講師が用意していたのは,『きらきらぼし』の楽譜だった。小学校2年生からクラリネットの演奏に親しんできた私は,途端に元気を取り戻した。現金なものだ。
私はリコーダーを選択し,譜読みをし,練習をした。1時間目にはとても優秀に見えた周囲の教師たちだったが,2時間目には私と同じ存在と思えた。その実は違ったのだが,1時間目とのギャップに興奮していた私は,彼らの凄さを完全に見落としていたのだ。
30分ほど経ったろうか。合奏は突然始まった。余裕で演奏する私だったが,周囲の音を聴いて愕然とした。うまい,うますぎる。私は楽譜通り演奏していただけだったが,周囲の先生方は,熟達者の纏う雰囲気を私に向けて放射するかのような演奏をした。たった一音でも違う,そんな実力差は,今まで感じたことがなかった。後で分かったのだが,周囲の先生方は少年団の指導者として,日々音楽教育に身も心も捧げた存在だったのだ。
呆然とする私は,講師の発言に総毛立った。
「それではグループごとに発表してもらいましょう。」
ということは,私はこれから,周囲にいる優秀な先生方とコラボしなければならないわけだ。グループごとということだから,だれがどんな演奏をしたかは全部バレてしまうのだ。
それから後は地獄だった。私は顔から火の出るような思いをしながら,なんとかグループ発表を終えた。そこで2時間目は終了。昼食休憩の時間になった。
打ちひしがれた私が,妻の作ってくれた弁当を開いて昼食を食べ始めると,先ほど同じグループになった先生方が数名,話しかけてくれた。年齢は同じくらいだが,教師としては私の先輩になる人達だ。
「さっきは楽しかったね。」
「は,はい。ありがとうございました。ご迷惑だったでしょうが…」
「いや,そんなことないよ。先生は講習会初めてでしょ?」
「はい,そうです。なかなか状況が飲み込めなくて。」
「最初は皆そうだよ。だいたい,先輩から強引に誘われるんだよな。」
「そうそう,「この間パート練習手伝ってやっただろ,研修センターに来い」ってね。」
「え? みなさんお知り合いなんですか?」
「そうだよ。みんな,吹奏楽部か金管バンドの指導者だよ。学校は違うけど。」
「でさ,大学では同じ吹奏楽部にいたから,昔からの知り合いなわけ。」
なんということだ。私以外は皆知り合い,しかも日々少年団の始動で鍛えられている。これは太刀打ちできるわけがないと思った。
私が反応に苦慮していると,一人の教師が午後の内容を教えてくれた。
「午後はアレンジだね。いろんなきらきらぼしが生まれるよ。難しいけどね。」
私はこれから始まる時間がどういうものになっていくのか,全身が緊張するのを感じた。
(つづく)