っていた通り、比較的新しい。

中は綺麗だし、歩道もちゃんとある。
トンネル内は暖かく、風に煽られることもない。
灯りも付いている。
安全な道だ。

トンネルを抜け、またトンネル。
先に行けば行く程、トンネル内の歩道は狭くなっていったが、安全な道だった。

僕が抱えていた
トンネル=恐怖
の印象はぬぐい去られた。
ありがとう!おやじ!
3つ程トンネルを抜けると、視界が開けた。
トンネルは山の中をショートカット出来る道だ。
抜ければ、山を越えた別世界が待っている。


トンネルを抜けたところで交通整備をしていた。
車道に出て、横を通り過ぎようとすると、
「ちょっと待って下さい!」
交通整備の人が僕を止めた。
トランシーバーで何やら、コンタクトを取っている。
「こちらについて来てください!」
僕一人が通るために、わざわざ通行車を止め、道を空けてくれたのだ。
僕は先導され、整備区間を通り過ぎた。
何というVIP待遇だろう。
「ありがとうございます!」
すれ違う交通整備の人たちに声をかけた。
僕を先導してくれたのは、女性の人だった。
「日本海に出たいんですけど、新潟県はあとどれくらいですか?」
そう尋ねた。
「あの坂を上り切ったら、新潟県ですよ!」
気が付けば、新潟県はすぐそこだった。
無事に整備区間を通り過ぎ、
「道空けてくれて本当にありがとうございます!」
と伝えた。
するとその女性は、
「仕事なので。」
と答えた。
「お仕事頑張ってください!」
大きなお世話かもしれないが、そう言った。
女性は、ニコっと笑いながら、
「ありがとうございます。」
「お気を付けて!」
と返してくれた。
確かに、交通整備として当たり前の仕事なのかもしれないが、僕は嬉しかった。
例え仕事だとしても、誰かが自分のために行動してくれたことに感謝した。

「あの先が新潟県だって!」
新潟県。
糸魚川はすぐそこ。
いよいよ本格的に日本海が近付いて来た。
僕は、嬉しくなった。


道の駅小谷
なぜか恐竜がいた。笑
この時、時刻は14時過ぎ。
ここの時点で20km歩いた。
所々で写真を撮ったり、一度コンビニでレッドブルを注入したが、
あまりのペースの速さに驚いた。
これまでの9日間、1日をかけて25km歩いていたにも関わらず、
疲労の蓄積された10日目にして、
たった5時間足らずで、20kmを歩くことが出来た。
体力もまだ十分残っている。
足もまだ大丈夫。
時間だってまだある。
僕は更に嬉しくなった。
「本当に限界は、自分で決めているのかもしれない…。」
そう思い始めていた。
この道の駅小谷は温泉がある。
いつもの倍の距離を歩くから、ここで温泉に入ろうかと思っていた。
しかし、進むべき道のりは、また更に20km以上。
5時間以上は掛かる。
今から出ても、21時を過ぎてしまう。
のんびりしている暇は無い。
僕は、ストレッチをしながら、水分補給と、
カロリーメイト的なものを少し頬張り、また歩き出した。
まだまだ行ける!
僕の限界はこんなもんじゃない!
そう言い聞かせながら、またひたすらに歩いた。

またトンネルがある。
困った…。
さっきの道の駅小谷で、屈んだ時に、
ヘッドライトが頭から抜けて、壊れてしまった…。
肩からぶら下げていた手持ちライトも、数日前の雨に晒されたせいで、壊れてしまっていた。
ライトが無いのは、本気で生死に関わる。
僕は、トンネルの手前でライトを修復した。
念のために電池も変えた。
修復って言っても、割れた部分をテーピングでくっ付けたり、接触部分の金具をイジったりしただけなのだが…。
ヘッドライトは問題なく点いた!
手持ちのライトは、機嫌が良ければ点いた!笑
これでひとまず安心だ。

そして、トンネルに突入する。
一つ目の塩尻トンネルを抜けた。
ここで事件が発生する…
少し遠くの方で、山側から何かが幾つも前を通り過ぎ、民家に降りていった。
パンパンパーン!!!
僕は一瞬で凍り付いた。
冷や汗が全身からバーッと溢れ出るのが分かった。
な、な、何だ?
銃声と共に、先ほど前を通り過ぎた幾つもの何かが山へ戻っていく。

猿だ!
野生の猿が食べ物を求めて山を下りてきたらしい。
野生の猿とか、どんだけ田舎だよ…
と思ったが、
こんだけ田舎なのだ。
目の前に猿がいる。
めっちゃ恐い。
猿と目を合わせてはいけないと言うことを聞いたことがある。
でも、今にも襲って来そうな猿を気にせず通り過ぎることは不可能だ。
同じ動物同士、テレパシーを送れば分かってくれると念じてみたが、
この猿たちには僕のテレパシーは伝わらなかった…。

間近で見ると、本当に恐い。
絶対怒ってるもん。
怒った顔してるもん。
ちょっと目を反らすと少し近付いてくる。
パッとそっちを見ると、止まる。
完全にだるまさんが転んだ状態。
このままでは、襲われると思ったから、僕は戦うことにした。
何せ、僕にはストックと言う武器を持っているのだから。
人間は卑怯だよね。
そうやってすぐに武器を使う。
素手じゃ大した力も無いくせに。
僕は直接猿に何かされた訳じゃないのに、
ストックを振り上げ、猿たちを威嚇しながら通り過ぎた。
本当に申し訳ないことをしたと思う。
ごめんよ。お猿さんたち。
初めての間近に野生の猿に対面したことで、
テンパり、心臓はバクバクになったが、正気を取り戻して、またトンネルに入った。


トンネルを出て、トンネル。
0.5km〜2.5km程のトンネルが続いた。
今日の天気は曇り、気温が低い。
歩いていると少し身体は温かくなるが、
15時を過ぎ、風も冷たく、また更に気温が下がってきた。
そんな時のトンネルは本当に助かる。
空気はあまり良くないが、温かい。

それにトンネル内には入り口から出口までの現在地の距離が表示してあり、
出口の見えないトンネルの中でも、
どんどん出口までの距離が近づいていくのが目に見えて分かって、安心した。
確実に前に進んでいるんだ!
という実感も湧いた。
トンネルを抜けると、そこは橋の上だった。


國界橋

僕はついに、新潟県に突入した。
糸魚川市内に入った。
テンションが上がった。
しかし、そのすぐ先で、一瞬にして冷静になる。

慰霊碑と書かれた大きな石がある。
自然と笑顔になっていた表情も、慰霊碑を見た途端に、真顔になった。
悲しみや、寂しさのような感情がこみ上げてきた。
僕は、この場所で起きた出来事は知らない。
でも、大変なことが起き、多くの人が犠牲になったのだと思った。
今、僕の立っているこの場所で、誰かが死んだと思うと、恐怖さえも感じた。
しかし、こうして慰霊碑というカタチで残されている。
決して忘れてはいけないということだ。
起きた出来事も、誰が亡くなったのかも知らないが、
間違いなく、ここで誰かが犠牲になった事実を知った。
僕は、「死にたい」と思ったことを恥ずかしく、申し訳なく思った。
慰霊碑に向かって手を合わせた。
犠牲になった方々にお詫びをした。
そして、どうか見守っていて欲しいとお願いをした。
ここは神聖な場所。
生半可な気持ちで歩いてはいけない。
僕に出来ることは、自分自身に真剣に向き合うことだった。
僕のゴールは距離でも、場所でもない。
自分の限界だ。
そのことを再確認し、また歩き始めた。



更にまた2つのトンネルを越えた。



トンネルを抜けた先には、紅葉が始まり、様々な色をもった山々に囲まれ、
間を流れる翡翠色の姫川、剥き出しになった絶壁の岩肌、
今まで見たことのない景色だった。
そして、また大きな岩が置いてある。


姫川災害復旧記念広場
どうやら、この場所で大規模な災害があったらしい。
この美しい翡翠色の姫川で災害があったようだった。
さっきの慰霊碑は、この災害で犠牲になった人たちのものだった。

山の川側の斜面が、岩肌剥き出しで絶壁になりネットが掛かっている…
そして、この大きな岩…
とても悲惨な災害だったことを容易に想像させるくらい、その光景は生々しかった。
僕はまた、手を合わせた。
トイレもあったので、ここで少し休憩させてもらうことにした。
時刻は17時前になっていた。
辺りはもう、薄暗くなってきている。
さすがに足の痛みも激しくなっていた。
それでも、まだ歩ける。
僕は、前に進もうと決めた。

立ち上がり、またトンネルに差し掛かろうとしたその時、
前方からやってきた一台の車が停まった。
窓が開き、おばちゃんが話しかけてきた。
「これから暗くなるし、この先の道は危ないから、行かない方がいい!」
「少し戻れば、知り合いが宿をやってるから、そこまで乗せてってあげるよ?」
何ともありがたい言葉だ。
しかし僕は、前に進もうと決めた。
「大丈夫です!あと20kmくらいは歩けるので。」
「明日の朝、日本海を見たいんです!」
「ありがとうございます!」
そうお断りした。
するとおばちゃんは、
「そしたら、あと20数km先に、
ひすいの湯って言う仮眠できる温泉があるから、そこに行くといいよ!」
そう教えてくれた。
何とも親切なおばちゃんだろう。
せっかくの好意をお断りするのは、心から申し訳なかったが、ここで止めてはいけない。
僕は、自ら与えた限界に挑戦するという試練を、今日、乗り越えなければならない。
「教えてくれてありがとうございます!」
「助かります!」
「ひすいの湯、行ってみますね!」
「本当にありがとうございます!」
そう言って、おばちゃんと別れた。
そこから僕は、ひすいの湯を目指すことにした。
あと20数km。
これから夜になる。
足が保ってくれるかどうかも分からない。
それでも、歩く。
痛くてもいい。
辛くてもいい。
歩けなくなってもいい。
それでも、やらなきゃならない。
今、やらなきゃならない。
僕は明日、日本海へ辿り着く。
僕の旅は明日で終わる。
最後に真剣に自分と向き合わなきゃ。
全力で、自分と闘わなきゃ。
この試練を乗り越えなきゃ。
僕は強くなるんだ。

そして、またトンネルに入った。
しかし、ここからが地獄の始まりだった…。

トンネルは薄暗いが、一応灯りが点いている。
暗い外を歩くよりも安全だ。
このトンネルから一気に古びた感じになり、
歩道とは言えない程のものだったが、一応歩くスペースもある。
大丈夫!
僕は大丈夫!
おまじないのように、そう自分に言い聞かせ続けた。
そして、やっとの思いで、このトンネルが終わると思った。
すると…
名前が変わっている…。
終わったはずの距離が増えている。
何か変だ…。
◯◯洞門◯◯m
トンネルが洞門に続いていた。
洞門とは、山を切り崩し造られたトンネルのようなもの。
だが、トンネルと違い、谷側が柵のようにして柱が立っており吹き抜けになっている。
今までのはこんな感じ↓

明るい内は、柱の間から外の景色が見え、光が入る。
しかし、外はもう夜だ。
灯りは一切無い。
簡単に言えば、真っ暗なトンネルだ。
しかし、これまでも洞門は通ってきた。
長くても150m程だったので、僕は大して気にも留めていなかった。
しかしこの洞門、歩道がほとんど無い。
高さ15㎝程の段差に、幅60㎝くらいだろうか。
人一人分ギリギリのスペースしか無かった。
それに加え、腰の辺りに、
ライトを反射させる丸っこい反射板が出っ張って、一定間隔で続いている。
それをいちいち避けて歩かなければならない。
めちゃくちゃ邪魔だった。
その反射板を通る旅に、歩くスペースから体がはみ出る。
そして、そのスペースも途中で途切れる。
車道のみの真っ暗な道になる。
それでも、距離は短い。
大したことはない。
一瞬で終わることだ。
そして、◯◯洞門が終わる。
………。
また距離が増えた…。
洞門は終わらなかった…。
◯◯洞門◯◯m
◯◯洞門◯◯m
◯◯洞門◯◯m
洞門を越えても越えても、また更に洞門が続いた。
進んでも進んでも、残りの距離が減っては増え、減っては増えた。
数十mのものもあれば、数百mのものも、終わりはなく、全て連なって続いていた。
えー…。まぢかよ…。
思わずそう呟いた。
この道は、糸魚川から白馬に抜ける唯一の道。
交通量が多い。
しかも、大型トラックがバンバン通っていく。
洞門は灯りが無い。
あるのは、すぐ横を猛スピードで通り過ぎていく車のライトとヘッドライトの小さな灯りのみ。
既に歩道も無くなった。
ドライバーは、こんな道に人が歩いているなんて全く思っていない。
後から分かったことだが、僕が歩道だと思っていたスペースは、
歩道ではなく、点検作業をするときに、歩くためのスペースらしい。
もちろん、点検するときは明るい内だ。
こんなとこ地元の人でも通らない。
おばちゃんの言っていた通り、危険な道だった。
しかも最上級に。
昼間でも危険なんだから、
夜なんて完全に自殺行為だ。
僕は、甘かった。
地図では、トンネルがあることが分からなかった。
分かったのかもしれないが、気が付かなかった。
こんな道を歩くとは、一切予想していなかった。
こんな道があるなんて、想像も出来なかった。
ただ、ヘッドライトと、気まぐれに点く肩にぶら下げた手持ちライトが点いたのは、不幸中の幸いだった。
直しておいて本当に良かったと思う。
準備は大切だ。
いつ何が起きるか分からない。
それに直面した時では、もう既に遅い。
後回しは命取りだ。
そもそも、どんな道なのかを事前調べていなかったことが悪いのだが、
そんなことを今更言っても意味が無い。
僕は猛スピードで迫ってくる車に殺されないように、それはもう必死だった。
すれ違う車とは、本当にスレスレだった。
車が通る旅に風に煽られる。
一歩はみ出せば命取りになる。
真っ暗闇の中、車の轟音と、外を流れる姫川の激しい音がが響き渡る。
遠くから迫ってくる車の音は、
得体の知れない化け物が襲ってくるかのような
うめき声に似た音が徐々に大きくなりながら近づいてくる。
僕は怖くなった。
恐怖で足の震えが止まらなかった。
こんなに怖い思いをしたのは初めてだ。
歩道も無い。
前に進むことが怖くて仕方が無かった。
それでも前に進まなければ、この洞門地獄は抜けられない。
だから、車の通らないタイミングで、猛ダッシュした。
そして、車のライトが見えたら、柱の間に隠れる。
車が来ないのを確認し、またダッシュする。
そしてまた柱の間に隠れる。
一番危ないのは、カーブだ。
カーブでは、先が見えない。
それは、向こうからやってくるドライバーも同じ。
五感を研ぎ澄まし、今だ!というタイミングで走り抜ける。
それをひたすら繰り返した。
でも、いくら進んでも、洞門地獄は終わらなかった…。
生きた心地がしないとはこういうことだ。
笹子トンネルが可愛いと思ってしまうくらい、極限状態に追い込まれる道だった。
目の前にある死、
いつまで続くか分からない恐怖、
休むことも許されない。
足の痛みも半端じゃなかった。
誰にも助けを求めることは出来ない。
孤独との闘い。
ここから逃げだしたかった。
でも、逃げることさえも出来ない。
怖かった。
怖くて仕方がなかった。
もうダメだ…
耐えられない…
死ぬ…
本当に死ぬ…
この場所で僕は死んでしまう…
そう思った。
そして、柱の間に隠れ、タバコに火を付けた。
もう無理だ…
きっと僕はここで死ぬ…
最期の晩餐ならぬ、最期の一服だった。
クソッ!!
ダセえな…。
こんなとこで死ぬなんて…。
僕は、ここで死んだ後のことを考えた。
もう誰にも会えないのか…。
親にも、姉ちゃんにも、友達にも、応援してくれた人達にも、誰にも会えないのか…。
僕が死んだら、みんなどう思うんだろう…?
きっと悲しむだろうな…。
あいつは?
こいつは?
僕がいなくてもやっていけるだろうか…?
きっと「あいつはバカだよ!」って言われるんだろうな…。
そこまで親しくない人達には、こんなことを思われるんだろうな。
「あいつ婚約破棄でうつ病になって、
日本海まで行くって、途中で車に轢かれて死んだんだって。」
「自殺だったんじゃない?」
「女にフラれたくらいで自殺かよ!」
残された僕の大切な人達は、周りからこんなことを言われるんだろうな…。
そんなことを思った。
本当、ダサいわ。
カッコ悪い。
目が覚めた気がした。
僕は、
「死」
を勘違いしていた。
死ぬことが、価値のあることだと思っていたのだ。
ロックスター達が若くして死ぬように、
崇高で、カッコいいことだと勘違いをしていた。
僕も死んだら、伝説になるんじゃないか!?って。
死ぬことに憧れすら抱いていた。
本当にバカだった。
死ぬとは、終わるということだ。
志半ばで終わるということ。
結局、達成出来ない。
ゴールへ辿り着いていない。
失敗に終わるということだ。
テレビのニュースなどでは、
何かを達成したことよりも、
途中で死んでしまったことの方が大きく取り上げ、
「スゴいことをした!」とか、
「スゴい人だった!」とか、言われてるけど、
本当にスゴいのは、それを無事に成し遂げた人だ。
ゴールに辿り着いた人だ。
本当にカッコいいのは、挑戦し、死んだ人ではなく、
挑戦し、生き抜いた人だ。
僕はカッコいいことをする!
カッコいいことをすれば、カッコよくなれるから。
いつだってそう生きてきた。
ここで死んだら、ダサい。
極めてダサい。
僕の美学に反する行為だ。
「めっちゃ怖かったけど、こんな道歩いたんだぜ!」
って笑って話したい。
生きて帰って、そう話したい。
僕は恐怖を押し込み、また前に進もうと決めた。
絶対に成し遂げてやろうと決めた。
そうと決まれば、歩いた証拠を残さなければ。
僕はケータイのムービーを回した。
真っ暗の中、
「今、◯◯洞門ってのが、◯個目なんですけど…」
と解説付きでムービーを撮った。
2テイク撮った。笑
小さな画面でムービーを撮りながら歩くと、
平衡感覚を失い、倒れてしまいそうだったので、
もっとちゃんと撮りたかったが、命を優先した。
この時、洞門は30個以上通過した。
何km歩いたのか分からない。
あと何km続くのかも分からない。
ほぼノンストップで歩き続けて来た。
足も限界だ…。
でも、絶対に後少しで糸魚川市街に出られるはずだ。
止まるわけにはいかない。
そう思いながら、ただひたすらに前に進んだ。
洞門は本当に地獄だった。
完全に歩道の無いもの、
地面が濡れているもの、
段差のアップダウンがあるもの、
工事中なのか、単管パイプが張り巡らされ、
その狭い隙間を這うようにしか通れないもの、
その全ては真っ暗闇で、
常に「死」と隣り合わせだった。
完全に人の通る道ではなかった。

だがついに、僕はこの洞門地獄を抜けた。
歩き抜いた。
久しぶりに出た外の世界に、思わずガッツポーズをした。
助かった…。
と思った。

しかし、代償は大きかった。
足が完全に壊れた。
そして何より、極度の恐怖を長時間味わったせいで、放心状態だった。
外へ出た後も、幾つか洞門を越えた。
結局、越えた洞門は36個?
正確には分からないが、それくらい。
総距離にして約8kmくらい。
17時に入り、出たのは18時24分。
1時間半もの間、洞門の中に閉じ込められ、命の危険に晒された。
まさに地獄だった…。
こんなに頑張った僕を、誰か褒めてくれ!
と思う。笑
後日、
「すげぇトンネルばっかりでめちゃくちゃ危なかったんだよ!」
と親に話したところ、
「そんなん地図見れば分かるじゃん!」
「本当バカだねー!笑」
と言われた。
生きて帰っても、バカはバカだったみたいだ。笑
今まで、この洞門を歩いた人とは出逢ったことが無いし、
洞門の存在を知っている人もほとんどいなかった。
だから、この恐怖を話しても、誰も褒めてくれなかった。
誰もこのスゴさを分かってくれなかった。
もしも、これを読んだ人の中に、
この道を通ったことのある人がいたら、
真っ暗の中、あそこを独りで歩いたことを褒めて欲しいと願う。
切実に。笑
ただし、通ったことが無いからって、
興味本位で通ろうとしては絶対にいけない。
命の保証は出来ません。
それくらい危ないから、マネしないで欲しい。
恐らくマネする人はいないと思うけど…笑
そんなことはさておき…
僕はやっと地獄から抜け出した。
しかし、相変わらず外は灯りひとつ無い真っ暗な道だった。
そこは、草木に囲まれた道で、歩道は無い。
糸魚川ICも近く、大型トラックやバスもバンバン走っている。
この道こそ、人が歩いているとは到底思えないような道だった。
危ない!と思ったら草木の生い茂るところに飛び込む勢いで、僕は更に歩き続けた。


そして、やっと現れた標識。
糸魚川市街地はまだ先。
しかし、この先に必ずある。
絶対に辿り着いてやる。
僕は写真を撮った。
すると…
また一台の車が僕の横に泊まった。
「また乗ってけって言われるんだろうな…」
と思い、申し訳ない気持ちになった。
車から人が出て来た。
その人は、信じられないことに、
洞門地獄に入る前に声を掛けてくれたあの親切なおばちゃんだった。
「ひすいの湯まであと10kmだから!」
「22時までに着かないと入れないみたいだよ!」
わざわざひすいの湯まで戻り、聞いてきてくれたらしい。
「大丈夫?」
「歩ける?」
正直、本当にツラかった。
もう足を動かすのがやっとなくらいだった。
でも、
「大丈夫です!」
「本当にありがとうございます!」
そう答えた。
「あと10kmだから、頑張って!!」
おばちゃんはそう言って、僕の肩を叩いた。
「ありがとうございます!」
「頑張ります!」
こんなことってあるだろうか?
たまたま見掛けた人のために、20km以上も離れたところに戻り、
情報を聞いて、また声を掛けてくれる。
おばちゃんは、真っ暗な道の中を、
僕を探しながら車を走らせていたんだと思う。
きっと一度ではなく、来た道を行ったり来たり、
何度も何度も僕を探してくれたんだと思う。
心から感動した。
いや、感激した。
感謝の気持ちが止まらなかった。
「本当にありがとうございます!」
そう言って、僕はまたおばちゃんと別れた。
元気が出た!
しかし、あと10km…。
2時間は掛かる。
この状態では、2時間以上掛かる。
今の時刻は、19時半。
2時間で着いたとしても、21時半。
22時まではギリギリだ。
間に合わないかもしれない。
でも、間に合うかもしれない。
それは、やってみなきゃ分からない。
僕は歩くしかなかった。
足に出来たマメがとんでもないことになっているのが分かる。
足はもう限界。
まともに歩くことはもう出来ない。
本当にツラかった。
ツラくて、ツラくて、仕方がなかった。
でも、糸魚川市街はもう目の前。
日本海は、すぐそこにまで来ている。

僕の旅は終わる。
僕は、これまでのことを思い出した。
今までの旅であったこと、
旅をしようと思ったこと、
仕事のこと、
彼女のこと、
家族のこと、
色んなことがフィードバックした。
真っ暗な道を独り歩きながら、
イヤホンから流れる音楽が、僕の心を大きく揺さぶった。

歩き慣れてない夜道を
ふらりと歩きたくなって
蛍光灯に照らされたら
ここだけ無理してるみたいだ
大人だから一度くらい
煙草を吸ってみたくなって
月明かりに照らされたら
悪いことしてるみたいだ
あなたの好きな煙草
わたしより好きな煙草
いつだってそばにいたかった
分かりたかった
満たしたかった
プカプカプカプカ
煙が目にしみるよ
苦くて黒く染まるよ
火が消えたからもうダメだ
魔法は解けてしまう
あなたは煙に巻かれて後味サイテイ
真っ白な息が止まる
真っ暗な夜とわたし
いつだってそばにいれたら
変われたかな
マシだったかな
プカプカプカプカ
煙が目に染みても
暗くても夜は明ける
あなたのくれた言葉
正しくて色褪せない
でももういらない
いつだってあなただけだった
嫌わないでよ
忘れないでよ
プカプカプカプカ
煙が雲になって
朝焼け色に染まるよ
byチャットモンチー「染まるよ」
何も手につかない白黒の瞳で
私はただひたすら
there is nothing I can do for you
あの頃の私は
何に感動して
何に満足して
自分を理解していたの?
どこにも行かないで
Please don't go anywhere
1年前に戻りたいなんて
何で今さら思えるかな
あの頃の私は昨日と同じ
今日なんて考えなかった
もうこれ以上行かないで
Please don't go anywhere
目をつぶると歩けないと分かっていたのに
一人つぶってた
目をそらすと進めないと分かっていたのに
一人そらしてた
いつの間にかあなたを傷つけ
思いがけない言葉を発していた
甘えぬき傷つけぬいた私は
今度は何を求めるかな
もうどこにも行かないで
Please don't go anywhere
もうこれ以上行かないで
Please don't go anywhere
もうこれ以上歩けない
もうこれ以上歩けない
もうこれ以上歩けない私は
byチャットモンチー「橙」
ここまで来ても、一番頭に浮かんだのは彼女のことだった。
「強くなりたい!」
そう思って、ここまで歩き続けてきたのは、
自分の為ではなく、彼女の為だったのかもしれない。
こんな僕と出逢ったことを後悔して欲しくなかった。
僕と過ごした3年間をムダだったと思わせたくなかった。
彼女は、僕との将来が不安だと言った。
うつ病になった人は、治らない。
同じことを繰り返すと言った。
そんな彼女に、僕は違う!ということを証明したかった。
僕は、違うんだ!
本当は凄い人間なんだ!
うつ病さえも倒してしまう強い人間なんだ!
そう証明したかった。
しかし、もう彼女が戻ってくることはないだろう…。
「僕はこの旅で何を得た…?」
「僕は変わったかな…?」
「強くなったかな…?」
「僕は…ここに居てもいいのかな…?」
「僕は…生きてもいいのかな…?」
「僕はまた…幸せになれる…?」
涙が止まらなかった。
止めどなく溢れて来た。

僕は、たくさんの人に心配と迷惑を掛けている。
そんな僕にも手を差し伸べてくれる人たちがいる。
「もう無理だ…」と思った時に、いつも頭に浮かんだのはその人たちだった。
その人たちが居てくれるおかげで、僕はここまで歩き続けることが出来た。
「死にたいなんて言って、本当にごめん…」
「死にたいなんて思って、本当にごめん…」
「死のうとして、本当にごめん…」
でも、僕は死ななかったよ。
どんなにツラくても…
どんなに痛くても…
どんなに怖くても…
僕、頑張ったよ。
どんな時も、みんなの存在がいつも僕を助けてくれたんだ。
みんなのおかげで、
僕は今、生きてるよ。
「ありがとう!」
僕は、前に進まなきゃ。
僕はもう、自分にウソはつかない。
今まで多くの人に、7、8割の力で余力を持ってやらないとと言われてきた。
何でも抱え込んでしまう僕は、そんな生き方が出来る人が羨ましいと思う程だった。
でも全力でやらないと、さらなる成長は出来ないと思う。
出来るか出来ないかは、やってみなきゃ分からない。
それなのに、やる前から力を抜いていたら、出来ることも出来なくなってしまう。
僕はこれからも全力でやってみるよ。
バカだって言われても、自分に正直に生きるよ。
それが僕が思う、カッコいい生き方だからさ。
そんで、また恋をして、誰かを好きになって、幸せになろう。
そう思った。
姫川の女神様…
足の痛み、体力、精神力は限界に来ていた。
本当に、今にも倒れてしまいそうだった。
それでも僕が歩き続けられたのは、着実と近付いている街の灯りだった。
確実に近付いているゴールだった。
僕はついに、糸魚川市街地に入った。
セブンイレブンがある。
ここで少し休むことにした。
でも、お店の中には入れなかった。
広い駐車場。
お店に行くまでの力さえ、もう残っていなかった。
歩道の内側にイスを置き、そこでタバコを2本吸った。
「あとどれくらいなんだろう…?」
洞門を出てから、そこで初めて地図を見ようと決めた。
ここまで、残りの距離を知るのが怖かった。
あと◯kmの距離を見て、元気が出る程、力は残っていなかった。
市街地に着き、やっと地図を見る勇気が出た。
GoogleMapでひすいの湯を検索してみる。
850m
気が付けば僕はもう、目的地まで1kmもないところまで来ていた。
さすがにテンションが上がった!
でも、もう足を曲げるのも、伸ばすのも、座っているのも、
立ち上がるのも、立っていることさえも辛かった。
850mという距離が果てしなく遠いものに感じた。
でも、前に進まなきゃ。
意識が朦朧としつつも、痛みを堪えながら、
ゆっくりゆっくり、それはもうゆっくりに、
ほんの少しずつ、それでも確実に一歩ずつ前へ進んだ。
すると…
一台の車が僕の横にピタリとついて来た。
あのおばちゃんだった!
窓を開け、
「あと少しだから!」
「頑張って!」
そう僕を励ましながら、ゆっくりと車を走らせ、
「そこ左入ったらすぐだから!」
「よく頑張ったね!」
そう言ってくれた。
そして、左に曲がると、
おばちゃんは車を僕の前に走らせ、ゆっくりと先導してくれた。
そして、車を停め、
「こっちに近道の階段があったはず!」
僕を少しでも早く休ませようと、車を降り、道案内をしてくれた。
こんなことってあるだろうか!?
一度ならともかく、二度、
そして、三度、
僕のために車を走らせ、戻って来てくれた。
そして、今、僕の隣で一緒に歩き、道案内をしてくれている。
神様は本当にいたよ。
神様みたいな人だった。
いや、この姫川に伝わる女神様なのかもしれない。
そんなおばちゃんだった。
そしてついに、僕はひすいの湯に辿り着いた!
なんと感謝をしていいのか分からない。
ただ、「ありがとうございます!」
これしか言えなかった。
おばちゃんと少し話した。
「自分に試練を与えたんです。」
「本当にもうダメかと思いました。」
うつ病になって、弱い自分を変えたくて、旅に出たことを話した。
「良い試練になったね!」
おばちゃんはそう言ってくれた。
今でも思い出すと涙が出てくる。
この言葉で、僕がどれだけ救われたことか。
旅に出て良かったと思った。
限界に挑戦して良かったと思った。
僕はなぜ、こんなに良くしてくれたのかを聞いた。
「いつもはヒッチハイクの人とかも乗せないのよ。」
「最初に見た時、スラッとしてるから女の子に見えてね。笑」
「私にも29才の息子がいて、自分の子どもみたいで…」
「どうしても気になっちゃってね。笑」
そう話してくれた。
本当に信じられないことが起きた。
奇跡としか言いようのない出来事だ。
あの場所で、あのタイミングで、
このおばちゃんで、そして、今の僕でなければ起きなかったことだ。
本当に感激した。
心から感謝した。
「本当にありがとうございます!」
「ご縁があったらまたお会いしましょう!」
そう言って握手をし、写真を撮ってお別れをした。
僕はこの旅で、唯一後悔していることがある。
一期一会を大切にしていたのだが、
このおばちゃんの名前と連絡先だけは聞いておけば良かったと本当に思う。
どうしても、もう一度会ってこの時の感謝を伝えたい。
そこで、迷ったが、おばちゃんと撮った写真を載せようと思う。

ご存知の方がいたら、僕に連絡をして頂きたい。
コメントでも、Facebookからでも、Twitterからでも、
僕のこのアドレスにでも何でも良い。
どうしても、もう一度逢いたい。
この時のおばちゃんのおかげで、今も僕が生きていられることの感謝を伝えたい。
恐らく、糸魚川市街より平岩辺りにお住いの方ではないかと思う。
ご存知の方、お近くの方、
どうか、ご一報をお願い致します!!!

時刻は、21時。
ひすいの湯に間に合った!
しかも、思ったよりも早く。
入館料を払う。
フロントの人は、僕を見るなり納得した表情だった。
おばちゃんが、僕が歩いてやってきて、
ここに泊まるということを伝えてくれていたのだと思う。
おかげで、すんなり受け入れてくれた。
おばちゃん!本当に本当にありがとう!!
やっぱり温泉は最高!
程なくして、営業が終わるということで出なきゃいけなかったが、生き返った。
そして、仮眠室へ。

めっちゃ広い!
奥にある座布団をテキトーに使って良いということだった。
数枚の座布団を敷き、寝床は確保。
しかし、誰もいない…。
おじさんがやってきて、
「館内の電気消します!」
と言った。
えっ…?
僕一人だけ…?
このめっちゃ広い空間に僕だけ?
やった!貸切じゃん!!
…なんて思うわけない!
電気の消された館内には、従業員すら一人もいない…
自動販売機は、音立てるし…
変な音楽流れるし…
めっちゃビビった。
そう、僕はチキンなままなのだ。
でも、寝るけどね。
日本海までは、あと4kmくらい。
ついに明日、日本海へ辿り着く。
僕の旅は終わる。
「色んなことがあったな…」
しみじみ思った。
楽しいことばかりじゃなかった。
ツラい思いも、苦しい思いも、
痛い思いも、いっぱいした。
そんな旅も明日で終わると思うと寂しい気さえした。
でも、気分は良かった。
何とも言えない充実感で溢れていた。
明日は朝早く起きて、朝の日本海を見に行こう!
天気は微妙っぽいけど…。
最後まで、僕の旅をしよう!
最後まで、この旅を噛みしめよう。
宇宙のすべてに感謝して、最後までやり遂げよう。
そして僕は眠りについた。
つづく…
10日目の成果!!!
【歩数】
58777歩
【消費カロリー】
1998.4kcal
【歩いた距離】
41.14km(歩数計調べ)
46km(Googlemap調べ)
【歩いた時間】
9:15〜21:00


次のお話で、
「死に場所を探して11日間歩き続けたら、
どんなものよりも大切な宝物を見付けた話」
も終わります。
一話一話が本当に長いのに、読んでくれて本当にありがとうございます。
このストーリーを書き始めてから、
日に日にPV数が増えていき、自分でも驚いています。
「読んで良かった!」や「詳しく知りたい!」
を押してくれた方、本当に励みになります。
めっちゃ嬉しいです。
僕がここまで書いてこれたのは、
読んでくれている方がいるおかげだと思っています。
本当にありがとうございます!
次のお話で最後になりますが、
少しでも楽しんでくれたら嬉しいです。
感動なんかしなくていいです。
「こんなことやった奴いるんだ!
おもしれーなー!!」
って笑ってもらえればいいです。笑
僕は最後まで、全力で書きますので、
次回もお楽しみに!