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15/3/27

蛇の道は蛇、気晴らしが大事という話  職人パパが、娘と難関私立小受験に挑戦した話 第7話

Image by Olia Gozha

お受験での、洋服の話。

紺色のスーツのママに、紺色のベスト&半ズボンの男子、

または、

白ブラウスに紺色のジャンパースカートの女の子、

というのが、この世界の定番。


デパートの高級子ども服売り場には、

専用のコーナーもある。

幼児教室に通うときにも、

その服装に慣れておく、

という意味と、

この服装になったら、

「お勉強」の時間だ!とスィッチを入れるために、

着せるママも多い。


夏には、女の子は、水色のワンピース。

男子は、白のラルフローレンのポロシャツに、紺の半ズボン。

靴は、黒の革靴、もしくは、黒の運動靴。


服装で、受験の合否が決まるわけは、ない!

断じてない!と、幼児教室の先生も、先輩ママも言う。

うわさによれば、赤いTシャツに緑の半ズボンで、

あの慶應幼稚舎に合格したつわものが、いるとか、いないとか。


ところが、

そもそも、コンサバ(保守的)が好きなママが多いのと、

校風に合わせられる、ということをアピールする意味もこめて、

紺色で無難に、悪目立ちしたくない、というのも、親心。

安心なのは、ネイビーよね、という気持ちになる。


もちろん、我が家のあ~ちゃんも

ご他聞にもれず、ネイビーなジャンパースカートに、

襟元に小花の刺繍のあるブラウスや、ソックスで、

それらしい装いを心がけていた。


受験本番から、さかのぼること、半年。

やや、暑くなりかけた6月の初旬のこと。


お教室の先生から、知る人ぞ知る、看板のない

お受験服オーダーのアトリエが、紹介された。

もちろん、強制ではない。


しかし、やんわりではあるが、

「こちらの、お洋服で、不合格をいただいた方は、あまりいませんね。

やはり、既製品では、なかなか、そのお子さんの個性が光らないというか・・・」

という、お話なのだ。


「ご希望の方は、わたくしまで、お声をかけてくださいね。

ご紹介させていただきますので」


授業のあとに、ママたちが、殺到したのは、言うまでもない。

そして、わたしも、お願いいたしました、

値段も、どんなものかも、わからないままに。


しばらくすると、先生経由で、

アトリエのマダムのご都合に合わせたスケジュールが知らされ、

ママ&子どもは、そのアトリエにそれぞれ個別に、うかがうことになる。

お教室の先生の付き添い付きで。


いざ、アトリエへ。

高級住宅街の中の、まさに「邸宅」

もちろん、看板もないし、ここがお受験服のアトリエなんて、

まったくわからない。


お手伝いさんが重々しいデコラティブなドアを開けてくれた。

「こちらで、ございます」と通された部屋には、

50代半ばだろうか、ふくよかな、上品なマダムが、

メジャーを首にかけて、待っていてくれた。


部屋の周りには、こんなにもタータンチェックの種類って、あるのか?

と驚くほどの、グレイ系から、おなじみに赤系、緑&紺系、

それに、日本では、あまり見かけないタータンチェックもある。

木製の重厚な箱にカルテのような書類が、入っている。


幼児教室の先生が、マダムに、

あ~ちゃんの志望校はどこか?

どのようなことが得意な子か?などの説明をしている。


「わかりました。

それでは、○○小学校は、ブラウスに、ベストとキュロットスカート、

○○初等部は、お着替えがしやすい、脇下ファスナーのワンピースとカーディガン、

それに、○○の2次の親子面接用のジャンパースカート」が

必要となってまいりますね」


まだ、志望校の確定もできていない、新米・お受験ママのわたしは、

「はぁ~、そうですか」と、言うばかり。


そもそも、値段は、いくらなのかしら?

オーダーなんて・・・。

とドキドキしながらも、聞ける雰囲気ではなく。


「じゃあ、まずは、採寸をいたしましょう。

あ~ちゃん、こちらに、いらして!」

と、マダム。


「日に焼けて、ハツラツとした雰囲気で、

ほんと、○○初等部のお好みのタイプですね」


と、誉めていただき、

お好みのタイプ、ってあるんだなぁ、でも、それだけで合格ではないけど、

そう言われれば、悪い気はしなくて、

いやいや、これは、営業トークなのか?

そんなことは、しないかしら?と疑心暗鬼になってみたり。


紺色のベストなんて、どこにでもありそうだし、

ここで、わざわざ作っていただかなくても・・・

という気持ちが首をもたげてきたところ、

マダムが、まるで、見透かすかのように、


「紺色のベストというのも、編地の細かさ、このラインの入りかた、

襟ぐりと首のバランスなど、そのお子さんにぴったりのものは、ひとつなんですよ。

ここでは、ひとつひとつ、最適なものを編みますので、ご安心ください。

あ~ちゃんの場合、しっかりしたお顔立ちなので、

ラインはやや太めで、でも、編地はこのゲージで、品よく仕上げましょう。

そでの部分は少し出して、肩のここまでくるのが、ベストでしょう」


そこまで、ベストについて考えたこと、なかったなぁ・・・と

圧倒されていると、マダムは、さらに続けた。


「本日の採寸から、成長を計算して、

11月のお試験の時に、ぴったりになるように、

お仕立ていたします。

ですが、あくまで、計算ですので、

10月に、再度、採寸させていただき、

ご調整いたしますので、ご安心くださいね。」


なるほど。

確かに、5歳児の最長を著しく、半年もすれば、

見違えるように、ひとまわり大きくなっているはずだ。


「本日、このタイミングで、お作り始めさせていただくのは、

生地の割り振りを決める意味がござますの。

お試験の会場で、同じお洋服というのは、なかなか、気まずいものですからね。

こちらにある、300種あまりの生地から、

もっとも、個性が光るものを選ばせていただいて、

ジャンパースカート、ワンピースをお作りいたします。

どの学校でも、誰とも、同じにならないように、

お子様が、自信をもって着ていただき、
もっとも輝くように、心をこめて作らせていただきますからね」


なんだか、ありがたすぎて、

値段を聞くのが、ますます怖くなったのと同時に、


こんな風に、大人の知恵を集結して、「もっとも輝く」ように、

しかも「校風のお好みに見えるように」と

仕立てていく世界があるということに、圧倒されていた。


こうなったら、もう、後には、ひけない。


あ~ちゃんは、いろいろなサンプルを試着させていただき、

誉められるものだから、にこにこしながら、

どんどん着替えている。


紺色のベスト、キュロットスカート、

ワンピース、カーディガンは、先生とマダムの提示してくださるデザインや素材に、

まったく異論がなく、スムーズに決まっていった。


最後、本命校の2次試験の親子面接用のジャンパースカートの生地を決めることに。

1次試験を通過しないと、2次試験はないのだから、

もしかしたら・・・作ったところで、袖を通さない可能性もあるものだが、

という不吉な考えは、振り払い、


逆をいえば、これこそ、本丸! というか、大勝負の衣装なわけで・・・。

力を入れなければ・・・とも思うと、無意識にこぶしを握っていた。


マダムは、見たことのない、チャコールグレイと黄色と白が基調となった、

タータンチェックと、チャコールグレイの無地を組み合わせた、

ジャンパースカートを、手にしながら、

「これまで、このジャンパースカートは、なかなかお似合いになるお子さんに

めぐり遭えなかったなかったけれど、


あ~ちゃんには、とても、いいと思うんだけど、どうかしら?」

先生も、「そうですね。めずらしい色あわせですけど、とても素敵。

おかあさま、いかがですか?」


えええええ?!


そういう色あわせって、ちょっと野暮ったいっていうか、

ふつうに緑と紺色のタータン、グレイと紺色のタータンのほうが、

スマートに見えるような気がするんですが・・・・。


ちなみに、よく見かける緑と紺色のタータンは、

ブラックウォッチ、と呼ぶとか。

タータンチェック発祥の地、

スコットランドのくロイヤル・スコットランド連隊兵士制服のキルトだそう。


しかし、親は色めがねをかけてしまっているから、

客観的な意見に従ったほうが、いい?!


すぐに、色よい返事をしないでいると、

「おかあさまは、あまり、気がすすまないようですね。

では、こちらは、どうかしら?」


と、まさに、わたしが「こんな感じだろう」と

考えていたグレイと紺色のタータンのを出してきてくださった。

「そうですね。そちらのほうが、いいような」と微笑みながら返す。


先生とマダムは、2着をあ~ちゃんにあてながら、

意見を戦わせている様子。


しばしの議論後の結論は、

「おかあさま、やっぱり、こちらのほうが、あ~ちゃんの魅力がはっきりと出ます!」と。

つまり、チャコールグレイと黄色と白の勝ち、というわけ。


長年、お受験の指導してきているプロと、

多くの子どもの本番の服を縫ってきたプロの意見に、従わないで、

結局、不合格だったら、後悔はしないか?! 自分!!!と自問自答。


まだまだ、その生地に対してのモヤモヤは、残るものの、

「えいやっ!」と、決断。

「はい。こちらで、お願いいたします。」


もう、オーダー服のお仕立て代金も、

そのタータンチェックで、よいのか、悪いのかも、

なにもかも、自分で決断しなくちゃ、腹をくくらなければ、始まらない。

やるしかない!


合格の可能性の割合を1%でも、親のできることで上げられるなら、上げたい。

やれることは、良いと思える選択をしよう。

やるだけやって、ダメなら仕方ない。


何をしたわけでもないのに、

ぐったりと疲れて帰宅。

パパに、お仕立てのアトリエでの話をすると、ひと言。

「プロに任せられる機会をいただいたのなら、

信じて、任せろ。」


そうだけど、

変わった柄なんだよ・・・と、

まだ、モヤモヤが消えなかった。


気晴らしに、「英国王のスピーチ」という映画を観た。

ウィキペディアの作品紹介によれば、

「吃音に悩まされたイギリス王ジョージ6世と

その治療にあたった植民地出身の平民である言語療法士の

友情を史実を基に描いた作品」とある。


親子面接の試験に備えて、

しっかり話せるようにするヒントが得られるかも?!という下心もあった。

評判のよい映画は、満席で、

内容も、深い感動をもたらしてくれるものだった。





そして、映画の終盤、

英国王が、妻や娘たちと、普段着でくつろぐシーンが出てくる。

なんと、その娘二人たちがおそろいで着ていたジャンパースカートが、

まさに、わたしがモヤモヤと悩んでいる、あのタータンチェックなのだ!




鳥肌がたった。




涙があふれた。
知らせてくれたんだなって、思った。
これで、いいんだよ、って。




そして、受験本番。

1次試験を無事通過し、天王山の2次試験、親子面接の日。


そのタータンチェックのあ~ちゃんは、

たくさんの、小さな受験生のなかで、

「黄色」で、目立っていたけれど、

品よく、ハツラツとした元気さが、際立っているように感じた。


わたしがひとりで選んでいたら、

決して、選ばないジャンパースカートは、

先生やマダムが、おっしゃったような効果を発揮した。


そして、2次試験、親子面接会場の扉を開けた。

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