15/1/2
双子の姉なっちゃんの話②【少し不思議な力を持った双子の姉妹が、600ドルとアメリカまでの片道切符だけを持って、"人生をかけた実験の旅"に出たおはなし】

ワクワクの人生のために、仕事を辞める。
*この話の前編はこちら→【なっちゃんの話①】

自分でも整理がつかないまま辞表を出したので退職の理由は
「もっと企画を勉強するために転職」というものだった。
だけど、歴史ある会社の退職理由に「転職」は御法度だったようで、
マネージャー、部長、社長と偉い人に話がいくにつれ、
退職理由は長年付き合った彼と「結婚」というなんともおめでたいものになっていた。
「きゃ〜♡結婚おめでとう〜!!」
なんて同期に盛大に祝福されながら私は会社を退職した。
2012年2月寿退社。ワクワクの人生の扉がひらいたのだ。

あの満点の星空の夜、まぁちゃんとの電話で
「ワクワクする」という感覚はもうしっかり深い部分で思い出していた。
だけど、混乱している自分もいた。
自分はどこにいこうとしているのか。
ワクワクした生き方って具体的には何なのか。
そもそも、自分の判断は正しいのか。
頭で考えると何か間違った方向に行っているんじゃないかと自分を疑いたくなるし、
今まで信じていた大きな柱がぼろぼろと崩れて支える部分がなくて戸惑っている
私の中はそんな感じだった。
今まで信じていた当たり前のことがすっかり嘘だったような、夢を見ていたような。
左を見るとあのワクワクする希望があって、すぐ右には真っ暗な不安があった。
気を抜くといつもの何かを探しているちっぽけな自分に戻って、
自分には何もできないように感じてしまう。
紙一重のところにある希望と不安、
私は思い出したワクワクをもう絶対に手放したくなかった。
ワクワクして生きたかった。
会社を辞めただけ、現実はまだ何も変わっていないけど、
私の中はワクワクを思い出したことで確実に大きく変わっていた。

あの満点の星空でまぁちゃんと話した日から、
昔のように毎日まぁちゃんと電話をするようになった。
それは、小さい頃、毎日同じ布団に入って夜な夜なコソコソ話しをしていた頃に戻ったみたいだった。
真っ暗な夜、お布団の中はいつも私たちの遊び場だった。
二人で宇宙を飛び回ったし
砂漠のらくだに乗って遊んだこともあった
ジャングルに住んでいたこともあった

ただの想像やごっこ遊びだったかもしれないけど、
私たちはいつも二人で夢をみて、その時を最高に楽しんでいた。
楽しいこと、ワクワクすることを二人でいっぱいいっぱい想像した。
自分をちっぽけに思った時、
また何かが足りないと感じた時、私はこのワクワクを思い出した。

ふたりで暮らすという夢
「ねぇ…またあの頃見たいに二人で暮らせるなら夢みたいじゃない?」
今日も日課になったまぁちゃんとの電話。
ふいにまぁちゃんからの提案だった。
「…え?」
それができるなら、夢のようだった。
「そ、それ最高だよね…でも、二人で暮らすなんてそんなことしていいのかなぁ?」
…あれ?夢のように嬉しいのになんでそれを選ぶことをこんなに戸惑うんだろう。
そう思うと私は、今まで一番したいことを叶えないようにしていた気がする。
いつも、辛い道や困難な道をわざと選んで、
一番叶えたいものはあえて手をだしてはいけないような気がしていた。
それは、「並外れた努力」や「忍耐」の先にあるもののように感じていた。
今まで、ただで「ワクワク」したり「好きなことを選んだり」
そんなことは絶対にしてはいけないような魔法にかかっていたことに気づいた。

なんて恐ろしい魔法なんだ!!!
ワクワクした人生が始まって行く。
そんな体感をしながら私は、二つ返事で大きな決断をしていた。
なほ「まぁちゃん、一緒に住もうか!!夢みたいだね!!私、東京に行くよ!!」
それは、本当に本当に二人にとって夢みたいな決断だった。
奇跡のように転職先が決まる
東京でまぁちゃんと一緒に住む。
企画をもっと学べる会社に転職する。
この二つを決めたとたん流れるように物事が進んでいった。
しかし、2年しか社会経験のない私には転職は難しいと言われていた。
しかも「最初から企画の仕事をさせてくれる会社なんて探すのも難しいよ。」
と相談した人たちに口々に言われた。
それよりも、転職先も見つからないまま仕事を辞めたことに
無謀すぎるとお説教をくらう始末だった。
だけど、私はもう誰に何を言われても“大丈夫”な気しかしなかった。
根拠もなにもないけど、
自分の決めたこの道はとてもワクワクするものに繋がっている

そんな予感がうっすらしていた。
退職して2週間くらいたった時
広告セミナーたるもので一緒だったメンバーが集まる飲み会で、
なほ「東京でもっと企画を学べる会社に転職がしたいんですよね〜」
そんなことをぽろっとこぼすと、
「あれ?知らない?俺らの参加したセミナーの主催会社がクリエーターに特化した人材サービス始めたらしいよ。担当に連絡とってみなよ〜。」
隣に座っていたデザイナーさんからそんな情報がぽろっと舞い込んだのだ。
そこから、伸ばした糸がどんどん繋がっていくように
これぞトントン拍子という感じで1ヶ月後には新宿で転職先が決まっていった。
それは偶然がたくさん重なった奇跡のような流れだった。
ひとつの光へ向かって糸がどんどん伸びていった。

東京での新しい日々
4月。
今日はいつもと同じようで全然違う今日だ。
人でごちゃごちゃの東京もキラキラして見える。
今日からまぁちゃんと、またふたりで暮らす生活がはじまるんだ。
まぁちゃん「なっちゃんーーーーーーーー!!!」
その日は恵比寿駅でまぁちゃんは私が来るのをまだかまだかと待っていた。
人ごみの中で改札を出る私を小さいまぁちゃんが私を見つけて駆け寄って来た。

なほ「あ、まぁちゃん!!!!」
私たちは、久しぶりの再会と新しくはじまった今日を小さい二人で抱き合って喜んだ。
久しぶりに会ったけど、私たちの間にある空気は何にも変わっていなかった。
まぁちゃんの住むアパートは、恵比寿駅の東口から出て少し坂を降りた場所にあった。
駅から徒歩5分の好立地だ。
だけど、恵比寿といって華やかなマンションを想像するが、
貧乏学生だったまぁちゃんが住んでいたのは、6畳1Rの小さなボロアパートだった。
小さなユニットバスのお風呂に、小さな部屋と部屋と似合わず大きなキッチン。
部屋にはミシンやマネキンが置いてあったのでもっと小さく感じた。
ボロくて小さい。そんなアパートが今の私たちにはぴったりの部屋だった。
私が来たその日は、まぁちゃんが「引っ越しそば」を買って来てくれて二人でおそばを作って食べた。
おそばを作って食べた後は、近所の公園に星を見に行った。
東京はあまり星が見えなかった。
だけど私たちは最高に幸せだった。
これから、どんな楽しいことが待っているのか。
どこに行こうか、どうやって遊ぼうか。
ふたりで、今一緒に入れる感動と、
この先のワクワクする日々のことをたくさんたくさん話した。
私には、ここまで来たことが奇跡みたいだった。
あの時、福岡の会社で足りない何かを夢中で探していたとき、
またふたりで住めるなんて思わなかった。
満点の星空でワクワクを思い出したあの日、
私たちはまた二人でワクワクしながら生きることを選び直したんだ。

私の仕事がはじまってからも、
私たちの日々はどこか非日常で夢の中にいるようだった。
私の仕事の帰りはいつも遅かった。
夜の10時や11時に帰れて今日は早いな〜という位だった。
10時や11時に帰る時は、
いつもまぁちゃんが恵比寿駅の近くにあるベンチにちょこんと座って待ってくれていた。
そして、行きつけの「タコBAR」に二人で大声で歌を歌いながら歩いていった。
タコBARとは、家の近所にあるタコの遊具がある公園のことだ。
それを私たちは「タコBAR」と呼んでいた。

ここが私たちが決まって飲みに行く、秘密基地のような行きつけBARとなっていた。
ただの公園だけど私たちにとって秘密のBAR。
私たちはいつもここで、少しのお酒とお菓子を買って、
今日あったこと、思いついた夢や、おもしろいこと、何でも話した。
iphoneで音楽をかけながら、星空を見ながら飽きるまで話をした。

仕事をしていても、毎日が非日常みたいだった。

二人でいればあの大好きなワクワクした感覚を忘れずにいた。
最初は噛み合ず、すれ違ったり、ケンカをする日もあったけど、
毎晩、冗談みたいに狭いユニットバスのお風呂に一緒に入って、
夜寝るときは一つだけあるお布団を敷いて二人でくっついて寝て、
納得いくまでいつも話し合った。
タコBARで散々話したのに、
お布団の中でも話が止まらなくなって気づいたら朝だったことが何度もあった。
気づいたら大人になってもワクワクして生きる日々が続いていた。
それから、1年後。
私は大きなターニングポイントを迎えることになる。
それは、この時の私が想像もしなかった、今の大好きな人生へと続いていた。
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*この話の前編はこちら→【なっちゃんの話①】
*本編の最新話はこちら→★