top of page

15/5/22

その日は突然やってくる。〜日本と外国の間で生きるという意味〜 世界は狭いフランス編

Image by Olia Gozha



ストラスブール、フランスの中で一番好きな街です。

いやストラスブールの人が好きなのかもしれません。

歴史的にドイツとフランスの間で翻弄された地域ですが、

ドイツ人の堅実さとフランス人の柔軟性、

両方の良い面を兼ね備えた人々だからです。 

日本人の思考によく似ていると思います。


ある出張の日、私はパリで仕事をしてからストラスブールへ

夜の20時の飛行機で飛ぶ予定にしていました。

しかしその日はオルリー空港が濃霧で飛行機の出発が遅れ、

離陸できたのが22時。

ストラスブールに着いた頃は、すでに23時を回っていました。


到着後、取引先の会社の社長さんが、わざわざ出迎えてくれ

今日は、是非レストランで食事をいっしょにしたいので

予約もしてあるし、今から行きましょうと誘われました。


私は時間も遅く、ご迷惑ではと断ったのですが

なかなかいいレストランだし、いっしょに食事をしたいという事で

強引に連れて行かれたのでした。


レストランに着くと、とても上品なマダムが出迎えてくれました。

「 Bonsoir 」

遅い時間にも関らず、その暖かい対応と笑顔、Bonsoirの言葉の響きが、

私の疲れた心を癒してくれました。


そのレストランの名前は、CROCODILE。

ストラスブールには2軒しかない3☆レストランの1軒でした。

さすがに3☆だけあって、料理をとても美味しく頂きました。

でもフランス人、本当によく喋りますから、フルコースとなると

3時間はかかってしまいます。

宝石のような綺麗なスイーツが運ばれてきた時は、深夜の1時過ぎ。

結局、深夜2時までお店を開けてくれていましたが

マダムの笑顔としぐさが変わることなく、とても上品で素晴らしく、

本物の接客に触れた「CROCODILE」のことが印象に残っていました。 


帰国して、寂しくなったことが色々ある中で

本場のクロワッサンを日本で食べることができないことが残念と

感じている日々が続きました。


そんな時、いつも車で通る道にあるデザイン事務所が閉鎖されて

なにやら改装が始まる様子。

何ができるのかなぁと何気なく漠然と見ていました。


数日後、通り過ぎてみると予想外にもパン屋さんになっていました。

あれぇ、フランス語が書いてある。

Blanc Pain

ちょっと興味を覚えた私は、次に来た時はお店に入ってみたいなぁと

思いました。


次の日、やっぱりお店を覗いてみたくて

お店に入ってみると、フランス人のご主人が奥でパンを捏ねる姿。

目の前には、フランスで見るクロワッサン、ショコラが並んでいます。

ここは本場と同じ味かもしれないと直感しました。 


たまたまお店に出てきたご主人とお話することができて

聞いてみると、フランスからバターや小麦を取り寄せているとのこと。

直感は確信に変わりました。


これは絶対本場の味に違いない!


お店でクロワッサンを買って、早速食べてみると・・・・・

やっぱり本場の味そのものでした。

うちの近くにフランス人のパン屋さんができるなんて

なんて幸運なんのだろうと嬉しくなりました。

店内を見渡してみると、ケーキも置いてあります。

このパン屋さんの奥様(日本人)は、パティシエでした。


さらにフランス人のご主人、奥様と話していると

奥様はストラスブールに住んでいたとお話しになりました。


ストラスブールといえば、

私はストラスブールで印象に残った出来事を話しました。

すると奥様はビックリされて

「私はCROCODILEでパティシエをしていたのですよ」と。

私もビックリ。

こんなに世界は広いのに、ピンポイントで繋がるなんて!

奥様も、日本でCROCODILEの話ができるとは思いもしなかったと

興奮気味にお話しされました。


あの時最後に出たスイーツは、彼女がつくったものだったと考えると

人の出会いはどこで繋がっているか分からないものと

改めて思ったのでした。


もし食事を断っていたら・・・

もしマダムの対応が普通だったら・・・

もしデザイン事務所がそのままだったら・・・

色々な偶然が重ならなかったら、

ストラスブールの出来事を話すことはなかったでしょう。

一期一会、出会いを大切にしていきたいと思った出来事です。


←前の物語
つづきの物語→

PODCAST

​あなたも物語を
話してみませんか?

Image by Jukka Aalho

急に旦那が死ぬことになった!その時の私の心情と行動のまとめ1(発生事実・前編)

暗い話ですいません。最初に謝っておきます。暗い話です。嫌な話です。ですが死は誰にでも訪れ、それはどのタイミングでやってくるのかわかりません。...

忘れられない授業の話(1)

概要小4の時に起こった授業の一場面の話です。自分が正しいと思ったとき、その自信を保つことの難しさと、重要さ、そして「正しい」事以外に人間はど...

~リストラの舞台裏~ 「私はこれで、部下を辞めさせました」 1

2008年秋。当時わたしは、部門のマネージャーという重責を担っていた。部門に在籍しているのは、正社員・契約社員を含めて約200名。全社員で1...

強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話

学校よりもクリエイティブな1日にできるなら無理に行かなくても良い。その後、本当に学校に行かなくなり大検制度を使って京大に放り込まれた3兄弟は...

テック系ギークはデザイン女子と結婚すべき論

「40代の既婚率は20%以下です。これは問題だ。」というのが新卒で就職した大手SI屋さんの人事部長の言葉です。初めての事業報告会で、4000...

受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1

僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で...

bottom of page