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14/12/19

名前のない喫茶店 ~北本さんのワクワク~

Image by Olia Gozha

北本は喫茶店からの景色を見るともなく、ぼんやり眺めていた。答えを探していた。

今月2回目の仮病休暇だった。朝いつものように家を出たが、どうにも気が乗らず会社に熱があると電話した。結婚した妻が間もなく身ごもったため、会社は比較的融通のつきやすい総務の仕事に移してくれた。正直多少休んだところで、大して仕事の問題はなかった。休みを告げた電話で上司は無理してないかと労ってくれさえした。

しかし、北本は今日の自分を割り切ってしまうことはできなかった。こんなことはこれまでなかった。仕事をサボってしまうようなダメな自分になってしまった、その理由を知りたい。

仕事に不満はなかった。総務の仕事はまだ慣れないが、自分の都合を考えてくれた会社の人事に、むしろ感謝していた。人間関係も問題なし。妻とも生活面に多少の意見の相違はあるが、おおむねうまくいっていると思っている。問題どころか順調そのものだった。どこにも穴も隙間もなかった。

北本はため息をついた。いくら考えても答えなんて浮かびようもなかった。でも、なぜかどうしても何かを知りたい気持ちが、仕事を手に着かさせなくさせているようだった。


そのとき何かが北本の視界に入り込んできた。赤、青、黄色。原色の紙片が、初夏の草原に散らばった。

虫取り網を持った子どもたちだった。一人は今時珍しく麦わら帽子をかぶっていたが、服装はみんな現代っ子らしいカラフルで可愛らしいものだった。

俺が子どもの頃は、あんな服着させてもらえなかったな、と北本は思った。七五三の時ぐらいかな。毎日いつも似たような格好の服ばかり着て、そんなこと特に気にもしなかった。

子どもたちは、服に泥が着きそうなくらい腰をかがんだり、手足を伸ばして、何か捕まえようと必死の様子だった。あれじゃ、親から叱られやしないだろうか、と北本は微笑んだ。

俺もあんな頃があったな。よく近所にザリガニ捕りにも行ったし、フナを釣らせてもらったりした。擦り傷や切り傷ばかりで、母さんにはよく怒られた。

何だかいつも楽しかった。毎日わくわくして、時間が経つのがあっという間で。

何があんなに楽しかったんだろう。特にいつも同じようなことをただやってただけなのに。何も考えなくても、いつもやりたいことが浮かんでて。

何も考えない?

北本はあれと思った。

何も考えなくても楽しいことってあるのか。楽しいって理由があるものじゃないのか。じゃあ、今悩んでいることも答えなんてあるんだろうか。

いや、ザリガニ捕りと仕事は違うじゃないか。何も考えなくて仕事なんてできないよ。北本は笑った。

でも、子どもたちの軽い足取りは、彼を不思議に引きつけていた。そういえば、今の仕事で3年目の頃、新しい企画を任されたことがあったっけ。あのときは、忙しかったけど必死だったし、毎日が何だか楽しかったな。毎日朝が来るだけで幸せだった。

あのときのようにやれるかな、と北本は思う。正直、答えはまだよくわかっていない。ただ、それはこれから見つけていけばいい。今は何もないけれど、それでいい。そう思ったとき、北本は心のどこかに少しワクワクしている自分がいるのを感じていた。

中さんがカウンターに見えたので、北本は席を立った。

「あ、北さん、もう帰るの」

「うん。もう休みは終わり」

「そう」

「やってみるわ。若い頃を思い出して」

「今でもまだ若いじゃない。行ってらっしゃい」

ドアを開けた北本には、ちょっとだけ風が涼しく感じた。

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