15/2/11
第11話 人生を変えた旅ペルーⅡ【少し不思議な力を持った双子の姉妹が、600ドルとアメリカまでの片道切符だけを持って、"人生をかけた実験の旅"に出たおはなし】


前回の話→第10話 人生を変えた旅ペルーⅠ
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第4章 リョニーさんとの日々
朝、目が覚める。

窓のブラインドから朝日が差し込んでいた。
いつもと違う部屋の空気、
布団の匂い。
ーあれ?ここどこだ?
一瞬どこにいるのか分からなかった。ぐるりと部屋を見渡す。
ーそうだ、ペルーだ。私は今ペルーにいるんだ。
だんだんと意識がハッキリしてくる。
昨夜リョニーさんの家へ到着すると、彼は私のために一部屋用意してくれていた。
十畳はあるだろう広いシンプルな部屋に、机とベッド。
ベッドの周りには本がびっしり入った本棚があった。
ドアの横には、大きな絵が飾ってある。
油絵だろうか?面白いテクスチャーをしていた。
宇宙のような場所に、太陽と月があって人が踊っている。
なんだか不思議で懐かしい気持ちにさせる絵だった。
シンプルなこの部屋が私はとても気に入った。
そのまま朝食の匂いに誘われて、一階のリビングへと降りて行く。
リョニーさんの家は、すごい豪邸だった。
日本の自分の実家の3倍はあるだろう。
広い庭と、いくつも部屋がある。
お手伝いのおばさんもいた。
大きな窓からはたっぷり光が入り、昼間は部屋中が明るく、心地いい音楽がかかっていた
そしてリビングや階段、あらゆる部屋に絵や彫刻が飾ってある。
リョニーさん「おはよう。マホさん、昨夜はよく眠れましたか?」
リョニーさんは先に食卓に座っていた。
机の上には、パンとサラダ、フレッシュジュースが載っている。
私もイスに座った。
まほ「はい。ぐっすり寝ました!」
リョニーさん「ははは。それはよかった。」
リョニーさんが、サラダをお皿に取り分けてくれる。
リョニーさん「ところで、new yearは何か用事がありますか?」
ーニューイヤー?
少し考えてしまった。そうかもうすぐお正月か。
日本を出たのは12月27日。
長い飛行機と時差で、
もう今日は29日になっていた。
お正月のことなんて全く考えてなかった。
ペルーに友人なんていない。
それにお正月なんて大切な行事に行く場所なんてあるのだろうか?
困惑している私を見て、リョニーさんは笑顔で言った。
リョニーさん「もしよかったら、私の家族と過ごしませんか?お正月は親戚も合わせて別荘に行きます。」
リョニーさん「もしmahoさんがよければ、ですが。キレイな場所ですよ。」
まほ「え!いいんですか?!はい!是非行きたいです!」
リョニーさんは嬉しそうに笑っている。
リョニーさん「あなたの家だと思って、ゆっくりしてください。私はちょうど休暇中で時間があります。よかったらリマも案内しますよ。」
その暖かい言葉がとても嬉しかった。
初めて会ったはずのリョニーさんとの間には、
ゆったりとした懐かしい空気が流れていた。
そうしてリョニーさんと過ごす
数日間が始まったのだった。
第五章 リョニーさんから学んだこと
リョニーさんは、ペルーのアーティストだった。

舞台の空間から、絵や書道、彫刻、アートプロジェクト、様々な仕事をしていた。
東京の代官山にも彼の作品があるらしい。
私の部屋にあった絵も、リョニーさんの描いたものだった。
ちょうど長い休暇中だったリョニーさんは、
博物館や海やスーパー、彼のアトリエなど、色んなところを案内してくれた。
どこも面白くワクワクしたけれど、リョニーさんと話す時間が、なによりの楽しみだった。
彼は経済的に成功しているだけでなく、
心やその生き方から「豊かさ」が溢れていた。
こんな人初めてだ。
リョニーさん「私の両親は医者でした。私も医者になるか悩みましたが “ライフスタイル” で決めました。だから私は医者になるのをやめました。」
まほ「え? “ライフスタイル” ですか?」
それはリョニーさんと車に乗っているときの会話だった。
驚いて聞き直してしまう。
医者になることを、ライフスタイルで辞めてしまうなんて聞いたことがない。
リョニーさん「医者も魅力的でした。でも、いつも同じ場所にいなければいけないでしょ?」
リョニーさん「私は、色々な場所に行って、様々な考えの人と会いたかった。そうゆうライフスタイルで生きたかった。そうゆう人生にしたかったのです。だから、アーティストを選びました。」
彼のしてくれる話は、シンプルだけどとても重要な話しだった。
その、モノの考え方や視点が
いつも私を大切なところへ戻してくれた。
夜寝る前は必ず、リョニーさんから聞いた話を書き留める。
私は、美術館でも、食卓でも、車の中でも、とにかくリョニーさんの話しに夢中だった。
ある日リョニーさんに、いつからアーティストを始めたのか?と聞いてみた。
リョニーさん「そうですね、七歳の時かな?」
という答えが返ってくる。
リョニーさん「七歳から絵を描いていました。」
それはイタズラのような、だけれど真面目な言いぐさだった。
ーえっと、そうじゃなくて…
アーティストという仕事で生計を立てたり、
お給料をもらうようになってからはどのくらいなのか…
と、また詳しく聞こうとして、言うのをやめた。
少し恥ずかしくなったからだ。
なぜお金をもらってからが “その肩書き” になるのだろう?
リョニーさんは七歳から絵を描くのが好きで、今も描いている。
ただそれだけだった。
それにたまたま “アーティスト” という名前がついただけなのだ。
そう思うと、
何かになるために働くのはおかしいように思えてきた。
私たちは、もう何かになっている。
それは教えるのが好きだったり、
スポーツが得意だったり、友達を作るのが上手だったり。
生まれてから少なくとも、もう “自分” なのだ。
それに、いつしかただ名前がついて仕事になるだけなんだ。
その方がよっぽど本当で、本質的なことのように思えた。
リョニーさんは、とても簡単だけれど、
すぐに忘れてしまう大切なことを、
忘れずに生きている人だった。

お正月はリョニーさんの親戚と別荘で過ごした。

リマに帰ってからも、リョニーさんと色々なところへ出かけた。
リョニーさんの家に来てから、もう一週間と少しがたっていた。
第六章 一人旅への出発
まほ「リョニーさん、私はそろそろ出発しようと思います!」
ある朝、私はリョニーさんに言った。
私たちがいつも通り、
朝日がたっぷり入るリビングで朝食を食べていたときだった。
リョニーさん「おぉ、そうですか。どこに行くんですか?」
まほ「え、えっと。マチュ..ピチュ?でも見に行こうと思います。」
リョニーさん「マチュピチュはいいですね~。行き方は分かりますか?」
まほ「いや、あの…実は地図も何も持ってきてないんです。どこに行くかも、何をするかも、実は何も決めてなくて…。」
私は居心地が悪そうに正直に答えた。
本当に地図も何も持っていなかったのだ。
旅の目的も、未だによく分からなかった。
でも、明日には次の場所に行きたいと思っていた。
リョニーさん「え!あははは。面白いですね~。分かりました。ちょっと待ってください。」
そう言っておかしそうに笑うと、
リョニーさんは朝食の手を止め、紙とペンを持って来る。
リョニーさん「地図がないなら私が描いてあげましょう。」
そして、破ったメモ用紙にサラサラと筆ペンで一筆書きの地図を描いていった。
筆で描かれた太い一本のラインには “クスコ” や “アレキーパ” “マチュピチュ” など、
よく聞く場所の名前を追加して行く。
リマからマチュピチュまで、バスで一日半以上かかる距離だと聞いた。
その地図は、そんな長い道のりが、
小さな紙にささっと一筆書きで収まってしまっていた。
まるで近所のスーパーまでを描いたような、
なんともアバウトな地図が出来上がっていく。
そしてリョニーさんは、聞いたこともない、
普通の観光の本には載ってもいないような小さな村の名前も記した。
そしてそこに、村の名前と人の名前らしきものを書いていく。
サラサラと心地よい筆使いで、地図が出来上がった。
リョニーさん「この小さな村に、ダンさんというアメリカ人で狂言をやっていた、占星術師の男性がいます。」
リョニーさんが、地図に書いたある場所を指差し言った。
まほ「えっ!きょうげん、、。せんせいじゅつし?」
聞きなれない単語に一瞬漢字が浮かばなかった。
しかもアメリカ人で狂言。占星術。
なにやらただ者ではない複雑さだ。
リョニーさん「マチュピチュに行った後にでも、彼に会ってみてください。帰り道なので。友人のマホさんが行くと、伝えておきますよ。」
はい。と、今出来たばかりの地図を手渡される。
なんだかその地図を見ると、言いようのないワクワクがこみ上げてきた。
「ダンさん」と「その小さな村」の横に、ボールペンで☆印をつける。
まほ「はい。行ってみます。リョニーさん、ありがとう!」
そうして、私の次の行き先は決まったのだ。
目的地は、マチュピチュと、そして小さな村にいる「ダンさん」だった。
リョニーさん「とてもいい旅になりそうですね。」
リョニーさんはまた深く優しく笑いかけてくれた。
リョニーさん「ここはあなたの家です。いつでも戻っておいで。」
リョニーさんは初めて来た時と同じように、暖かく送り出してくれた。
そして次の日、家族に挨拶をしてお世話になったリョニーさんの家を出発した。
リョニーさんの書いてくれた一枚の地図を頼りに、
私の一人旅が始まったのだ。
第6章 不思議な夢
リマから長距離バスに乗ってクスコへ行く。

そこでは、マチュピチュのチケットが買えるのだ。
クスコの街は、世界遺産に登録されてる程とてもキレイだと聞いていた。
バスではほぼ一日かかる。
1人、二階建てバスの一階に座っていた。
お客は少なく、バスの大きな窓の横は私の特等席だ。
大きな窓から見える景色がくるくると変わっていく。
それをひたすら眺めていた。
ペルーは砂漠からアマゾン、高地、様々な顔を持つ。
気候も気温も場所によって全然違うようだった。
バスの旅は、長い。
シートを思い切り倒して、
配られたブランケットをかける。
大きな窓からは、雲がかかった大きな空が見える。
バスの揺れに、いつの間にかうとうとと眠たくなった。
窓の外が、だんだんと建物が消え、砂漠のような景色に変わっていく。

眠気まなこの、夢のような気分で横目でそれを見ていた。
窓の外の色がなんだか変わっていくようだ。
うつらうつら、バスは私を運んで行く。
起きたり寝たり現実と夢を行ききしていた。
眠たい。心地よい眠りだ。
次に少し目の隙間からのぞいた景色は、
薄茶色の砂漠に、もう夕日が落ちていた。
ポツンと家や建物も見える。
なんだか絵本の物語のような、そんな世界だった。
そしていつのまにか、また深く眠っていた。
そして夢を見ていた。
それは、とても不思議で印象的な夢だった。
そこは丘だった。
緑の、大きく開けた丘に、ブラウン色の肌をした男の子。
椅子に座っている。
髪の毛はくるくるで、目がかわいい。
そしてその子が、私に詩を教えてくれるのだ。
一度だけなのか、何度か繰り返されたのか、
ハッキリ頭に残っていた。
許してください
許してください
私は実を食べ草をちぎり
牛や鳥を殺めます。
こんな小さな身体さえ
生きたいと
他の生きたいとする命を
殺します。
許してください
許してください
笑い踊り
ピースを歌いながら
沢山の命を
食べることを。
それでも人が死ぬと
悲しい悲しいと
涙を枯らす。
許してください
許してください
許し難い彼のことを。
好きと言いながら
この恨む気持ちを。
許してください
許してください
母のことを。
理不尽に怒られた事も
こんなにも愛され
まだ愛されたいと
思う気持ちを。
許してください
許してください
そんなちっぽけな
自分のことを。
そんな許せない私を
どうか私は
許してください。
ありがとう。
愛しています。
ごめんなさい。
感謝します。
どうかどうか
許してください。
私に愛を
生きるを
教えてください。
:
:
:
ガタガタッ....!!
バスが急に揺れた。
強い揺れに、突然ふり起こされ目が覚める。
車内は、電気が消され真っ暗になっていた。
窓はいつのまにかカーテンがかかっている。
他の乗客の寝息が聞こえる。
カーテンの隙間から、そっと外をのぞいた。
空に星がポツポツと出ていた。

窓には私の顔が反射して、外が見えにくい。
でもまだ薄茶色の砂の道が続いているのが見えた。
ー夢か。
どちらが夢かよく分からないまま、
ポケットに入れた携帯を取り出す。
そのまま、外の明かりを頼りに
携帯にさっきの詩をメモした。
まだハッキリ覚えていた。
まるで、耳元で教えてもらったかのようだ。
書き終わると、そのままポケットに携帯をしまう。
窓の間から、外の風が少しだけ、ひんやりと入ってきた。
不思議な夢だった。
こんな夢、今まで見たことがない。
ぼんやり思いながら、またうつらうつらと眠りに入っていく。
ガタガタと車体を揺らしながら、バスはまだ走る。
不思議な夢とともに、長い長い道のりを、私をクスコまで運んでいった。
クスコからの旅が、何か変わるような気がした。
そんな予感だけがやってきた。
そしてまた、うとうとと深い眠りに落ちてしまった。
目が覚めると、早朝、バスはクスコへ着いていた。
第7章 アンパンマンマーチ。
日本人オーナー「あー!よく来たね!よく分かったね〜。分かりづらかったでしょ。」
maho「はい!朝早くすみません。まきさんから紹介されて来ました。」
まきさんから紹介された、クスコの日本人オーナーの宿を訪ねる。
その宿はまきさんが25歳の旅のとき、お世話になった宿だった。
朝早いのに、快く宿に入れてくれる。
早朝揺り起こされるように、クスコの街に着くと、
朝6時前にはバスから出された。
クスコの街は、ヨーロッパの雰囲気がする素敵な街だった。
教会やセントロ、商業的な雑多な店たちを、ぐるりと大きな山が囲んでいる。

そのおかげで観光地なのに柔らかい風が吹いていた。
日本人オーナー「まほちゃんは、どれくらい泊まるの?」
まほ「えっと〜…多分1週間位です!」
旅の計画はもちろんなかった。
なんとなくの日にちを、とりあえずオーナーに伝える。
彼女も元旅人だ。その辺の融通は効かせてくれるだろう。
彼女は2つベッドのある、木で出来たかわいい部屋に案内してくれた。
宿泊客は、私一人だった。
荷物を置いて、早速セントロへ出ることにした。
初めて、本当に一人で行動する。
ようやく一人旅が始まった!そんな感覚だった。
心のなかはワクワクでいっぱいだった。
どんな素敵な出会いが待っているだろう!
...の、はずだった。
そしてその2日後、私は泣きべそをかきながら『スターバックス』にいた。
それは安旅バックパッカーの中ではご法度とされる”逃げ場所”だった。
第7章 ケイシーとアキラ
まほ「なっちゃん!!!」
まほ「分かんない。何でここにいるのか、何のために旅に出たのか。分かんない。分かんないよ!!!」
スターバックスでWIFIを拾い、
携帯で日本にいるなっちゃんに半泣きで電話をかける。
日本の1/3の物価のペルー。
しかし片手に持っているキャラメルフラペチーノは
絶対値引きはしませんというスターバックスの経営戦略のもと、
立派にも日本と同じ価格だった。
“ 旅先で「スターバックス」に行くやつは、負けだ ”
出発前に他の旅人から聞いていた言葉を思い出す。
ー...あ、それ今の私だ。
最高に情けない、敗北バックパッカーだった。
___
クスコへ到着してようやく本格的な一人旅が始まった。
最初はまだ楽しかった。
宿から一人歩いてセントロでペルー料理を食べたり
ペルーのおみやげ屋を覗いたりする。

公園で楽器を演奏するヒッピーたち。
石やアクセサリーを布の上で売っているペルー人。

見るもの全部が目新しくて新鮮だった。
しかし、3日目の朝、目覚めると私の中で大きな疑問がやってきたのだ。
ーあれ?私、何のために旅に出たんだっけ?
そしてその疑問の波は、私を大きく飲み込んでしまった。
“ ペルーに行く!”そう決めてから、
目印の置き石が置いてあるかのように必ず必要な「出会い」があった。
それは”前兆”だった。
そして行くべき場所に、ちゃんと私を運んでくれる。
リョニーさんとの出会いも、その時間や空気、全てパーフェクトだった。
だけど今、クスコの街を歩いても,ピンとくる人に誰にも会わない。
まず、日本人に一人も会わないのだ。
そして”前兆”らしきものが、全く見当たらなかった。
見知らぬ街を歩くだけで刺激的なはずだけれど、
”充実感”や”ワクワクする”ような思いは、全く湧いてこない。
ーえっと、何しにペルーに来たんだっけ?
ー旅ってなんだ?
旅なら、”観光”にでも行くもんだろう。
そう思ってツアー会社を覗いてみるものの、全くこころは動かない。
ーあれ???
ー私、なんで旅に出たんだ?何すればいいんだ??
まるで振り出しに戻ったような気分だった。
どうしていいか分からなかった。
思えば謎の勘と、本の主人公と同じ誕生日というだけでペルーに来たのだ。
最初から私の旅に出た目的はよく分からなかった。
そのあと”前兆”をたどって流れるようにここまで来たけれど、
クスコへ来てから、その辿る”前兆”も見当たらなかったのだ。
そうなると、急に怖くなった。
入ったお店屋のメニューも訳の分からないスペイン語。
話しかけられても言葉が分からないからコミュニケーションがとれない。
道も聞けない、タクシーにも乗れない。
そして”怖い”という思いのまま街を歩くと、全然いいことがなかった。
むしろ、悪いことばかり起こる。
ヒッピーに騙されてお金をせびられたり、
物乞いのおじさんにしつこく追いかけられたり。
そして逃げるようにして入ったのは
あの馴染みのロゴマーク『スターバックス』だったのだ。
まほ「分かんない。何でここにいるのか、何のために旅に出たのか。分かんない。分かんないよ!!!」
なっちゃんに溜まりに溜まった弱音を聞いてもらい、そして電話を切った。
キャラメルフラペチーノを持ったまま、涙目でボーっと一点を見つめていた。
旅に出た後悔すら湧いていた。
AKIRA「maho?? Hola!」
※hola はスペイン語での挨拶
「あ!」
急に名前を呼ばれ顔を上げる。そこにはカップルが立っていた。
クルクルの髪のアニーみたいなブラジル人の女の子と、
いかにも旅人、というイタリア人の男の子。
ーケイシーとアキラだ!
名前を思い出した。
昨日もこのスタバで会ったんだ。
ふたりは小さなクッキーを半分こしている。
お金を節約しているのだろ。
wifiを使いに来たみたいだった。
そのとき、私をチラチラ見ながら彼らは言った。
AKIRA「まほ、いつもここににいるね。」
そしてアキラとケイシーは顔を見合わせてニヤニヤ笑った。
言葉はよく分からないけれど、
その行動、空気、表情、間、すべてに、カッチーンときた。
馬鹿にされているのが分かる。
頭に血が上るような感覚。恥ずかしさ。情けなさ。怒り。
全部が同時に来た。
それから彼らは私にスペイン語と英語を駆使しながら
なにやらアドバイスらしきものを話し始めた。
「もっとスペイン語勉強しろ」とか、「外に出てバーに行け」とか、
「ツアーに参加しろ」とか
早くてよく分からない。
でも単語単語をつなげると、そんなことを言っているのが分かる。
だけれどもう、とにかく腹が立ってそんなの聞けなかった。
そんな忠告も、よけいなお世話だ!!という感じだ。
でも語学の出来ない負い目か、
悔しいことにヘラヘラと愛想笑いの適当な相槌しか打てない。
とにかくその場をやりすごした。
二人が早く目の前から消えてくれるのを待っていた。
気が済んだのか、クッキーを食べ終わり、
彼らはササッと用事を済ませお店を出ていった。
ふたりのイチャイチャする後ろ姿がドアの向こうに消えていく。
その途端、また我慢していた怒り、いいようのない感情、
悔しさ、全部が渦巻いてあがってきた。
こんな感情久しぶりだった。
アキラとケイシーに腹が立った。
でも知っていた。
本当は自分に腹が立っていたんだ。
情けなくて、悔しくて、しかたなかった。
言葉が話せないのも、怖くて動けないのも、
何をしていいかも分からないのも、全部嫌だった。
それから、その場で紙とノートを広げ、
指さしスペイン語アプリに書いている単語を全部ノートに書き写した。
よく使う注文のフレーズ、挨拶、年齢や名前の聞き方、道の訪ね方、
そうゆうのは何度も書いた。今すぐ使えるやつだ。
今すぐ全部は覚えられない量だけれど、とにかく頭につめこんだ。
書いて書いて、書きまくった。
単語が終わると、今度は自分が何にワクワクするのか
一体何が楽しいのか、それも書いてみる。
言葉も分からないし、自分のことも分からない。
一体何なんだ。
書くというより、書きなぐる。
”ワクワク”だけじゃない、自分の心の中を全部、
不安や心配なこと、思ったこと全部。
ノートいっぱいに文字が埋まっていった。
悔しくて涙がポロポロ落ちる。それにもまた腹が立つ。
やっと気が済んだ頃には、
昼前に入ったスタバからは、
日が落ちて暗くなり始めているのが見えた。
泣きはらした後のように、目と頭が鈍く重たかった。
ノートとペンをバックに放り込み、宿まで歩いて帰った。
黙々と、日が落ちた道を歩く。
宿に着くと、夕飯を作ってオーナーが待っていてくれた。
日本人オーナー「今日は遅かったね!まほちゃん、後どれくらい泊まる?」
今は何も考えられなかった。
適当にあと3日と伝える。
悔しさや怒りが一周まわり、放心状態だった。
ー何のために旅に出たんだろう?
まだ、その答えは見つからなかった。
TVからは日本の番組が流れていた。
ご飯を口に運びながら、無感情でテレビを見る。
その番組では、『アンパンマン』の特集をしていた。
何も考えず、ただテレビの画面、音が勝手に流れるままにしていた。
テレビからは昔よく聞いた『アンパンマンマーチ』が流れてくる。
懐かしい、子供の頃から知っているあのリズムだ。
ついつい口ずさみたくなる。
そうだ!嬉しいんだ生きる喜び
たとえ胸の傷が痛んでも
何の為に生まれて 何をして生きるのか
答えられないなんて そんなのは嫌だ!
今を生きることで 熱いこころ燃える
だから君は行くんだ微笑んで。
そうだ!嬉しいんだ生きる喜び
たとえ胸の傷が痛んでも。
嗚呼アンパンマン優しい君は
行け!皆の夢守る為
何が君の幸せ 何をして喜ぶ
解らないまま終わる そんなのは嫌だ!
忘れないで夢を 零さないで涙
だから君は飛ぶんだ何処までも
そうだ!恐れないでみんなの為に
愛と勇気だけが友達さ
嗚呼アンパンマン優しい君は
行け!皆の夢守る為
歌は一旦終わり、CMに入った。
日本のキャッチーなCMが次々入れ変わっていく。
その時、私の中は大きく変化が起こっていた。
こころが、大きく揺さぶられていた。
ーこれだ...!!
何かを見つけた感覚だった。頭がしびれる。
そのまま、急いで食事を片付け自分の部屋に戻った。
ベットに飛び込み、ノートとペンを出す。
携帯でアンパンマンマーチの歌詞を検索した。
さっき流れていた歌の歌詞だ。
そして歌詞の一部を、ノートの表紙に思いっきり書いた。
何の為に生まれて 何をして生きるのか
答えられないなんて そんなのは嫌だ!
何が君の幸せ 何をして喜ぶ
解らないまま終わる そんなのは嫌だ!
ーこれだ!!!!!
こころの奥底で、何か強烈な震えがやって来た。
ワクワクの渦が、腹の底からあがってくる。
「ペルーに行く」そう”決めた時”から物事は動いていった。
そして”前兆”が、私をその場所まで運んでくれた。
ー何で旅に出たのか?
クスコに来て、その答えをずっと探していた。
でもそれは、自分でまた決めないといけなかったんだ。
そうじゃないと、人生は動かないんだ。
心の底から望んだことは、必ず”前兆”がやってきて
そこまで行く手がかりを教えてくれるんだ。
” ー私の心の底から望むもの ”
ノートに書いた文章を見つめる。
「 ーよしっ。
私は “ 何の為に生まれて 何をして生きるのか ”
旅が終わったら、それを知っていたい。
それを見つけるために、旅をするんだ! 」
その口にした意図は、今初めて見つけたものではなかった。
旅をするずっと前から、こころの奥の奥の方にあったことに気づいた。
ノートの文章の横に、太陽と月のマークを描き加える。
ペルーのインカでよく使われるマークだ。
”インティ”と”ルナ”だった。
ノートを閉じても、表紙に書かれたその文章とインティとルナだけは
しっかりとこちらを見ていた。
その日の夜からは、ベットに入っても不安の波はもう襲ってこなかった。
その代わり、こころの真ん中が熱く朝が来るのが楽しみだった。
ー明日はマチュピチュへ行く手配をしよう。
自分のこころの中にその一言が浮かんできた。
そして次の日から、私の旅は、ガラリと変わったのだ。
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