「お受験」の運動能力を測る、基本項目に「くま歩き」
と呼ばれるものがある。
文字通り、くまのように、四足で歩くもの。
だけど、「ハイハイ」では、ない。
ひざをつくのではなく、足で歩く。
なので、やや、前のめりの体勢になる。
この、なかなか普段しない「くま歩き」。
これが、「お受験」の世界では、とても重要視されているらしい。

ある日の教室。
体操の時間。
いつもなら、
「スタートの場所で、ボールのドリブルを10回続けましょう。
それから、ボールを持って、ケンケンで、赤いコーンを右からまわって、
帰り道は、スキップでもどりましょう。」
というような指示を聞いて、
それを、ひとりづつ行う、サーキットトレーニングが多いのだが、
この日は、ちがった。
「この白い線にそって、横に並んでください。」
の声とともに、子どもたち10人くらいが、並ぶ。
補助の先生が、「間隔を開けましょうね」と
やさしく声をかけながら、1メートルくらいづつの間隔をとる。
「それでは、これから、くま歩きの競争をしますよ!
くま歩きは、こういう風に、足と手で、歩きます。
競争なので、できるだけ、速く、進んでいけるように
がんばってくださいね」
補助の先生は、「くま歩き」をやってみせる。
教室の後ろで、見ているママたちは、
「やったことある?」
「うちは、お兄ちゃんのときに、さんざんやったらから、
あの子も見ていて、いっしょにやっていたから、できると思うわ」
「そうなんだ。やったことないけど、まあ、だいじょうぶかしらね」
なんて、小さな声で、話している。
「それでは、よ~い、ドン!」
子どもたちは、一斉にスタート。
上手な子は、「歩く」というよりも、「走る」ように進む。
勢いあまって、顔から床につんのめる子もいる。
ちょっと不器用な子は、床ばかり見ている、曲がって進んでいることに気がつかず、
お隣の子に突進してぶつかり、泣いてしまったり。
あまり、やったことのない子は、前に進めず、
途中で、座り込んで、まわりをキョロキョロ。
ストップウォッチを見ながら先生が、やや曇った表情で話し始めた。
「くま歩きは、小学校受験での、
運動能力をみる基本です。
くま歩きが速い子は、
全身の筋力もバランスよく発達していて、
その動きもよいのです。
脳の管理統制能力を育てる、とも言われています。
そのため、小学校入学後の体育の時間にも、動きよく、学習ができると
言われています。
これは、練習をすれば、かなり速くなりますので、
ぜひ、おうちで、練習なさってください。
今回の、1等賞の○○君でも、25秒でした。
昨年、筑波に合格の男の子は、16秒でした。
慶應幼稚舎、早稲田実業合格の女の子は、14秒です。
まだまだ、練習の余地がありますので、
そのつもりで、毎日少しでも、
練習させてあげてください。」
後ろで見学中のママたちが
一斉に、「筑波男子、16秒」
「慶應幼稚舎、早稲田実業女子、14秒」と
メモをとる。
我が家のあ~ちゃんは、といえば、いちおうゴールまでは行ったが、
「合格!」のラインには、まだまだだ。
10秒以上、タイムを縮めなければならない。
その日の夕食で、「くま歩き」の話をパパにすると、
「明日から、毎朝、ろうかを、くま歩きで競争だ」と、はりきった。
翌朝から、ドタドタと、親子ぐまが歩く日々が始まった。
バランスがよいのか、パパは、顔からどさっと転ぶことが、
日に2度くらいあるが、あ~ちゃんは、転ぶことはない。
ただ、圧倒的に、体が大きく、勢いがあるので、
パパが勝つ。
大人げないくらいに、勝って喜ぶ。
寒い朝は、手も足も赤くなる。
暑い朝は、汗で手や足がすべる。
あ~ちゃんは、負けてムッとしながらも、
明日こそ!と、パパと競争を止めなかった。
受験本番まで、残すところ1週間。
とうとう、あ~ちゃんは、僅差で、パパに勝った。
喜びで、ぴょんぴょんと跳びはねるあ~ちゃんを
「よかったね~」と拍手しながら称えていたら、
隣で、
親ぐまは、四つんばいのまま、動かない。
「パパ~。負けたからって、泣いちゃ、ダメなんだよぉ」と、あ~ちゃん。
「ばか、ちがうんだ。うれしいんだよ」とパパ。
「負けたのに、うれしいの~?
・・・あ、わたしが速くなったのが、うれしいの?」
その後、教室での「くま歩き」競争で、
あ~ちゃんは、ぶっちぎりで1等賞をゲット。
「13秒! すごいわ。くま歩きは、合格ですよ」と先生。
教室からの帰り道、
あ~ちゃんは、「パパが、合格なんだよね~」と、ひと言。
「何かに情熱を注ぐこと自体が目的。
結果は、おまけみたいなもんだ」
というのが
15歳で中学を卒業、その道の師匠に弟子入り、
自分の腕一本で生きてきた、職人パパの口癖。
しかし、受験というのは、
結果こそが、すべての世界。
どんなに頑張ったとしても、運が悪く結果が出なかったら、
その努力に対して、肯定的になりにくいはず。
努力は、身についているものでは、あるけれど。
「ダメだったら」というネガティブな不安な気持ちを
つぶしていくには、圧倒的な努力しかないけれど、
受験する、小さな子どもには、そんな自覚もあるわけではない。
楽しい競争を、本人が楽しめるような状態につくっていくしかなくて、
それは、日々の「くま歩き競争@ろうか」という、地道な努力しかない。
本番前ということで、
いろんなことが、できるようになって喜んだり、
まだできないことに悩んだり、
一喜一憂の乱気流の中を飛んでいるような日々だった。