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15/5/8

母に抱く殺意 第2章

Image by Olia Gozha

父が倒れる数か月前、私の住むマンションに父は遊びに来ていた

父は、定年まで1年を切り、延長して嘱託で働くか、定年で退職するか考えていて、その話を私にしたかったのだろう

ダイニングで椅子に腰かけ、砂糖たっぷりのコーヒーを飲む

元々、痩せている体型の父だったが、ここ数年、さらに痩せているように見えた

私が結婚して、父はお酒も飲めないのに私の夫と飲み屋に行くようになり、時には一緒に飲み屋に行き、父が楽しそうに歌ったり踊ったりする姿を見るのが月一の恒例になっていた

「まだ働けるし、嘱託で延長して、3年後くらいに退職して、それからは海外で暮らすかな……」

海外旅行が好きな父は、毎年のようにアジアへ旅行していた

「いいんじゃない?どこ?」

「インドネシアか、タイか…」

「いいけど、母親はどうするの?おいて行かれても困るんだけど」

「あいつは、十分現金持っているはずだし、家はくれてやる。けど、現金は一切渡したくない」

「離婚したらいいのに……」

「離婚はしないが…、一生別居して暮らす」

「好きにすればいいけど、歳の離れた兄弟はいらないからね」

父には彼女がいて、私も良く知っている若い女性だった

父は照れるように大声で笑った

私も、つられて笑った

親子水入らずの時間が、これからも続く。確証などないのに、漠然とそう信じていた


父が倒れて3日が経ち、伯母たちは一旦帰宅した

3日後、父の状態が変わらなかったが、母、姉、私の3人が揃った上で主治医から「延命をするか、しないか」の意見を聞かれた

勿論、3人とも「延命をする」ことを希望した

父の状態は変わらず、倒れてから約一週間後、また3人が集められ、主治医から父の状態が「蘇生後低酸素脳症」ということを説明された

心臓の動きが止まり(微弱の状態も含め)、脳に血液が行かなかったことで脳にダメージが生じ、さらに脳内出血も脳の状態を悪化されたということだった

脳幹の働きも低下し、いつか自力呼吸も出来なくなるかもしれないと。

父はもう、会話出来ないかもしれない…倒れた直後から父の様子のおかしさに覚悟めいた気持ちがあった そしてそれが、主治医の説明が決定的になった

父の好きだったタバコや、コーヒーの匂いを嗅がせるため、見舞いに来ると鼻先にかざした

ホットのコーヒーは、何となく瞬きが増える気がしたから

倒れてから2週間あまり。父は、「蘇生後低酸素脳症」として症状固定。脳死ではなく、要介護5、意識不明。

自力呼吸も復活していたため、ICUから一般病棟へ移動。

一般病棟に移ったことで、気軽に見舞いが出来るようになり、病室の雰囲気も変わった

同じ寝たきりの状態の患者さんがいる病室で、年齢が父よりも20歳くらい上の方ばかり、話し声も聞こえず、ほとんど動かない患者さん…静かな病室


父が倒れてから、行くのをやめていた実家へ足を運ぶようになっていた

ある夕方、実家へ行って病院へ運ばれた時の父の物を見ていたら、母が来て、一言。

「お金、ないのよ」

「そんなの知らないよ」

父の給料日は過ぎていたので、給料が振り込まれているはずだった

「お金なきゃ困るでしょ!病院にも払えない」

そのくらい自分の預金から出せばいいと思っていたが、それさえも嫌なのか?そう口に出すのもバカバカしかった

私が見ていた父の所持品の中に財布があり、そこに一万数千円のお金が入っていたので、それを全部出して、突き出すように母に差し出した

母は黙って受け取り数えると、

「これじゃ足らないわ!」

もう、呆れ果て 空になった父の財布だけ握りしめて家を出た

自宅への帰り道、音楽を大音量にして、泣きながら運転した

“父はなぜ倒れてしまったの…”

母とのやり取りがすでに大きなストレスになっていた



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