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人生の醍醐味 312 キング牧師13

Image by Olia Gozha

キング牧師  (13)


「集会が終了し、車に乗った時、僕の心は満足感に満たされていた。  今までの人生で、これほど民衆が自分達の自由を熱烈に希求するのを見た事がなかった。」


「それと同時に、その熱心さは驚くほど注意深く制御されている事を悟った。」


「目的意識が一致したことと、参加者達のきちんと抑制された態度に感動を覚えた。」  


「この会合に関して、当然、現場に居ることの出来なかった未来の歴史家達は、十分に全てを記述する事は難しいだろう。」


「また、未来の社会学者は、この一連の出来事に関しての適切な解釈をする事は困難であろう。」


「根本的に物事を理解するには、実際その場にいて経験する事も重要である。」


「1955年12月5日は終わりうとしていた。  その日に実際何が起こったかを十分理解しないまま、人々は家路についた。」 


「勝利はすでに我らのものだ、と僕は思わず呟いた。」 


「バスの運転手は黒人を含め、全ての乗客を丁重に扱う事、人種に関係なくバスに乗ってきた順番にバスの席に座る事、黒人住区をまわるバスの運転手を出来るだけ黒人運転手にする事と言った、あの3原則を実際に獲得するために、これからどの位時間がかかるにせよ、ただのバス乗車問題以上の重要案件をはらむ活動である事に気がついた。」


「本当の勝利は、黒人市民の大集会が平和に履行された事だ。 何千人もの黒人達が、自尊心を持ち威厳を持って、自分達の運命を切り開くため立ち上がった事だった。」


「その日の夜から、我々一地方の抗議運動が、全米に飛び火したのだ。 しかも、この抗議活動は世界中に広がる勢いを示した。」


「権力者や抑圧者に対して、今まで抑圧に耐えてきた人々が立ち上がったのだ。 あの夜は、モントゴメリーにとって、歴史に残る重要な日であった。」


1955年


「月曜日の興奮が徐々に静まり、 足が宙に浮いたような気持ちから、元の日常的気持ちが帰ってきた。」  


「組織の長である関係で、冷静に幾つかの項目に関して決定を迫られていた。  この抗議運動は、もはや緻密な計画をしない限り、継続は難しかった。」  


「今回の抗議運動の初めからラルフ アバナッティは一番身近な同胞で、一番信頼のおける友人だった。」


「しばしば、我らは一緒に祈り、一緒に重要な案件を話し合って決定した。」


「ユーモアのある彼の性格のお陰で、深刻な問題解決に関しても、難なく解決方法を模索でき、逼迫した雰囲気が生まれても、何とか乗り越えることができた。」


「他の用件で、僕が外出しても、信頼できるラルフがいて、彼は責任を持って、必要に応じて事にあたってくれることを確信できた。」


「抗議運動の初期は、我々は通勤通学その他の交通手段をどうすべきかで頭が一杯であった。」


「その問題解決のために、 思いがけない解決方法を見つけ出したり、とても創造的考え方を十分取り入れた。」


「最初の数日間は、ニグロが経営するタクシー会社に寄りかかってしまっていた。 そして、当時のバス料金であった10セントで客を乗せるよう要望した。」


「市のバス審議会と談判をしている途中で、審議員の一人が言った。 法律によると、タクシー会社は距離により乗車料金は規定されていると発言した。」


「その審議員はその法律を盾に、タクシーを今回の抗議運動に使わせないようにするつもりだと、同席していた僕は気づいた。」




幾多の困難が前面に立ちはだかっていたが、自分達の正当性の信念をもとに、朋友と共に協力して事に当たって、問題解決に邁進したのがキング牧師だ。 


民主主義の根本は、他者からただ受身的に受け取るものではなく、社会の悪に気づけば、それを取り除くため自分からも全力を尽くして戦って勝ち取ってゆくものなのだ。 


振り返って、自分はと問うと残念ながら私は積極的に社会の悪を軽減する努力を怠ってきたと認めざるを得ない。



参考文献


自伝 マーティン ルター キング、Jr.

編集者 クレイボーン カーソン








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