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15/3/31

【第六話】『旅支度』〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜

Image by Olia Gozha

生きるヒントを探して…




彼女が出て行ってから、1ヶ月程の間、


僕は、様々なことを考えた。


様々なことを思い出した。


過去を思い出せば思い出すほど、


今の自分が、ちっぽけに思えて仕方なかった。




少し前までは当たり前に出来ていたことが、今は出来ない。


仕事も、人と会うことも、外へ出ることも、怖くて出来なかった。


少し前まで持っていたモノは、ほとんど失ってしまった。


お金も、大切な人も、友達も、家族も、みんな失ってしまったと思っていた。



お金は本当に無くなったが、友達だって、家族だって、本当は何も失っていない。


でも、こんなになった僕を、


「みんな厄介者だと思ってるんだ!」


「家族だって、うつ病になった僕を、恥ずかしいと思ってるんだ!」


と、自分で勝手に失ったと思い込んでいた。



みんなが敵に思えた…。



本当は、認めてもらいたくて仕方ないのに、

裏切られるのが怖くて、


「どうせ誰も認めてくれない…。」


と、自分から壁を作っていた。


そう思っていれば、もっと傷付かないで済むから…。


でもやっぱり認められたかった。


前のように輝いていた自分に戻りたかった。





僕は、うつ病のことを勉強した。


どんな病気なのか、どうやったら治るのかを調べまくった。


それから、自己啓発の本、サクセスストーリー、

癒しの本、心理学、スピリチュアル、小説、詩集、漫画…


ブックオフに行き、タイトルや表紙でピンと来たものを、

1度に5冊、買っては読み、買っては読んでいた。


おそらくこの1ヶ月ほどの期間で、今までに読んできた本数を超えたと思う。



何かの「答え」が欲しかった。


生きるヒントが欲しかった。



映画もたくさん観た。


TSUTAYAに行き、ブックオフと同様に、

5本借りては見て、借りては見てを繰り返した。



今でもそうだが、僕は何かに迷ったら、本や映画を観る。


一つの物語の中には、必ず終わりがある。


必ず何かの答えがある。


クライマックスに向かう途中でたくさんのヒントがある。


僕は、物語を楽しむと言うより、


「自分に通じるものは無いか?」

「自分に吸収出来るものは無いか?」


と必死で答えを、ヒントを、探した。



多くの作品に触れていく中で、

自分の好きなジャンルや、面白いと思うテーマに気付き始めた。


僕は、「ドキュメンタリー」「旅モノ」が好きだった。


思い返せば、旅番組や、ドキュメンタリー番組も以前からよく観ていた。


中でも一番好きなのは、

「アナザースカイ」


この頃から録画し始め、今でも毎週欠かさず観ている。



行ったことのない美しい景色を見るのが好きだった。


人生のドラマを観るのが好きだった。



そして、旅に出る…



僕は、昔から旅に出ることに憧れていた。


「いつか絶対旅に出る!」


と言っていたが、


結局、いつになっても、その「いつか」は来なかった。


お金、時間、仕事、家族、世間体を理由にして、実行することはなかった。



そして僕は思った。


「旅に出よう!」



時間はある。

お金も少しはある。

迷惑をかける人もいない。


「今しかない!」


と思った。




うつ病になって、会社も休み、彼女も出て行き、引きこもりの状態というのは、

考え方によっては、「最強の自由」だ!



「ずっとやってみたかったことを、やろう!」



死ぬ前に、やり残したことをやろう。

死ぬのはそれからでも遅くない。


どうせ死ぬなら、家なんかじゃなくて、美しい場所で死にたい。



「美しい場所へ行こう。」



「死に場所を探しに旅に出よう。」





そして僕は旅の計画を立てる。



「どこへ行こう?」


「どうやって行こう?」


「限界って何だ?」


「死に直面する時ってどんな時だ?」




僕が導き出した答えは…



「ひたすら歩く!」



だった。



体の限界が来た時が、弱い自分が出る時だ。


まずは、体を限界まで痛めつけなければならない。


そして、「もう無理だ…」という精神状態にもっていかなければならない。



ゴールが想像出来るような旅ではダメだ。


「頑張れば出来そう!」な旅ではダメだ。



今まで経験したことのない、想像を絶する旅にしなければ…。




僕は当時、神奈川県の横浜市に住んでいた。

相模湾まで車で1時間ほど、太平洋は何度も見たことがある。

でも、日本海は見たことがなかった。


「日本海に出よう!」


日本海というと、何だか物悲しいイメージがあった。


「自殺するなら日本海」


みたいなイメージがあった。


※あくまで、僕のイメージです…。


今の僕にピッタリな場所だと思った。



行き先は決まった。



『新潟県糸魚川市、日本海!』



次は、

「どういうルートで行くか?」だ。



手帳に付いていた日本地図を見た。

何のために付いているのかずっと疑問だったが、初めて役に立った。


地図を見ると、


ほとんど真っ直ぐな道があるではないか!



「国道20号線を真っ直ぐ行けば、日本海に着くのか!」



「道は繋がってるんだな!」



そう思ったのを覚えている。




この時の僕は本当にアホだった…。


確かに道は繋がっている。


でも、真っ直ぐな訳がない。

ずっと遠くから見れば、どんな曲がり角だって、ほとんど真っ直ぐに見える。


全くの無知だった…。



しかし僕は、自分の歩くルートを見て、少し感動していた。


山梨、長野を越えて、新潟、そして日本海まで、自分の足で見る景色が楽しみだった。



ネット調べによると、


人は、25㎞くらいが一日で歩ける限界らしい。


僕は定規を使って、何となく距離を測ってみた。


5㎝が7個。


「7日間で日本海に行ける!」


やはり僕はアホだった…。



Googlemapで調べれば、簡単に距離を出せるのに、定規を使って距離を測った。


前述したように、僕には道が真っ直ぐに見えている。


直線距離しか測っていない。


実際の距離は遥かに長いことに気付いていなかった…。




決行は、一週間後の10月14日。


自分の限界に挑戦する、相模湖駅から、日本海までの一人歩き旅。


不思議なもので、何も出来ない状態だったのに、

一つ目標が決まると、物凄い力が湧いてくる。

自分でも驚くほどの行動力を発揮した。


出発まで一週間、色んなお店に行き、必要だと思うものを揃え、

本や雑誌、ネットで、情報を集め、全力で準備をした。





「ちゃんとした地図を買おう!」


本屋に行って地図を見るが、種類があり過ぎて、どれを選んでいいのか分からない。


そしてアウトドアショップで、店員さんに聞いてみた。


「日本海まで歩き旅するんですけど、どんな地図がいいですか?」


店員さんは明らかに戸惑っていた…。



僕は、


アウトドア=旅


だと思っていた。


確かに、そういった部分はある。


しかし、普通の人は、キャンプをするなら車や電車でキャンプ場に行くし、

登山をするなら、車や電車で登山口まで行く。


その場所へ行くまでの道は、アウトドアでも何でもなく、ただの道なのだ。


店員さんも、キャンプのやり方や登山のやり方は詳しいが、

そこに辿り着くまでの道を歩くやり方は、知らなかった。



「歩いて日本海まで行くんですか…?」



驚いた感じではなく、呆れたような、見下したような感じで、



「こいつ、絶対にアホだ…」



という雰囲気MAXで聞いてきた。



「そうです!歩いて行きます!」

「道は繋がってますから!」



店員さんは、諦めたようにこう言った。



「歩き旅はよく分からないけど、

地図だったらツーリング用のものがいいんじゃないかな?」

「道の駅とかも載ってるし。」



「ありがとうございます!」



アウトドアショップの店員さんが言うなら間違いない。


僕はツーリング用の地図を買った。


しかしこの選択が、更なる自分のバカさ加減を思い知ることになるとは、まだ想像もしていない…。




それから僕は、旅に必要なものを揃えた。


まずはシューズ。


「歩くなら、絶対にニューバランス!」


そうネットに書いてあった。


アウトレットモールに行き、靴を探した。



僕はカタチから入るタイプだ。



カッコいい靴を見付けた。


「軽いし、歩きやすそうだし、そんなに高くないし、これで良いじゃん!」


と思った。


しかし、靴は歩く上で最も重要なアイテムだ。

陸上をやっていた僕は、靴の大切さをよく知っている。


知らないことは、知っている人に聞くのが一番早い。



「日本海まで歩くんですけど、どんな靴がいいですか?」



ここの店員さんは、親切に教えてくれた。



「長い距離を歩くなら、絶対に靴底が平らで繋がっているものがいいです!」


「ソールも柔らか過ぎちゃダメ。適度に硬いくらいが一番いいです。」


「日本海まで歩くなら、この靴ですね!」



一足の靴を勧められた。




「ダ、ダサい…。」



口には出さなかったが、

100%僕の好みではなかった…。


カタチから入る僕にとって、機能も大切だが、やっぱりカッコいい方がいい。


しかも、高い!


ダサいものに、お金を払うのは、物凄い抵抗がある。


ハッキリ言って、嫌だ!




「ちなみにこの靴じゃダメですか?」



気に入った、さっきのカッコいい靴を指差す。



「絶対にダメです!絶対に!」


「この靴は長く歩くようなものではありません。」


「言ってしまえば、お遊び用です。」


「歩けて10㎞くらいですよ。」


「それでもこっちが良いと思うなら、やってみたら良いと思いますが。」


「絶対に後悔しますよ。」



100%、いや、300%くらい否定された…。



「ま、まじか…。」



僕は迷った。



デザインを取るか…


機能を取るか…


安いのを選ぶか…


高いのを選ぶか…


カッコいいのを選ぶか…


ダサいのを選ぶか…



その場では決められなかったため、店員さんにお礼を言い、店を後にした。






僕は結局、ダサいのにした。


カッコを気にせず、万全の体制で、全力で挑みたかった。


ネットで、一番安いお店を探した。

ダサいのを買うからには、せめて少しでも安いのを…

そこだけは譲れなかった。


こうして、僕は歩き旅で一番大切な相棒を手に入れた。



それから、色んなものを揃えた。


少し前に富士山に登ったため、ザックやストック、ヘッドライト、雨具などは持っていた。


防寒着、携帯ガスコンロ、サーキュレーター、テーピング、食料…など、


自分なりに考えて、準備をした。


野宿もすると思って、彼女とキャンプするために買った、テントと寝袋も初めて使う時が来た。


自分の歩いた景色を、自分の歩いた軌跡を残すため、

写真を撮る三脚も買った。





もの凄い量になった…。



旅に必要なものは揃った。




しかし、旅に必要な心はまだ準備出来ていなかった。



「この旅で、僕は死ぬかもしれない…」



会っておかなければならない人がいる。


これで最後のケジメをつけよう。



最後のケジメ…



僕は、彼女のご両親に会いに行った。


彼女のご両親には、短い間だったが、お世話になったし、

最後の別れも言えていない。


ちゃんと自分の気持ちを話さなきゃダメだと思った。


正直言って、会うのは怖かったが、思い立ったら即行動!


何のアポも無しに、突然会いに行った。


ピンポーン


お義母さんが出た。


「まぁ、どうしたの?」


「お父さーん!」


その日は平日だったが、たまたまお義父さんも家にいた。


2人は、僕を家に入れてくれた。


そして、僕は自分の気持ちを伝えた。


こんな結果になってしまって、本当に申し訳ないということ。


心から感謝してるということ。


思っていたことを伝えた。



ご両親は、



「ひーくんは本当にいい子だから、本当に残念に思ってる。」


「でも、親としては、不安定な生活に娘を送り出す訳にはいかないんだ。」



ご両親の言うことは、ごもっともだ。


僕が親だったら、同じ決断をする。




彼女はお義父さんが大好きだった。


お義父さんは、僕の父親と違い、超アウトドア派で、

週末はバイクに乗り、仲間とツーリング、

キャンピングカーを借りて、家族と一緒にキャンプの旅をしたこともあった。

子どもが行きたいと言ったところに連れて行き、家族との時間を大切にしていた。


字も絵も上手だし、理論的で合理的、それでいてとても柔らかい雰囲気の人だった。


僕は生まれてこのかた、キャンプもしたこと無いし、

アウトドアの経験なんてBBQくらいなものだった。

父親はいつも仕事が忙しく、休みの日は接待のゴルフか、家で寝ていた。

たまにキャッチボールやゴルフの打ちっぱなしに連れて行ってもらったが、

キャンプなど、アウトドアをしたことは無かった。


僕は結婚したら、お義父さんにアウトドアのイロハを教えてもらいたかった。

キレイな場所に行って、お義父さんが絵を描いている間、僕は写真を撮って、

バイクの免許も取って、一緒にツーリングに行きたかった。



しかしそれが現実になることはもう無い。



「今日はケジメをつけに来たんです。」


「僕も前に進みます。」



ご両親が一番聞きたかったのは、そんな言葉じゃなくて、


「ちゃんと仕事をします!」


だったと思う。



でも、こんな状態では仕事なんて到底出来ない。




「僕は新しい道を進みます。」


「今まで本当にお世話になりました。」


「本当にありがとうございました。」



そう言って、最後のお別れをした。



ケジメはついた。


あとは、前に進むだけだ。




僕が今、やらなければならないのは、


仕事をすることでも、休むことでもない。


自分自身と真剣に向き合い、弱い自分と闘うことだ。









準備は整った。



さぁ、出発しよう!



自分の限界を探しに。


弱い自分に勝つために。





つづく…


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