お受験での、洋服の話。
紺色のスーツのママに、紺色のベスト&半ズボンの男子、
または、
白ブラウスに紺色のジャンパースカートの女の子、
というのが、この世界の定番。
デパートの高級子ども服売り場には、
専用のコーナーもある。
幼児教室に通うときにも、
その服装に慣れておく、
という意味と、
この服装になったら、
「お勉強」の時間だ!とスィッチを入れるために、
着せるママも多い。
夏には、女の子は、水色のワンピース。
男子は、白のラルフローレンのポロシャツに、紺の半ズボン。
靴は、黒の革靴、もしくは、黒の運動靴。
服装で、受験の合否が決まるわけは、ない!
断じてない!と、幼児教室の先生も、先輩ママも言う。
うわさによれば、赤いTシャツに緑の半ズボンで、
あの慶應幼稚舎に合格したつわものが、いるとか、いないとか。
ところが、
そもそも、コンサバ(保守的)が好きなママが多いのと、
校風に合わせられる、ということをアピールする意味もこめて、
紺色で無難に、悪目立ちしたくない、というのも、親心。
安心なのは、ネイビーよね、という気持ちになる。
もちろん、我が家のあ~ちゃんも
ご他聞にもれず、ネイビーなジャンパースカートに、
襟元に小花の刺繍のあるブラウスや、ソックスで、
それらしい装いを心がけていた。
受験本番から、さかのぼること、半年。
やや、暑くなりかけた6月の初旬のこと。
お教室の先生から、知る人ぞ知る、看板のない
お受験服オーダーのアトリエが、紹介された。
もちろん、強制ではない。
しかし、やんわりではあるが、
「こちらの、お洋服で、不合格をいただいた方は、あまりいませんね。
やはり、既製品では、なかなか、そのお子さんの個性が光らないというか・・・」
という、お話なのだ。
「ご希望の方は、わたくしまで、お声をかけてくださいね。
ご紹介させていただきますので」
授業のあとに、ママたちが、殺到したのは、言うまでもない。
そして、わたしも、お願いいたしました、
値段も、どんなものかも、わからないままに。
しばらくすると、先生経由で、
アトリエのマダムのご都合に合わせたスケジュールが知らされ、
ママ&子どもは、そのアトリエにそれぞれ個別に、うかがうことになる。
お教室の先生の付き添い付きで。
いざ、アトリエへ。
高級住宅街の中の、まさに「邸宅」。
もちろん、看板もないし、ここがお受験服のアトリエなんて、
まったくわからない。
お手伝いさんが重々しいデコラティブなドアを開けてくれた。
「こちらで、ございます」と通された部屋には、
50代半ばだろうか、ふくよかな、上品なマダムが、
メジャーを首にかけて、待っていてくれた。
部屋の周りには、こんなにもタータンチェックの種類って、あるのか?
と驚くほどの、グレイ系から、おなじみに赤系、緑&紺系、
それに、日本では、あまり見かけないタータンチェックもある。
木製の重厚な箱にカルテのような書類が、入っている。
幼児教室の先生が、マダムに、
あ~ちゃんの志望校はどこか?
どのようなことが得意な子か?などの説明をしている。
「わかりました。
それでは、○○小学校は、ブラウスに、ベストとキュロットスカート、
○○初等部は、お着替えがしやすい、脇下ファスナーのワンピースとカーディガン、
それに、○○の2次の親子面接用のジャンパースカート」が
必要となってまいりますね」
まだ、志望校の確定もできていない、新米・お受験ママのわたしは、
「はぁ~、そうですか」と、言うばかり。
そもそも、値段は、いくらなのかしら?
オーダーなんて・・・。
とドキドキしながらも、聞ける雰囲気ではなく。
「じゃあ、まずは、採寸をいたしましょう。
あ~ちゃん、こちらに、いらして!」
と、マダム。
「日に焼けて、ハツラツとした雰囲気で、
ほんと、○○初等部のお好みのタイプですね」
と、誉めていただき、
お好みのタイプ、ってあるんだなぁ、でも、それだけで合格ではないけど、
そう言われれば、悪い気はしなくて、
いやいや、これは、営業トークなのか?
そんなことは、しないかしら?と疑心暗鬼になってみたり。
紺色のベストなんて、どこにでもありそうだし、
ここで、わざわざ作っていただかなくても・・・
という気持ちが首をもたげてきたところ、
マダムが、まるで、見透かすかのように、
「紺色のベストというのも、編地の細かさ、このラインの入りかた、
襟ぐりと首のバランスなど、そのお子さんにぴったりのものは、ひとつなんですよ。
ここでは、ひとつひとつ、最適なものを編みますので、ご安心ください。
あ~ちゃんの場合、しっかりしたお顔立ちなので、
ラインはやや太めで、でも、編地はこのゲージで、品よく仕上げましょう。
そでの部分は少し出して、肩のここまでくるのが、ベストでしょう」
そこまで、ベストについて考えたこと、なかったなぁ・・・と
圧倒されていると、マダムは、さらに続けた。
「本日の採寸から、成長を計算して、
11月のお試験の時に、ぴったりになるように、
お仕立ていたします。
ですが、あくまで、計算ですので、
10月に、再度、採寸させていただき、
ご調整いたしますので、ご安心くださいね。」
なるほど。
確かに、5歳児の最長を著しく、半年もすれば、
見違えるように、ひとまわり大きくなっているはずだ。
「本日、このタイミングで、お作り始めさせていただくのは、
生地の割り振りを決める意味がござますの。
お試験の会場で、同じお洋服というのは、なかなか、気まずいものですからね。
こちらにある、300種あまりの生地から、
もっとも、個性が光るものを選ばせていただいて、
ジャンパースカート、ワンピースをお作りいたします。
どの学校でも、誰とも、同じにならないように、
お子様が、自信をもって着ていただき、
もっとも輝くように、心をこめて作らせていただきますからね」
なんだか、ありがたすぎて、
値段を聞くのが、ますます怖くなったのと同時に、
こんな風に、大人の知恵を集結して、「もっとも輝く」ように、
しかも「校風のお好みに見えるように」と
仕立てていく世界があるということに、圧倒されていた。
こうなったら、もう、後には、ひけない。
あ~ちゃんは、いろいろなサンプルを試着させていただき、
誉められるものだから、にこにこしながら、
どんどん着替えている。
紺色のベスト、キュロットスカート、
ワンピース、カーディガンは、先生とマダムの提示してくださるデザインや素材に、
まったく異論がなく、スムーズに決まっていった。
最後、本命校の2次試験の親子面接用のジャンパースカートの生地を決めることに。
1次試験を通過しないと、2次試験はないのだから、
もしかしたら・・・作ったところで、袖を通さない可能性もあるものだが、
という不吉な考えは、振り払い、
逆をいえば、これこそ、本丸! というか、大勝負の衣装なわけで・・・。
力を入れなければ・・・とも思うと、無意識にこぶしを握っていた。
マダムは、見たことのない、チャコールグレイと黄色と白が基調となった、
タータンチェックと、チャコールグレイの無地を組み合わせた、
ジャンパースカートを、手にしながら、
「これまで、このジャンパースカートは、なかなかお似合いになるお子さんに
めぐり遭えなかったなかったけれど、
あ~ちゃんには、とても、いいと思うんだけど、どうかしら?」
先生も、「そうですね。めずらしい色あわせですけど、とても素敵。
おかあさま、いかがですか?」
えええええ?!
そういう色あわせって、ちょっと野暮ったいっていうか、
ふつうに緑と紺色のタータン、グレイと紺色のタータンのほうが、
スマートに見えるような気がするんですが・・・・。
ちなみに、よく見かける緑と紺色のタータンは、
ブラックウォッチ、と呼ぶとか。
タータンチェック発祥の地、
スコットランドのくロイヤル・スコットランド連隊兵士制服のキルトだそう。
しかし、親は色めがねをかけてしまっているから、
客観的な意見に従ったほうが、いい?!
すぐに、色よい返事をしないでいると、
「おかあさまは、あまり、気がすすまないようですね。
では、こちらは、どうかしら?」
と、まさに、わたしが「こんな感じだろう」と
考えていたグレイと紺色のタータンのを出してきてくださった。
「そうですね。そちらのほうが、いいような」と微笑みながら返す。
先生とマダムは、2着をあ~ちゃんにあてながら、
意見を戦わせている様子。
しばしの議論後の結論は、
「おかあさま、やっぱり、こちらのほうが、あ~ちゃんの魅力がはっきりと出ます!」と。
つまり、チャコールグレイと黄色と白の勝ち、というわけ。
長年、お受験の指導してきているプロと、
多くの子どもの本番の服を縫ってきたプロの意見に、従わないで、
結局、不合格だったら、後悔はしないか?! 自分!!!と自問自答。
まだまだ、その生地に対してのモヤモヤは、残るものの、
「えいやっ!」と、決断。
「はい。こちらで、お願いいたします。」
もう、オーダー服のお仕立て代金も、
そのタータンチェックで、よいのか、悪いのかも、
なにもかも、自分で決断しなくちゃ、腹をくくらなければ、始まらない。
やるしかない!
合格の可能性の割合を1%でも、親のできることで上げられるなら、上げたい。
やれることは、良いと思える選択をしよう。
やるだけやって、ダメなら仕方ない。
何をしたわけでもないのに、
ぐったりと疲れて帰宅。
パパに、お仕立てのアトリエでの話をすると、ひと言。
「プロに任せられる機会をいただいたのなら、
信じて、任せろ。」
そうだけど、
変わった柄なんだよ・・・と、
まだ、モヤモヤが消えなかった。
気晴らしに、「英国王のスピーチ」という映画を観た。
ウィキペディアの作品紹介によれば、
「吃音に悩まされたイギリス王ジョージ6世と
その治療にあたった植民地出身の平民である言語療法士の
友情を史実を基に描いた作品」とある。
親子面接の試験に備えて、
しっかり話せるようにするヒントが得られるかも?!という下心もあった。
評判のよい映画は、満席で、
内容も、深い感動をもたらしてくれるものだった。

そして、映画の終盤、
英国王が、妻や娘たちと、普段着でくつろぐシーンが出てくる。
なんと、その娘二人たちがおそろいで着ていたジャンパースカートが、
まさに、わたしがモヤモヤと悩んでいる、あのタータンチェックなのだ!
鳥肌がたった。
涙があふれた。
知らせてくれたんだなって、思った。
これで、いいんだよ、って。
そして、受験本番。
1次試験を無事通過し、天王山の2次試験、親子面接の日。
そのタータンチェックのあ~ちゃんは、
たくさんの、小さな受験生のなかで、
「黄色」で、目立っていたけれど、
品よく、ハツラツとした元気さが、際立っているように感じた。
わたしがひとりで選んでいたら、
決して、選ばないジャンパースカートは、
先生やマダムが、おっしゃったような効果を発揮した。

