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14/12/20

海外あちこち記  その9 モスクワの街角で

Image by Olia Gozha

モスクワには何回か出張しましたが、この旅は1982年10月頃のことです。

1)ホテルのレストランばかりでも飽きるだろうと、ある晩、街の中の有名レストランを商社の人が予約してくれました。店の外はもう寒さが厳しい10月というのに沢山の人が毛皮のコートと帽子に身を固め、ドアの外に列を作っています。

我々が車から下りて店に入ろうとすると門番が扉を開けてガードして入れてくれました。別に非難がましい視線があるわけではなく、金を持った外人客が予約で来たんだくらいの感じですが、テーブルに案内されてふと窓の外を見ると、並んでいる人達が店内をじっと覗き込んでいる顔、顔が見えて、種類は多いけど殆ど塩辛目の料理もうまくなく、落ち着いてメシを食う気分になれませんでした。

キャンセル待ちをしている連中だから気にしないでと言われましたが、我々は金をはずむ約束で予約に割り込んだ客に違いないと思いました。これを当然と何とも思わぬようにならないと、当時の社会主義国の商社駐在員はシンドイのだろうと思いましたが、あの列に並んでいた人達の無表情の静けさがいまだに頭に残ります。

 こういうもんだとただじっと待つことの出来る人達は当時の中国とソ連の国民だけだったような気がします。 

2) 数人でデパートに行きました。夕方、帰りのタクシーが途中急にスピードを落として停まったと思うと、助手席にブロンドの女性がさっと乗り込んできました。これはなんじゃと思う間もなくタクシーは動き出しました。ホテルのエントランスに車が滑り込むと、彼女はニコッと後ろを振り向きざま、車を下り、いつもは厳しいチエックの門番に手を振ってホテルの中にフリーパスで入って行きました。

 我々はキツネに抓まれたような思いで車を降りました。日本で言えば帝国ホテルクラスのホテルのロビーには、毎晩夕方には曲線に富むヤングレデイーが沢山現れ、この日も花のように群れていましたのでああそうか、世界最古の職業につくお嬢さんがご出勤に遅刻して、我々のタクシーに乗ったんだとようやく気づきました。タクシーの運転手とはお仲間なのでしょう。

 あるとき長期宿泊客の誰かが、当局に「あまりに彼女たちがホテル内を跋扈して目に余る、何とかしろ」とクレームしたところ、我が国にはそのような職業は存在しない。存在しないものは取り締まれないとすげない返事だったとのことです。当時の外貨入手の大きな手段の一つでしょうから、ホテルもタクシーも警察も国家も一蓮托生で彼女達をサポート?していたのでしょうか。 

3)日曜日にボリショイサーカスに行きました。ほぼ満員で大人も子供も心から楽しんで、我々も腹の底から笑ったり、ひやひやしたり手に汗を握ったりして楽しみました。さすが本場でのボリショイサーカスは仕掛け、規模、登場の動物の質量などこれぞサーカスという感じでした。

 ふと舞台の空間の丁度真向いに黒っぽい、勲章一杯の軍服姿の東洋人夫妻と見える組が二組いるのが見えました。そこだけ別空間のように笑いも拍手も笑顔もないので気づいたのだと思います。女性はチマチョゴリの正装ですから、ああ北朝鮮の駐在武官か本国から偉いさんが来ているのだろうとわかりました。

 その後見るとも無しに見てしまうと、ピエロの抱腹絶倒の演技でもニコリともせず、そこだけ別世界の終始静かな空間でした。笑っては恥、領袖様に申し訳ないということだったのでしょうか。よくわかりませんが、サーカスを本心楽しんで大騒ぎしているモスクワの老若男女の中で、彫像のように身じろぎしない、顔色の悪い、小柄なあの4人の方は不思議な存在でした。

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