4日目…

僕に足りないモノ…

今日も天気の良い朝だ。
すでに恒例となったストレッチと足にテーピングを巻き、出発の準備を整えた。
天然温泉&サウナの効果なのか、昨日の足の痛みはほとんど無くなっていた。
「今日も歩ける!」
一日のすることと言ったら、
「ただ歩き続けること」
家に引きこもり、何もする事が無く、
ほぼ寝たきりだった生活を考えると、
たった一つだけでもやることがあるのは、
とても嬉しく、充実感でいっぱいだった。
少し前までは、いくら仕事をしていても、充実感なんてなかった。
それどころか、現状や将来への不安感が増すばかりだった。
「ただ歩く」
この行為は、1円も得ることはない。
むしろ出費がかさむ一方だ。
その歩いている時間に仕事という肩書きがあれば、
1日の生活費に十分な金額を稼ぐことが出来る。
しかし、この1円にもならない行為が、
お金を得ることよりも、とても嬉しく、充実感があり、
自分に必要なことだと感じた。

ほんの数ヶ月前、
病気になり、休職をし、婚約破棄になった。
生きてきた26年間の積み重ねが全て、
最悪の結果を生み出してしまったと思っていた。
しかし、これらのことが無ければ、僕は旅には出ていない。
お金よりも価値のある充実感を得ることは出来ていない。
仕事をして、お金もあり、大切な人と一緒に暮らしていた時とは打って変わって、
仕事も出来ない、お金も無い、独りぼっちの生活になった。
しかし、最高の環境だと思っていた時より、
最悪の事態になった今の方が、
一日の充実感や些細なことへの喜びを感じれるのだから、不思議なことだ。
神様は乗り越えられる人にしか試練を与えないと言う。
中学の時、教室に貼ってあったカレンダーに書いてあった。
試練というのは、辛く、苦しく、忍耐を要するものだ。
なぜ、そう感じるかと言えば、
自分に解決する能力がまだ無いからだ。
僕は思う。
試練とは、
現時点の自分の能力を知るためであり、
その能力に落胆するためではない。
「下手くその上級者への道のりは
己が下手さを知りて一歩目」
と安西先生も言っている。
試練は、今の自分に足りない部分を知るためであり、
ステップアップするためには知ることが必要不可欠であり、
まずは知ることからが始まりだ。
今の僕に足りないものは何だ?
忍耐?
妥協?
我慢?
苦痛?
確かにこれらは僕には足りないかもしれない。
しかし、
忍耐強くなってどうする?
妥協してどうなる?
我慢して何になる?
苦痛を味わって何が出来る?
これらが僕には分からなかった。
周りの人に
「我慢しないと」
「妥協しないと」
と散々言われてきた。
「現実を見なよ」
と散々言われて来た。
しかし、僕には分からなかった。
なぜ我慢しなければならないのか?
なぜ妥協しなければならないのか?
いつも決まって返ってくる答えは、
「それが社会というものだから。」
僕には分からなかった。
だから、出来なかった。
今の僕に足りないのは、
忍耐でも、
妥協でも、
我慢でも、
苦痛でもなく、
「納得の出来る答え」
だ。
今の僕に足りないもの、
今の僕に必要なものは、
「納得出来る理由」だった。
それが分かれば、
我慢だって、妥協だって出来る。
この社会に適応出来る「強い人間」になれる。
なぜこんな社会を生きなければならないのか?
なぜ僕は生きなければならないのか?
その理由が知りたかった。
「生きたい」
という納得のいく答えを出すために、
僕は歩き続きた。
生きた証を…

今日も空が広い。
この旅は、自分独りとの闘いだ。
誰かと話したり、何か特別なことを見たり聴いたりしている訳ではない。
ただ、今まで気が付かなかった当たり前の景色や、
当たり前の環境、当たり前に生きていることが、とても嬉しく、楽しかった。
どこまでも青く広がっている空を見ていることが、
何かを持っていることよりも、誰かと一緒にいるよりも、価値のあることに思えた。
とはいえ、やはり試練は過酷だ。
限界を知る旅は、早くも四日目。
何の下準備もしていなかった僕の身体は、
日を追うごとに確実に疲労が蓄積されていた。

こんな歩道橋の階段でさえ、片足ずつ一段一段降りることしか出来ない。
昨日「ピキッ」と痛めた右足は、
天然温泉&サウナの効力を持ってしても、完治はしていなかった。
しかし、下り坂以外は何ら問題は無い。
逆に上り坂なら、ももの裏が伸ばされて楽なくらいだ。

四日目の序盤は、大きくキレイな道のりだった。
新しく出来たであろう、空へ続いているかのような上り坂を進む。
美しい景色は、心身共に力を与えてくれた。
それと同時に、僕の死に場所候補になった。

この旅で一番のお気に入りの写真だ。
本気で遺影にして欲しいと思っていた。
サングラスかけてるから却下されると思うけど…
僕が写真を撮るのは、この旅を忘れないためという理由と、
もしも死を選んだ時に、僕が見た景色を、僕が歩いた道のりを、
僕が生きていた証を、大切な人たちに見て欲しいと思っていたからだ。
僕が旅の途中で死んだら、家族は警察からの電話で僕の死を知ることになる。
何の理由も知らぬまま、僕の死を受け入れることになる。
「なんで?」
と理由が分からないのが、一番納得出来ないことだ。
だから、僕が何を見て、何を考え、その選択をしたのかが分かれば、
少しはその結果を受け入れやすくなると考えた。
写真が遺書の代わりだった。

写真を撮りながら思った。
僕は景色を撮っているんじゃない。
その時の感情を撮っているんだ。
写真家ってこういうことなんだなと思った。
誰かが生きた証を、自分が生きた証を残す。
その真実を写すのが、写真なんだ。
僕は、ポイントになる場所、美しい場所、
感情に変化が現れた場所の写真を撮り続けた。
子ども達よ…

しばらくすると、韮崎市に入った。
韮崎。
ラジオで聞いたことある。
景色は徐々に住宅地に変わっていった。
とある幼稚園の前を通り過ぎた。
20人ほどの園児たちが僕を見て、何やら賑やかになっていた。
「変な人がいるー!」
「山から来たのかなー?」
「山に行くんでしょ?」
「変な人ー!」
「ねぇ変な人ー!」
思ったままを口にする。
何て素直な子供たちだろう。
しかし、子ども達よ。
素直過ぎるのは、時として人を傷付けることもあるんだぞ。
覚えておくといい!
僕は素直な子ども達をフルシカトして幼稚園を通り過ぎた。


韮崎警察署を通り過ぎ、韮崎市役所で少し休憩させてもらうことにした。
冷水機最高!
冷たいお茶も温かいお茶もある。
もちろんトイレだってある。
韮崎市役所最高!
トイレは貴重だ。
少し栄えた大きな道なら、コンビニのトイレを借りることが出来る。
人の少ない田舎道なら、ちょちょっと影に隠れて用を足すことも出来る。
住宅地と言うのが、一番不便だ。
公共の施設と言うのは、スーパーアウェイの人間にも安心感を与える癒しのスポットだ。
観光ガイドなんかもあって、その土地の情報を知ることが出来るため、何気に便利で面白い。
15分くらい休憩させてもらい、再び歩き出した。
うつ病の特効薬…

どこまでも続く道。
両サイドが畑になり、山に囲まれたその道は、完全に田舎の風景だった。
ただ歩く。
どこまで行っても同じ風景を歩いていると、
「無」
になる。
車で長いこと高速道路を走っている時のように、
マックのポテトを食べ続けている時のように、
「無心」
の状態になる。
「無心」
何も考えないと言うのは、普段の生活ではなかなか難しい。
特に僕は、気が付かなくてもいいことまで気が付いてしまい、
常に人の顔色を伺い、
「相手はどう思っているだろうか?」
「どう思うだろうか?」
「この行動は正しいだろうか?」
と、考えなくてもいいことまでも常に頭の中を巡っていた。
僕はB型だ。
B型と言うと、自己中やワガママ、マイペースと、
あまり世間的に良いイメージを持たれていないことが多い。
未だにB型と言うだけで、明らかに嫌悪感を出す人もいる。
B型はそんなに自己中でワガママだろうか…?
会議など、複数の人と何かを決める時、
話し合いで解決することなど、ほぼ不可能だ。
誰か一人が意見をまとめ、決定をしないと、
いつまで経っても事は解決しない。
だから僕は、周りが思っていそうな事を自ら発言する。
ある人が思っていること、また違うある人が思っていること、
幾つかの意見を発言する。
ここで、何らかの同調や反論が生まれればいいのだが、
多くの場合、責任を逃れるためなのか、ただ興味が無いのか、自分の意見を言わない。
会議などで、明らかに何か思っているのに、発言をしない人は必ずいる。
「出る杭は打たれる」
こう言った風潮がそうさせているのだと思うが、
出る杭が無ければ、平坦なままの、何の代わり映えのしない結果しか生まれない。
なので僕は、周りの反応を見て、
最終的に「これにしよう!」
と提案する。
自ら出る杭になる。
誰かが意見をまとめるのは効率的ではあるが、
意見を出さない人たちにとって、全て一人で勝手に決めているという状況に映るらしい。
だから、いつも自己中やワガママ、マイペースと言われる。
だったら、意見の一つでも言ってみろ!
と言いたくなるが、そう言うと今度は、逆ギレかよ…
と言われ、さらに悪い印象になる。
だから、何も気にしていないようなバカのフリをする。
「出る杭は打たれる」
その出た杭が、自分より劣っていると思えれば、大抵の人は執着しない。
今、自分で言っていて物凄く性格が悪いと思うが、僕はそうやって生きてきた。
常に人の顔色を伺い、頭をフル回転させてきた。
しかし、そのせいで心が壊れた。
心が落ち着くように、精神安定剤を処方された。
勘違いしている人が多いが、
精神安定剤は、心が落ち着くための薬ではない。
不安感や絶望感を拭い去り、明るくなれる薬ではない。
脳の機能を低下させ、物事を考えさせられなくするものだ。
不安感や絶望感は元より、感情そのものを感じさせなくなるものなのだ。
だから常に頭がぼーっとする。
何のやる気も起きなくなる。
しかし薬が切れると、さらに強い不安感や絶望感に襲われる。
それどころか、薬が無いと生きていけないという、劣等感や罪悪感がプラスされる。
薬では、何も解決しない。
薬でうつ病は治らない。
「ただ歩く」
一つのことに集中し、無心になることが、
どんな薬よりも効果のある精神安定剤だった。
あわてないあわてないひとやすみひとやすみ
休憩は大切だ。
ザ・田舎と思えるようなバス停があった。

足の痛みが増してきた僕は、そこで少し休むことにした。
反対側の車線に、車が駐車出来る仮眠スペースがあった。


「あわてないあわてない」
「ひと休みひと休み」
こんな看板が立ててあった。
僕は仕事の繁忙期を思い出した。
僕の仕事は個人事業主の確定申告の代行だった。
年末から、3月いっぱいまでの間、
平日は毎日終電まで、土曜日出勤はもちろんのこと、日曜日も出勤して、
期限内で全ての顧客の確定申告の手続きを行う。
社内で営業成績がトップだった僕は、
2年目の初めて自分でやる繁忙期で、顧客数が400人を超え、
上司や先輩たちよりも、顧客数が多かった。
本来なら、初めての繁忙期は多くて200人くらいだが、
その倍以上の顧客数をこなさなければならなかった。
僕は常に焦っていた。
初めての繁忙期。
要領なんて分からない。
元々要領がいい訳でもないし、分からないことだらけだった。
だから、とりあえず人よりも多くのことをやるしかなかった。
そんな時、同じ課の先輩からよく言われた。
「あわてないあわてない」
「ひとやすみひとやすみ」
僕が時間に追われ、引きつった顔をしていると、
いつもそう言って声をかけてくれた。
その言葉を聞き、ふと我に返った。
それから忙しくなると、合言葉のように
「あわてないあわてない」
「ひとやすみひとやすみ」
と言うようになった。
当時は、そう言っていたものの、
やっぱり慌てないと仕事が終わらないため、毎日毎日一生懸命仕事をした。
実際、ひと休みなんて出来なかった。
その結果、体調を崩し、強制的にひと休みをすることになった。
バス停のイスに腰を掛けながら、思った。
僕は、十分休んだ。
休憩は終わりだ。
準備が出来たなら、前へ進もう。
一歩進めば、一歩ゴールに近付くんだから。
僕は、うつ病に甘えていた節がある。
うつ病の肩書きがあれば、無条件に会社を休める。
働いていなくても、
「うつ病なんだから仕方ない」
という理由をつけることが出来た。
家でほぼ寝たきりだった時は、本当に働くことが出来なかったが、
今はもう、毎日20km以上歩くことが出来ている。
人と話すことだって、人に道を聞くことだって出来ている。
僕はもう、十分休んだ。
あとは、前に進む勇気と自信を持つことだ。
せっかくもらった自由なこの時間。
これからの人生のために、
自分の人生のために、
自分自身のために、
価値のある時間にしよう。
新しい自分になる力に変えよう。
そう決めて、バス停を出発した。

何か答えが分かった気がした。
僕はこの旅で変わる。
一分一秒、すべてを力に変える。
そのために出来ること…。
ただ前へ進む。
一歩ずつでいい。
ほんの少しでもいい。
前へ進み続ける。
それだけで僕は変われる。
世界は変わるんだ。

終わらない4日目…
前へ進む。
前へ進み続ける。

すると、道路標識が現れた。
松本まで82km。
松本と言ったら、長野県だ。
僕は確実に前へ進んでいる。
確実に日本海へ近付いている。
嬉しかった。
地図でしか見たことのない地名に、
自分の足で辿り着こうとしていることに、感動した。
しかし、足の痛みが次第に強くなってくる。
「ピキッ」
また右足に激痛が走った。
こうなってしまったら、もう長くは歩けない。
しかし、この周辺に宿は無い。

段々と暗くもなってきた。
「今日は野宿だ。」
そう決めた。
人生で、初めての野宿。
危険なのか?
凍死するのか?
おまわりさんに捕まるのか?
不安はいっぱいだが、何事も経験。
やってみなくちゃ、答えは見つからない。
人生で一度くらい、野宿した経験があってもいいじゃないか!
野宿をする場所は、「道の駅はくしゅう」
日本の名水に選ばれている地らしい。
水があれば、何とか生き延びられる。
僕は白州に向かって歩いた。
やはり夜は冷える。
「ピキッ」
右足の次は、左足に激痛が走った。
もう信じられないくらい痛い。

拷問を受けているかのような痛みが、
歩いていても、止まっていても、常にまとわりつく。
靴一足分くらいの小さな歩幅で、なるべく足に衝撃を与えないようにして歩く。
普段ならなんてことのない、歩道の段差を上がることさえも一苦労だった。

やっと白州の標識が出てきた。
あと2km…。
たった2kmだが、今の僕には遥か遠くに感じるような距離だった。


あと1km…。
足の痛みはもう限界。
ここまでの1kmを20分以上かけて歩いた。
24時間TVで100kmマラソンがある。
最後のゴール付近のランナーを想像してみて欲しい。
今の僕はあんな感じだ。

24時間TVは感動を誘っているようで嫌いだったが、
そんだけ走ったら、感動して欲しいと思うくらいしんどいと思う。
ありゃ尋常じゃない。
何か強い意志が無いと絶対に成し遂げられない偉業だと思う。
あれはプロの偉業だよ。
死ぬほど痛いって、なかなか経験がないと思うが、本当に死ぬほど痛い。
しかし、あと少し先にゴールがあると思うと、
その痛みを我慢してでも、
「何としてでも辿り着きたい」という気持ちが湧いてくるのだから、
人間は不思議だ。

またさらに30分くらい時間をかけて、やっとの思いで道の駅はくしゅうに辿り着いた。

「やっと着いたー!」
時刻は18:55。
着いた途端に、今までの辛い気持ちが一気に吹っ飛ぶ。
きっとこの感情を達成感と言うのだろう。
ここに宿はない。
しかし、野宿をすることにさえ、
ワクワクしてしまうほど、達成感で満ち溢れていた。

道の駅には、湧き水があり、誰でも汲めるようになっていた。
隣には、スーパーがあり、一先ず食料を確保することにした。
店内に入ると、閉店を知らせる音楽が流れている。
19:30で閉店らしい。
ギリギリセーフだった。
あと15分着くのが遅れていたら、
僕は、宿無し+飯無しの一夜を過ごすところだった…。
やはり僕は持っている。笑
食料を買い、道の駅のベンチで食べた。

外は寒い。
湧き水が出ているせいか、めちゃくちゃ寒い。
早く寝袋に入りたかったが、まだ道の駅には人がいた。
人気が無くなるまで、外のベンチで黙って座っていた。
23:30。

なるべく人の目に着かないところに寝袋を敷き、四日目は終了。

いや、終了していない。
人生で初めての野宿だ。
全然終わってない。
おまわりさん来たらどうしよう…?
いきなり襲われたらどうしよう…?
荷物盗まれたらどうしよう…?
野犬に襲われたら…?
クマに襲われたら…?
オバケが出たら…?
僕は、結構なビビりだ。
そう、チキン野郎なのだ。
まぁ、何とかなるさ。
多分。
何か起きても、それが運命なんだ。
受け止めるしかない。

睡眠薬が効いてきた。
とりあえず、寝ることにしよう。
この野宿で、何とも地味でやっかいな代償を負うことになるのを、
この時まだ僕は知らない。
つづく…。
四日目の成果!!
【歩数】
39367歩
【消費カロリー】
1338.4kcal
【歩いた距離】
27.55km(歩数計調べ)
【歩いた時間】
9:30〜18:50



