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16/7/1

ダメだ、絶対に。

Image by Olia Gozha

「これは僕が預かります。」

「あぁ、いいよ!持ってってくれて。俺は大丈夫だから。」


トゥルルルルルルルル…

トゥルルルルルルルル…

トゥルルルルルルルル…


「こちらは留守番電話サービスセンターです、、、、」


「なぁ、やっぱ帰ってきてくれないか?」



トゥルルルルルルルル…

トゥルルルルルルルル…

トゥルルルルルルルル…


「こちらは留守番電話サービスセンターです、、、、」


「おーぃ!!聞いてんだろ?戻ってきてくれよな!」



トゥルルルルルルルル…

トゥルルルルルルルル…

トゥルルルルルルルル…


「こちらは留守番電話サービスセンターです、、、、」


「ザっけんなよ!!!!戻ってこいよオラ!!!」


僕はその留守電を聞いた後、コンビニのゴミ箱に




シャブを捨てた。




覚せい剤一瞬所持。



僕は、本当の地獄を見た。





毒をもって毒を制す


20代前半、僕はコミュ症や女性不信を解消したくて六本木のメンズキャバクラの門を叩いていた。

ホストではないメンズキャバクラ。

ちょっとカジュアルな接客に料金体系がキャバクラスタイル、指名替えOK、場内指名有りと言う、日本で初めてのメンキャバで働いていた。


映画のプロモーションとコラボレーションしていたので、俳優志望が多かったというのもあり、ビジュアル的にイケてる人がそこそこいたし、六本木の綺羅びやかで今まで見たことがない世界に毎日が心躍っていた。


直前まで引きこもりをしていたし、女性とは何人か付き合ってはいたけど、包丁沙汰(元カレと浮気をしたショックで自分の首に刺そうとした女性がいた…)の恋愛で女性不信を引き起こしていたし、基本的に萎縮タイプのコミュ症なので、それらを解消するにはかなり毒をもって毒を制すような挑戦だった。


入って一ヶ月目、バックヤードで表に出たい新人がグラスをピカピカに磨いている。

もちろん僕も表に出たいけど出れないから磨いている。

先輩のゲロ掃除も僕達新人の仕事だったりもした。


そんなバックヤードの空気は表に出たいけど出れない憤りや、表に出れない理由が分からず不平不満が溜まりまくって暗く沈んだ表情をしているものだから、尚更表に出させてくれないという悪循環が続いていた。


その中で一人呼ばれ二人呼ばれ…僕だけ呼ばれない問ことも多々あった。


なので、何かを変えないと何時まで経っても表に出れないし、顔を売ることも出来なければ指名も取ることも出来ない。

その店は今考えるとダサいけど、名札を付けることになっていて、ナンバーと源氏名が書いてあったので


「◯◯さん、おはようございます!」

「◇◇さん、お疲れ様です!!」


など、名前を呼んでから挨拶するというスタイルに切り替えた。

それからぽつりぽつりと呼んでくれるようになったし、場内指名もその挨拶が功を奏して頂けたりもした。



一匹狼


そんなメンキャバ生活を半年ほど過ごしながら指名も徐々に取れ始めた頃、オープニングメンバーだったけど、途中でやめた竜先輩が出戻りしてきた。


このメンキャバは映画のプロモーションも兼ねていたので、ビジュアルがイケてる人は確かにいた。

でもカリスマ性やオーラがあるって思う人は誰もいなかった。


もしかしたら少しはオーラがあった人もいるのかもしれないけど、夜の欲、六本木の欲に負けて


役者で売れる<ホストが楽しい


になってしまう人も多かったと思う。

役者の夢を叶えるために人脈を広げよう、生活のために働こうって思いつつも、六本木の強烈な誘惑に負けてしまった人は本当に多い。


キャバクラやクラブ(女性が働く)でも同じように、お金の魔力に取り憑かれて本来の目的を忘れてしまって、そのままお金のためだけに働き続けて自分を見失っている夜の蝶も何人も見てきた。


とにかくVIPなお客さんが来る。だから自分も同じ位凄いと錯覚する。

そして遊びに行ってもお金を出さなくてもいい。



虚像である源氏名

金で口説かれ、金で口説く

落としもするし、落とされもする


全部が虚像だ。


とにかく六本木と言う街の夜で働くというのは非常に危ない街だと思う。

もちろん、スポンサーを見つけてお店を出したり、そこで出会った人に拾われてビジネスを立ち上げた人も多いからチャンスはあるけど、とにかくブレやすい街。


そんな、危険な街、六本木で一番勢いがある所謂ホストクラブ(メンキャバではるけど形態が一緒なので)で、ずば抜けてオーラがあったのが、その竜先輩だった。


180センチを超える身長に、日本人ばなれした股下、そして帰国子女の感性からくるファッションセンス
そして歌も歌手並みに上手く、話もずば抜けて面白かった。


顔はと言うと、揃いも揃っているのにも関わらず芸能人並だった。

今で言うと三浦春馬をワイルドにした感じだろうか。


そんな竜先輩は仕事が終わると、誰とも一緒に帰らず


「おつかれさんっ。」


と言ってそそくさと帰ってしまっていた。

同じテーブル上で一緒になると盛り上がって会話は回すけど、プライベートは全く分からない謎な先輩だった。



アフターで


そんなホスト生活を一年ほどこなしていくと、六本木が自分の街のように感じるようになって来た。

コミュ症だったのは完全に社交的になり、女性不信は毎日女性と話して行くことで少しづつ女心が分かってきたり、指名や売上げが上がっていくにつれ、自信が付いたからか心の奥底にしまっておけるようになっていった。


そんな生活を続けながら土曜の仕事終わり(朝5時まで)はヴェルファーレのアフターアワーズと言う、当時流行っていたサイバートランスなどのイベントに行くようになっていた。

お店で飲みまくっているからそのままのノリで踊り狂うのが毎週末の楽しみだった。


そんな中、竜先輩がヴェルファーレで踊っている姿を見た。


何でこんなかっこ良く踊れるんだろう?

外国人と並んで踊ってても様になっている竜先輩は自分の憧れの先輩になっていた。


「お疲れ様です!」

「おぉ、お前か。」

「先輩も来てたんすね!」

「おう。結構来てるし、DJもやってんだよね。」

「えっ?そうなんですか!」

「じゃあ、家に来てみる?DJするよ。」

「行きます!」


と、こんな感じで竜先輩の家に遊びに行けるようになった。

元々の萎縮タイプコミュ症の僕は、憧れている先輩に気軽に話しかけることも出来なかったし、一匹狼タイプだと思っていたから、気を使って話しかけれなかったと言うのもあったかもしれない。


それから僕は竜先輩の家に入り浸るようになり、週の3日から5日は一緒に過ごすようになっていった。

アフター以外のイベントにも一緒に行ったり、とにかく遊んだし、竜先輩の事が色々よく分かってきた。


家庭環境がとても複雑だということが、竜先輩の人格形成のほとんどを占めていると思う。

とにかく複雑過ぎる。

離婚して母子家庭とかそう言うのでもなく、とにかく複雑だった。


だから、本当は凄く寂しがりやだったんだ。



ホスト引退から


僕はこのままこの店で働いていると役者の夢がブレてしまうと思ったので、思い切って辞めることにした。

そこそこの給料は貰っていたし、教育係のようなポジションや、毎日コンパしているような綺羅びやかな感じだったり、大御所の人達と非日常の遊びを共有させて貰っていたり、芸能人も時々来たり…

実像そうで、虚像で、その虚像に飲まれ始めている自分に危機感を覚えたからだ。


1年8ヶ月と言う期間できっぱり辞め、その後は何をしようかと色々考えていたが、その頃はギャンブルによる借金がかさんでいたので、データ入力と言う名の、当時ブームだった出会い系サイトのサクラの仕事につくことにした。


今は法律的にもモラル的にもやるべきではない仕事だけど、当時はサクラと言うビジネスモデルで大儲けしまくっているIT企業がとにかく多かった。

1サイトで月に数億円と言う売上げがざらだった。


そんなグレーな会社がその竜先輩の家から歩いて3分位の所だったので、やめても相変わらず遊ぶ頻度は変わらなかった。


でも、自分の中で変わったことがもう一つあった。

彼女が出来ていた。


その彼女と付き合うことになり、彼女と遊ぶ時間が多くなり竜先輩と遊ぶ時間が少なくなっていった。



アイス


「最近△△とアイスやってんだよ。」


久日ぶりに竜先輩の家に遊びに行くと、相変わらずの爆音の中でDJをしていた。
でも、決定的に違う事が一つだけあった。


それは、竜先輩が覚せい剤に手を出していたことだ。


アイス


隠語だったから最初は何のことか分からなかったけど、いつも見慣れていた小さなテーブルを見ると小さい透明のパケと呼ばれる袋に透明な結晶体が少しだけ入っているものと、吸引器のようなものが置いてあった。


「ほどほどにしておいて下さいね。」


僕はそれ位しか言うことは出来なかった。

後は竜先輩だったら変にハマったりしないだろうという気持ちもあったからだ。


憧れの先輩が覚せい剤に手を出したショックは大きかったけど、芯が強く、ブレた所は見たことがないから問題は無いだろうと勝手に思っていた。


その後、二週間に一回くらいが、月に一度会うか会わないかになり、3ヶ月くらい経った頃、久しぶりに竜先輩の家に遊びに行った。



新しく竜先輩にも彼女ができていた。そして僕と入れ替わり位で入ったお店の後輩もいた。



そして、竜先輩はアイスをやっていた。



会う度に言動がおかしくなっている。

行動もおかしい。

目は虚ろ。


そして、久々に有明のイベントホールでトランスのイベントがあるので、竜先輩を含めみんなで行くことになった。


だけど、会場に着くなり


「幽霊が多すぎるから、ここにいるみんなが危ない!ウチラも危ないぞ!!」


と言ってきかないので、結局すぐに帰ることになった。


そして家に着くと



「幽霊が着いて来た。俺はアイスを吸ってから霊感が付いた。ドアの丸窓見てみろよ?いるだろ?」



すでに、、、、、


竜先輩は完全におかしくなっていた。



もしかしたら本当に見えているのかもしれない。

本当に霊感がある人なのかもしれない。

でも僕には見えないし、幻覚としか思えない。


いくら憧れている先輩とはいえ、どう考えても禁断症状としか思えない。

芯が強く、絶対にブレない人でさえも、覚せい剤の依存性には敵わないと思う。


だから僕は


「竜先輩、どう考えてもアイス吸ってるからだと思いますよ!マジで完全に覚せい剤が切れて、それでも見れるんだったら信じれますけど、今の先輩の状況だと何も信じれないです。

前と比べてどう考えても、話も行動もおかしいです。もうやめて貰えませんか?」


「俺は普通だよ!!!いつでも辞めれるし、辞めても見えることには変わりない。だから別に辞めても辞めなくても一緒だ。」


この会話を10回位繰り返した。


繰り返した理由は恐らく、竜先輩が覚せい剤によって頭がおかしくなったから、同じことを何回も繰り返すからだ。


もう、僕にはどうすることも出来なかった。

このまま覚せい剤を使い続けたら確実に死ぬだろうし、または警察に捕まると思う。


昔、何かのドラマで覚せい剤の常用者をベットにくくり付けているシーンを思い出した。
先輩のことを本気で思っているのであれば…


本当にベッドにくくり付けて、体内から薬が抜けるまで一緒にいるしか無い。

それでもダメなら諦めよう。


でも、その時の僕は仕事を休むわけには行かなかったし、返していない借金もまだあったし、ずっと見続ける覚悟がなかった。


今でもそんな自分が嫌になるが、話しが堂々巡りしていく中でもう埒が明かなくなって来たので


「じゃあ、辞めて薬が体内から亡くなっても見えるって言うなら、この薬が無くても大丈夫ですよね?それまで僕が預かっててもいいですか?それでも大丈夫ってことですよね??それを証明して欲しいです。」


「あぁ、大丈夫に決まってる。」


「これは僕が預かります。」

「あぁ、いいよ!持ってってくれて。俺は大丈夫だから。」


トゥルルルルルルルル…

トゥルルルルルルルル…

トゥルルルルルルルル…



「こちらは留守番電話サービスセンターです、、、、」

「なぁ、やっぱ帰ってきてくれないか?」



トゥルルルルルルルル…

トゥルルルルルルルル…

トゥルルルルルルルル…



「こちらは留守番電話サービスセンターです、、、、」

「おーぃ!!聞いてんだろ?戻ってきてくれよな!」



トゥルルルルルルルル…

トゥルルルルルルルル…

トゥルルルルルルルル…



「こちらは留守番電話サービスセンターです、、、、」

「ザっけんなよ!!!!戻ってこいよオラ!!!」



僕はその留守電を聞いた後、コンビニのゴミ箱に




シャブを捨てた。




覚せい剤一瞬所持。


僕は、本当の地獄を見た。



寂しい思い


今まで見てきた男性の中で圧倒的なオーラとカリスマ性があり、憧れの先輩で、いつの間にか毎日一緒にいれるようになれた竜先輩が



完全に人間で無くなってしまった。



人はいい方向にも悪い方向にも簡単に変われると思う。

でも、人はここまで落ちてしまうものなのか?


あんなに格好良くて、実はとても優しかったのに。



竜先輩がシャブをやり始めてすぐの時に、僕に話したことがずっと引っかかっていた。


「お前が彼女を作って遊べなくなったから寂しくなったぜ。」

もしかしたら僕が竜先輩に寂しい思いをさせてしまったのが原因だったのかもしれない。

僕が彼女が出来たからといってもっと遊んであげれば、竜先輩はシャブをやらずにすんだのかもしれない。



再開、そして


そんな思いを感じながら疎遠になり数年後、竜先輩と僕は再開することになる。

誰に聞いても消息不明、死亡説、ブタ箱説、海外説、色々あったが

結局は捕まっていて数年入っていたってことだった。


でも、それで完全にやめることが出来たのだから良かったなって思う。

もしあのまま捕まらずにいたら絶対に死んでるか廃人になっているかどっちかだと思う。



「ダメ。ゼッタイ。」



ってキャッチフレーズがあるけど、それ以外の言葉は見つからない。


間近で変わっていく姿を見ていたから分かるけど

どんなに心が強いと思ってもシャブの力には叶わない。

お酒の依存もヤバいと聞くけどとにかく人格すらも変えてしまう。


もしこれを読んでやっている人、やっている人が身近にいる人は

ダルクなり更生施設に行く、行かせてあげる、警察に出頭、出頭させて欲しい。


死ぬよりかはまだまし。

生きていれば必ずいいことはあるはずだ。



後日談


再開後はしっかりとクリーンな体になって返って来ていたが

お金も仕事も服もないということだったから

家に招待して当時付き合っていた彼女にご飯を作ってもらい三人で食べたり

いらない洋服をあげたり、アルバイト先を紹介したりと少し面倒を見ていた。


あの時見捨てなければもしかしたら竜先輩はアイスにハマってなかったかもしれないし

僕が当時付き合っていた彼女とばかり遊んでいなくて竜先輩とも遊んでいれば寂しさのあまりアイスに手を出さなかったのかもしれない。


そんな後悔の念を抱えながら数年苛まれていたので再開後、面倒を見ることで払拭出来ていたら…

と思っていたので再会出来て本当に良かった。


そして捕まっていたという最悪のケースではないけれど

それでも更生して返って来れて本当に良かった。


今後も自分を律して生きていって欲しい。


あの時、僕が感じた六本木で唯一オーラを感じた人なのだから。



※所々、フィクションが入っています。



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