15/2/6
第10話 人生を変えた旅ペルーⅠ【少し不思議な力を持った双子の姉妹が、600ドルとアメリカまでの片道切符だけを持って、"人生をかけた実験の旅"に出たおはなし】

前回のお話はこちら⇒第9話コップの水はどれくらい入ってる
けんちゃんとの別れ
旅に出る2ヶ月前、
自分の人生で大きな出来事があった。
それは、けんちゃんとの別れだった。
-アフリカ-
けんちゃん「日本と気候も土も違うから、なかなか育ちにくいねん。それでもな、やっとこの前稲らしくなって喜んでたら、たまたま前の家の牛の綱がはずれてて、全部食べられてしもうたんよー!」
けんちゃん「アフリカは、そんなありえへんことがあるんやで!!あはは!」
1週間に何度か、アフリカにいるけんちゃんと電話をした。
家の近所の現地の女の子にラブレターをもらった話。
ご飯を作ると、その匂いに近所の子がみんな家に来てしまって
いつも激しい攻防戦が始まるという話。
水道、ガス、電気のない生活での髪の洗い方。
けんちゃんの話はいつもおもしろかった。
そしてアフリカに行っても相変わらずけんちゃんはけんちゃんだった。
知らない土地で苦戦もしていたけれど
あこがれの土地で、けんちゃんらしくノビノビと生きていた。
けんちゃん「まほは最近どうなん?」
まほ「う〜....ん、そうやね。お母さんと仲直りした、かな?」
「そっかそっか。ほなよかったなぁ」
まほ「あ、あとね、人の色を描き始めたんよ!」
けんちゃん「え?人の色?ふ〜ん。」
けんちゃん「そっかそっか。まぁいいやんか!でもそれ詐欺ちゃうか?あはは」
まほ「えー!詐欺やないわ!もうっ!」
私は、ここ数ヶ月の自分の変化をきちんと話せないでいた。
けんちゃんがアフリカに行ってから、
自分の人生が、急にめまぐるしく変わってしまった。
自分でも整理するのが難しかった。
たった半年の出来事が2,3年も前に感じる。
毎日起こることがあまりにも深くて、
どう説明したらいいのか分からなかった。
そのまま、話せないことがどんどん増えていく。
けんちゃん「いつか俺がオーガニックコットン育てて、まほがそれで服作るんよ。自給自足してさ。それが今の夢や!」
けんちゃんはいつも嬉しそうに未来の話をする。
けんちゃんの未来にはいつも二人がいた。
出逢ってから、いつも私の少し先を歩いて
自由で大きな未来を見せてくれたけんちゃん。
けんちゃんの開けてくれた扉から、
私も後ろにくっついて、一緒に未来をのぞき見てた気がする。
でも今の私はー
ちゃんと自分のこの手で扉を開けて
自分のこの目で、未来を見てみたかった。
いや、もうそうしないといけなかったんだと思う。
そして次の旅で、
何かおおきなことが待っている。
そんな予感がしてならなかった。
けんちゃんのことが大好きな傍ら、
自分が逆らえない波に流されていくような、そんな感覚だった。
そして別れは突然やってきた。
それは、いつもの電話の延長にあった。
今日別れる、なんてお互い思ってもいなかった。
だから正直、どんな風に別れたかよく覚えていない。
私とけんちゃんの中にあった小さなズレが、ぶつかってしまった。
そして、振り向いてみるとお互いの歩いていた道が、
随分離れてもう見えなくっていたのに気ずく。
まほ「けんちゃん…、もう私たちパートナーとしてもう限界やと思う。」
私の言葉に、けんちゃんは額を押さえてうつむいていた。
スカイプ越しに、けんちゃんの涙が落ちていくのが見える。
私もベットの上にぼたぼたと涙を落とした。
けんちゃん「俺みたいないい男、もうおらへんで。あんなに愛してくれる人おらへんかった!って後悔するで〜。」
けんちゃんは、冗談交じりにそう言う。
だけどいつもみたいに笑ってはいなかった。
頭にタオルをまいて、よく日に焼けた整った顔。
ずっと見慣れていたけんちゃんの顔が、涙で歪んで画面に消えていった。
これが最後のスカイプだった。
そしてPCを閉じて気づく。
今日はちょうど2年目の記念日の日だった。
けんちゃんの最後の言葉、それは今でも本当だって思う。
けんちゃんは世界でたった一人で、どこにもいなかった。
そして私に、特大の愛を教えてくれたのはけんちゃんだった。
二人でやっていくということ。
思いやるということ。
分け合うこと、許し合うこと、
シリアスよりもユーモアが必要なこと。
2年前の夏、多分きっと、私が生まれるよりずっと前から
すべての偶然の糸が重なって、
けんちゃんと由紀夫と会うことが決まってたんだ。
そしてそれは私の人生でビックバンのように、新しい生き方を見せてくれた。
私の世界に、見たこともない軽やかな風を運んできてくれた。
私を、自分のほんとうの中心へと中心へと、戻してくれた。
静かになった部屋を一人で見つめていた。
半年前けんちゃんは確かにここにいたんだ。もう随分前のことのように感じる。
あの頃、この狭い部屋で安いワインと音楽と、それだけで十分だったこと。
一杯だけゲームやお金がないふたりのデートが公園だったこと。
いつもこの瞬間を楽しませてくれたこと。
けんちゃんが連れて行ってくれた非日常の毎日が愛おしくて懐かしかった。
家族を失ったような、自分の身体が半分ちぎれたような痛み。
痛かった。もう戻れない場所が恋しくてたまらなかった。
だけど、こころの奥はどうしようもなく進みたがっている。
けんちゃんとの返りたい場所は、もう全部過去にしかなかった。
もう戻れなかった。
歩こう。自分の道を。歩くしかないんだ。
けんちゃんとの2年間が終わった。
これで、けんちゃんとの恋愛の話はおしまい。
もう、うまく書けない。
けんちゃん、ありがとう。
序章 つながるピース
そして今度の”前兆”は、また一冊の本から始まった。
「早く、早く、旅に出ないと.....!」
ハッと我に返る。まただ。
その時私は、強迫観念のような、もしくは強烈な第六感のような
「早くどこかに出ないといけない」という思いに駆られていた。
早く旅に出たい!ワクワクする!
そんなニュアンスの心躍る想いよりも
それは何かもっと違う、
ー絶対出ないといけない場所がある。
みたいな、差し迫った感覚だった。
こんなの初めてだ。
一体何なんだろう。気のせいかな?
でもそろそろ旅の準備をしないといけない。
それより一体、どこに旅にでるんだろう。
卒業してから半年以上たっていた。
もうすぐ季節は冬だ。
”2013年になる前には、絶対旅に出る!”
なぜかそれだけは決めていたけれど、そこからどうも一向に進まない。
1ヶ月と少しでその2013年が来るというのに、
まだ行く国も決まっていなかった。
今流行のボリビアのウユニ塩湖
自分探しにもってこいのインド
バックパッカーの聖地タイ....
パラパラと賑やかな国の写真をめくっていく。
とりあえず、今日古本屋で買ってきたばかりの「旅のhow to本」を読んでいた。
だけど、どこを見てもピンとくる場所はない。
そして今回が初の一人旅だ。
一体何を持っていけばいいのか、どうしたらいいのか、旅の勝手も全然分からない。
そして肝心の場所も決まらないなんて....。
一体どこに行くんだろう?大丈夫かな.....。
せっかく買った旅本も進まないまま、不安になってくる。
”ーどこかに行かないといけない”そんな謎の勘だけが頼りだった。
まほ「あ!そうだ!古本屋に行った時、もう一冊買った本があったんだ。」
ふと、今日旅本と一緒に、もうひとつ本を買っていたのを思い出した。
床に転がっている古本屋の安いビニール袋をたぐりよせる。
分厚い背表紙、表紙の女性の写真が印象的な本。
題名は「アウト・オン・ア・リム」と書いている。
それは、まさからオススメされた本だった。
まさ「アルケミストの次は、この本読むといいよ〜。」
そう言って紹介してもらったのは随分前で、
本屋で何度探しても、その本にはなかなか出会えなかったのだ。
今日旅本を買うとき訪れた古本屋で、やっと見つけることができた。
実は目当ての旅本よりも、密かに楽しみにしていたものだった。
手に持つと、どこかワクワクする。
読んでいた旅本を置いて、
そのまま「アウト・オン・ア・リム」のページをめくった。
まさか、そこに前兆が隠されているとは知る由もなく。
「 424 」
本の内容は、シャーリー・マクレーンというアメリカの有名な女優さんの自伝だった。
私の生まれた時くらいに出た、少し古い本だ。
私はのめり込むようにその本の世界に入っていった。
内容は、大女優が自分のこころと向き合いながら、
生きる本質を取り戻していく、というものだった。
現実的で合理主義だった当時のアメリカでは
精神世界に踏み込んでいく彼女の生き方に、批判の声も大きかったらしい。
とにかくその時代にとてもインパクト与えた作品のようだった。
一番おもしろかったのが、
彼女がペルーで神秘体験と言われる”不思議な体験”をする場面だ。
彼女はそこから一気に本当の自分へと目覚めていくのだ。
これは本当の話なんだろうか?
そう疑ってしまうほど、その辺の小説よりフィクションのような内容だった。
熱中して読み進めていくと、彼女が自身の誕生日を言う場面があった。
え?このシーンいる?少し違和感がある妙な文章だった。
そして彼女が口にした誕生日は
ー4月24日。
まほ「えっ!!一緒だ!」
そう、彼女と私は(もちろん双子の姉なっちゃんも)同じ誕生日だったのだ。
【424】という数字は、ふたりの間で、特別でとても大事にしている数字だった。
文章の【424】が浮かび上がる。
胸がドクンと鳴った。
それはよくあるほんの小さな偶然だったのかもしれない。
だけど私にとって、大きな前兆だった。
今まで前兆に従って進んできたときのように、
”サイン”を見つけたような感覚だった。
そしてその瞬間、単純に私の旅の行き先は決まってしまった。
” ペルーだ。”
やっと見つけた!ペルーへ行こう!
ペルーなんて、どこにあるのかさえ曖昧だ。
だけどどの国を見ても感じなかった、確かな感覚があった。
「 早く、早く、旅に出ないと.....!」
またあの強烈な勘がよぎる。
そして場所も首都の名前もよく分からないまま
なっちゃんにお金まで借りて、ペルー行きの航空券を購入した。
そしてまだこの時は、
ペルーが自分にとって人生の変わる場所になるなんて思ってもみなかった。
これは今から始まる”特別な旅”の物語の、ほんの序章だったのだ。
第1章 はまるピース
”ペルーに行く!”
そう決めてチケットを買ったのは、出発のたった1ヶ月前だった。
ー2012年12月27日。
これが出発の日。
よく考えると、お金も貯まっていないし、ペルーのこともよく分からない。
スペイン語も分からないし、旅の準備も何もできてなかった。
だけど、”行く”と決めてから、不思議なことが次々起こるのだ。
まるでペルーに導かれているように、ペルーへのピースが揃っていった。
最初のピースは、専門学校の時の親友あやからの電話だった。
あや「まほ、もうすぐペルーやんな!ペルーに旅した人見つかったで!」
あや「おかんがたまたま高校時代のクラスメイトに会ったらしくて、その人が、ペルーを旅したことあるんやって!京都の人やけど、よかったら連絡先聞いたから繋げるな〜!色々聞いてみたらいいわ。」
まほ「えっ!ほんと!ありがとう!!すごく助かる!」
そうして突然、「親友の母親の高校の同級生」という
ずいぶん遠い繋がりの”まきさん”という女性を紹介してもらうことになったのだ。
私の周りには、ペルーに行った経験がある人はいなかった。
その”まきさん”が、初めて”ペルーの情報”を運んでくれる貴重な人だった。
しかし、何度かメールでやりとりをした後は、
段々連絡するどころじゃなくなってきた。
あと1ヶ月で旅に出るというのに、お金が全然貯まってなかったのだ。
毎日、旅費を貯めるためにバイト三昧だった。
ペルーについて調べる暇もないまま、日にちだけが過ぎていく。
そしてそんな仕事ばかりの日々に、まきさんから一通のメールが届いた。
それは、まきさんがたまたま用事があって京都から東京へ来る、というものだったのだ。
会って直接話ができるなんて、こんなチャンスはない!
この日を逃すものかと、なんとかバイトを調節して、まきさんに会ってもらうことになった。
まきさん「まほちゃん??うわ〜〜!会えて嬉しい!お金貯めるのに必死で全然用意してないでしょ〜!ははは。大丈夫なの〜??」
初めて会うまきさんは、お母さんと同い年と思えないくらい
気さくで可愛くてとても素敵な人だった。
会った瞬間から、お互い意気投合した。
そして話していると、まきさんとは不思議な共通点もあったのだ。
まきさん「私がペルーを一人旅したのもね、まほちゃんと同じ25歳の時なんだよ。何か私も、もう一回旅の続きをやるみたい。不思議な感じ。」
偶然にもまきさんが旅したのは、20数年前、私と同じ歳のときだった。
まきさんは嬉しそうに初めての一人旅のことを話してくれる。
当時描いたスケッチからは、まきさんが25歳の時見たペルーの風景が溢れていた。
ペルーの旅のことを話すまきさんの顔はキラキラしている。
とてもいい旅をしたのが分かった。
まきさん「まずね、マチュピチュは行ったほうがいいよ。でもマチュピチュよりこの山もいいのよね〜!あとクスコは高地だから寒いからね。重ね着できるようにね!あとね…」
まきさんは丁寧に、貴重なペルーの情報を教えてくれた。
訪れたほうがいい場所、天候や服装、ホテルのことまで、事細かく教えてくれる。
本で読む情報より、とてもリアルで役に立つものばかりだ。
まきさんの口から語られるペルーの情報からは
広大な風景や、アンデスの空気が広がっていく。
遠かったペルーが、ぐっと近くに感じる。
まきさん「そうそう!素敵な人を紹介してあげる!現地に誰かいると安心でしょ。」
まきさん「リョニーさんっていう、私と同い年のペルーの人なんだけど、彼、以前日本の大学で教えてたこともあったから日本語もうまいよ!彼に会うといいよ!」
そして、リョニーさんという方も紹介してもらえることになったのだ。
現地の人を紹介してもらえるなんて、
ペルーに知り合いもいない私にとって、とてもこころ強いことだった。
まきさんとすっかり盛り上がって、お店を出た時はもう6時間もたっていた。
彼女はそのあとも、ずっと私の旅を応援してくれるのだ。
そうして、まきさんのおかげでペルーに必要なことは揃っていった。
その次の偶然のピースは、出発1週間ほど前にやってきた。
その時私は、旅費を貯めるため
恵比寿のブリティッシュバーで働いていた。
そのバーはとても面白いお店で、大好きな場所だった。
お客さんは外国人ばかり。
スタッフも、旅好きや海外好きが多い少し変わったお店だ。
その日私がカウンターに立っていると、
お店のドアから物凄い美人が入ってきたのだ。
まほ「あれ!?もしかしてやよいさんですか???」
やよいさん「そうだよ〜。昨日帰って来たよ〜。」
それは元スタッフのやよいさんという人だった。
彼女の噂は他のスタッフからよく聞いていた。
17歳から何カ国も世界を旅している、旅のスペシャリストだ。
確か雪山を登りに行って、シベリア鉄道で帰ってくる‥そんな話だったはず。
彼女が昨日帰ってきたのだ。
スタッフ「あー!やよいさんだ!帰国したんですね!この子ももうすぐ旅に出るんですよ!」
他のスタッフが気を利かせて話をつないでくれる。
やよいさん「ほんと??どこに行くの??いつ??旅、初めてじゃない?荷物は揃えた?よかったら私の荷物全部貸してあげるよ!持って行きなよ。」
まほ「え???いいんですか???」
やよいさん「いいのいいの。旅してると、してもらったりそれを返したりは当たり前だから。」
そうして、旅から帰ったばかりの彼女は
気前よく自分の使っていた荷物を全部貸してくれたのだ。
寝袋や洗濯の道具、リュックやウィンドブレイカーまで、
旅人のやよいさんらしい、的確な道具が揃っている。
全部揃えたら、10万はしたかもしれない。
旅費で精一杯の私が、手に入れられるものではなかった。
一週間前というのに、旅の準備もろくにできていない私にとって
本当に有り難すぎることだった。
やよいさん「はい。腕貸して。これはお守りだよ。いい旅になるといいね!」
そう言って、やよいさんはにっこりと笑う。
私の右腕に、彼女の手作りのミサンガがゆれていた。
まほ「やよいさん、何ってお礼を言っていいのか….。本当にありがとうございます。私も旅で返していきますね。」
旅人はこんなに優しいのだろうか?
旅に出る前に、彼女からとても大切なことを教えてもらった。
そうして、やよいさんのおかげで旅の道具も全て揃ったのだ。
ー出発前夜
ペルーまでの1ヶ月はあっという間にきてしまった。
そして今日寝たら、次の朝は出発だ。
バックパックにやよいさんから借りた荷物を詰める。
ペルーの首都、リマの空港までは
リョニーさんが迎えに来てくれることになった。
1ヶ月前”ペルーに行く!”と決めた時、何も揃っていなかった。
ペルーのことも、旅の準備も、何も分からなかった。
それが、まきさんややよいさんとの出会いが
ペルーまでのピースをつないでくれたのだ。
そして4年住んだ恵比寿の家は、
なっちゃんが守ってくれることになった。
明日出発と思えない、なんだか不思議な気分だった。
荷物も詰め終わり、旅に持っていくお金を数える。
海外旅行保険をかけて家賃も払ったら、
結局、1ヶ月で貯まったお金はたった8万円だった。
ーうう。。これで足りるのかな・・・。いや、もう仕方がない。
なくなったら、路上でソウルカラーをしよう!
少ないお金を握りしめ、もう腹をくくる。
ピンポーン
すると、急に私宛に郵便が届いたのだ。
ーこんなギリギリに誰だろう?
届いた小包を見てみると、送り主はあの’まきさん’だった。
小包の中には、
旅を応援する手紙と、お守りなどが入っている。
ーうわぁ。まきさん、ありがとう。
届いたお守りも手紙も、小さくたたんでかばんのポケットに押し込めた。
一緒に旅をすることにした。
小包をみると、まだ奥に何か入っている。
ーなんだろう?
ビニール袋に包まれたそれを取り出して開けてみる。
それは少しボロボロになった、ドル紙幣だった。
今はもうない昔の古い絵柄や、汚れていたり、使い込まれているものばかりだ。
他にも、チリやボリビア、ペルーのお金も入っている。
それは、まきさんが旅で余ったお金をかき集めてくれたものだった。
それを譲ってくれたのだ。
数えると、自分が貯めた額以上にもなる。
『 まほちゃん!大きな旅になるね!いい旅を! 』
達筆の、おおらかなまきさんらしい文字が踊っていた。
歳の離れた親友からの、応援のメッセージだった。
お腹の奥から暖かいものがこみ上げる。
ペルーのことを嬉しそうに話す、まきさんの顔が浮かんだ。
彼女の旅の続きを託されたような、そんな気持ちだった。
ー.....まきさん、ありがとう。これはお守りにしよう。
また丁寧にビニールに包み直し、バックパックの奥にそっとしまった。
1ヶ月前はペルーも知らなかったし、お金も思うように貯まらなかった。
私一人だったら、ちゃんと出発できなかったかもしれない。
だけど、まきさんややよいさんとの出会いがペルーまでの道を繋いでくれたのだ。
本当に感謝だった。
そしてこの1ヶ月でペルーまで導かれるように揃っていくピースに
少し戸惑うような不思議な気持ちもあった。
ついに明日は出発の日だった。
しかし、ペルーまでの偶然のピースはまだまだ続いたのだ。
第2章 飛行機での前兆
まほ「なっちゃん、行ってきます!」
なほ「まぁちゃん!!大きな旅になるよ!日本で見守ってるけんね!」
なっちゃんに見送られ、恵比寿のアパートをあとにした。
バックパックはたった7キロ。
だけど、背の低い私には身体の半分くらいに見える荷物だ。
成田空港へ行くため電車に乗ると、朝の通勤の人たちの視線が痛い。
いざ当日になると、出発の感動はあまりなかった。
なぜなら一番の心配の種がまだあったからだ。
それは「飛行機」だった。
私は今回が初の海外一人旅だ。
実は一度も一人で国際便に乗ったことがなかったのだ。
しかもペルーの飛行機は、日本からの直行便がない。
一度アメリカで乗り換えもしなければいけなかった。
英語もスペイン語も出来ない私は、
異国の地でちゃんと手続きが出来るのか心配でたまらなかった。
” 空港でよく使う英単語フレーズ ”なるものを写した紙と、
携帯の指差しスペイン語アプリだけが頼りだ。
成田空港に着くと、チェックインを済ます。
搭乗口に進むと、アメリカに到着する飛行機だけあって
日本人の姿が全然見当たらなかった。
ーうわあ。外国人ばっかりだ....。
困ったら誰かに聞こうと思ったのにな....。
周りを見渡しても、日本人の姿が見当たらなかった。
機内に案内されて、シートに座る。
前後のシートからは外国人の身体の大きなおじさんたちがはみだしている。
お姉さん「あの、すみません。」
すると、急に横から声を掛けられた。
振り向くと、日本人のお姉さんが立っている。
お姉さん「あ、私その隣の席です。よかった、日本人同士ですね〜!」
隣の席は偶然日本人の女性だったのだ。
「あぁ、よかった。私も外国の方が来るかとドキドキしてたんです!初めての一人旅で緊張してて。」
急に肩の力が抜ける。
彼女は以前留学していたカリフォルニアに遊びに行くそうだった。
英語もペラペラだ。
お姉さん「初めてなんだ。いいね〜。私留学もしてて少し慣れてるから、よかったら色々教えるよ。まずね、入国審査の紙と税関の紙を書くのは知ってる?」
私は入国審査や税関の用紙があることさえも知らなかった。
英語の質問が並ぶその紙に、なにを書くのか彼女は親切に教えてくれる。
そして飛行機を降りた後は英語での入国手続だった。
それも、英語ができる彼女が手伝ってくれたのだ。
本当に助かった。
まほ「ありがとうございます!いい旅を!」
アメリカが目的地の彼女とは、ここでお別れだ。
彼女とハグをしてお礼を言った。
そうして彼女のおかげでなんとかアメリカに着くことができたのだ。
そして次はついにペルーへの乗り換えの飛行機だった。
搭乗口へ行くと、日本人どころかアジア系の顔もほとんど見なくなった。
言葉も、英語から急に耳慣れないスペイン語へと変わる。
ペルー行きの飛行機に案内されてシートに座ると、
周りはラテン系の彫りの深い顔立ちばかりだった。
さっきは何てラッキーだったんだろう。
お姉さんは、次の便でも同じことをすれば大丈夫!と言ってくれた。
急に緊張してくる。
防犯用に腰に巻きつけたパスポートをまた確認した。
南米は治安が悪いと聞いて、お金も腰のポーチに入れてある。
それも確認する。
女性「あの、日本人ですか?」
すると、今度もまた聞き慣れた日本語が聞こえてきたのだ。
振り向くと、また日本人の女性が立っている。
女性「あ、よかった〜!日本人全然乗ってないから。私隣の席です。」
まほ「えっ!そうなんですか!?」
座席の番号をもう一度見返してしまう。番号はもちろん合っていた。
なんと、たまたま隣の席はまた日本人の女性だったのだ。
しかも名前を聞くと、「まきさん」という方だ。
そうゆう偶然は、自分の中でのOKサインだった。
女性「私は現地のツアーに参加するの。マチュピチュに行きたくて。バックパッカーなの?すごいね!」
10時間近いフライトも、彼女のおかげで楽しいおしゃべりの時間となった。
心配していた手続きも、二人で協力してやることにした。
飛行機を降りてからの入国審査も、荷物の受け渡しも
日本人二人だと全然怖くない。
そうして、心配でたまらなかった飛行機もなんなくクリアできたのだ。
一番の不安の種だった飛行機も、それも2回も、
ちゃんと導いてくれる”彼女たち”に出会うことができた。
ペルーまでの全ての道のりが、大きな何かの「前兆」のような、
導かれている感覚だった。
そうして、ついに、ペルーに到着したのだ。
第3章 リョニーさんとの再会
そうして、私はやっとペルーまで辿り着いた。
日本を出て30時間程かかっていた。
身体半分のバックパックを背負い、エントランスへ出る。
ペルーの首都、リマの空港だ。
時間はもう深夜の1時になろうとしていた。
しかし、空港は沢山の人でにぎわっている。
この時間に着く飛行機が多いのかもしれない。
ピーク時のようなにぎわいだった。
周りはスペイン語が飛び交っている。
まだ音にしか聞こえないけれど、
スペイン語の独特のテンポは心地よくて好きだった。
真冬の日本から、一気に少し肌寒い夏ほどの気温になった。
空気が普段と少し違うように感じる。
なにもかもが新鮮だった。
眠たいはずなのに、すべての細胞が全部開くような
高揚と興奮と緊張感でワクワクしていた。
ペルーに着いたんだ。
空港は飛行機から降りる人を待つ人達で盛り上がっている。
たくさんの人が、抱き合って喜んでいた。
人混みをかき分け、リョニーさんを探す。
タクシーの強引な客引きがうるさい。
リョニーさんの顔もよく知らなかった。もちろん携帯も使えない。
だけどなんとかなる気がしていた。
そして、リョニーさんに会えるのを、
物凄く楽しみにしている自分に気づく。
重たいはずのバックパックを背負ったまま早歩きになる。
すると、私の目の前の少し先を、ひげをはやした男性が通り過ぎた。
その一瞬の横顔で、なぜかすぐに分かった。
あれは絶対リョニーさんだ!
まほ「リョ二ーさん!」
大きな声で彼を呼んだ。彼も振り向く。
まきさんと同じ歳だから50代半ばくらいなはずだ。
優しくて深い目と、白いひげをたくわえたリョ二ーさんは
もう少し歳上に見えた。言うならば年齢不詳だ。
その不思議なオーラーはまるでアルケミストのようだった。
リョニーさん「あ〜、よかったぁ。もしかして、マホさん?」
すこし外国語訛りだけれど、柔らかいキレイな日本語。
思慮深い深い目が、にこりと細くなる。
なぜか懐かしくてたまらなかった。
まるで久しぶりにお父さんに会ったような、
尊敬の気持ちと、嬉しさがこみあげてくる。
長い飛行機で疲れていたんだろうか?
初めて会うのに、嬉しくてたまらない。
リョニーさんとは、初めましてより、
なぜか「再会」したような感覚だった。
大きなバックパックのショルダーを握りしめ、リョニーさんに駆けよった。
まほ「はい!mahoです!リョニーさん、こんなに遅くに、ありがとうございます。よろしくお願いします。」
リョニーさん「ははは。mahoさん。疲れたでしょう。飛行機が長かったからね。会えて良かった。どうそよろしく。」
そう言って、今度は目を合わせ優しく笑ってくれた。
握手をしたあとリョニーさんは暖かいハグをくれる。
リョニーさん「さぁ、私の家に行きましょう。車に乗って。」
リョニーさんの車に乗り込む。助手席には美しい奥さんも一緒だった。
彼女もまた、優しくハグをしてくれる。
車は明るく眩しい空港を抜け、街の方へと走りだした。
私はずっと窓から外の景色を見ていた。
車の窓から通り過ぎる、夜のリマの景色が、
ここは日本じゃないんだとハッとさせる。
変な感じだ。
私は静かに、かみしめていた。
ついに旅が、始まったんだ。
まだ高揚していた。いや疲れていただけかもしれない。
もうよく分からなかった。
車の窓から入ってくる風が心地いい。
主人公と同じ誕生日というだけで決めてしまった” ペルー ”。
それから、たった1ヶ月でまきさんややよいさんに出会い、
必要なことを教えてもらった。
荷物やお金まで揃っていった。
飛行機では、日本人の女性が導いてくれる。
そしてリョニーさんとの出会い。
ー導かれるように来た、このペルーで一体何があるんだろう?
どんな旅になるんだろう?
家につくまで、ずっと窓の外を見ていた。
そうして私の”人生を変えた旅”が始まったのだ。
この話もあと2話でおしまいです^^
不思議なことに今ペルーでこのお話を書いています。前兆はまだ続いています^^
この物語が多くの人の前兆になりますように^^*
*一番下にある “読んでよかった” を押してで応援して頂けると嬉しいです^◯^*
__________________
このストーリーは2015年に書籍化となり、
2019年にベストセラーとなりました。
『あーす・じぷしー はじまりの物語』
https://amzn.to/2HcZJGV
彼女たちは『あーす・じぷしー』という名前で活動中!
※前回のお話⇒第9話
※双子の姉なっちゃんのお話⇒なっちゃんの話
あーすじぷしー(双子姉妹で世界を旅しながら生きています^^)
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