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14/11/3

死にたい思考を図にしてみたんだ。

Image by Olia Gozha

図にしてみました

全ては自分の存在への疑問が原因なんです。


死へベクトルが向かうのは。


ドブに落ちても根のあるヤツは いつかは蓮(はちす)の花と咲く

実家の引越が私のアイデンティティを叩きつぶしたような気がします。未成年でしたし、自分でお金を稼いでいたわけでもありませんから、住宅地への引越に反対したところで、場所を変えられるわけでも地主さんを説得できるわけでもなんでもありませんでした。実際のところ、引越決定後に私へ話が回ってきたので、時系列としても無理でした。人ではなくて「子ども」という動物だったわけです。

未だに、私は「ベッドタウン(住宅街)」を自分の帰る場所だとは思えず(諦められず)、

そして離島もまた自分の帰る場所だとは思えません(諦められません)。

こうして、「やっぱり存在しちゃいけなかったんだ」と心の底で思うようになったのかもしれません。

病気のあと、体も心も治りません。お金も尽きました。

さらに、2週間くらい前から体の右半身の痛みが絶えず、金曜日に医者に行くことにしました。今は離島住まい。船に乗って行くしかありません。


救急車を呼べるほどの症状ではなく

船は例によって壊れていて小さい予備船

工事車両3台でうちの車は乗れず

歩いて乗ってたら痛みがひどくなり

行きつけの医院に行ったら潰れていて

アドバイスだけでもと手術した病院に行ったら

婦人科に来られても困るの一点張り

同じ病院の皮膚科は午後休みだから他をあたれと冷たくあしらわれ

開いてる皮膚科を受付で教えてもらったけど

もう頭フラフラだれかたすけて


12:30に家を出て、帰ってきたのは18:00でした。薬を飲んでも一向良くならないうえ、仕事をほぼ断っているので定期貯金も全てなくなり不安が募ります。でも、その不安を打ち明ける相手が、ここにはいません。お店はおろか、信号も警察も医者も学校も何もない、小さい島には自分の昔話をしたいお年寄りが少しいるだけです。


何で自分は生まれて来ちゃったんですか?

自分でも嫌になるほど、小さい頃からの記憶があります。1歳の誕生日なんてつい昨日のことのようです。そのころからずっと、疑問に思っていたことがあります。


人はいつか必ず死ぬのに、どうして生まれて生きなければならないのか。

どうして私は女だったのか。

どうして私は世の中のマイナスの存在なのか。


一所懸命、ゼロの存在になりたくて人に親切にしました。

人の嫌がる仕事を引き受けました。

人前では明るく振る舞いました。

家族にも言いたいことを我慢しました。

我慢することが自分をゼロにできる方法だと思いました。


それにしても、人はいつか必ず死ぬのに、なんで苦しみ生きなければならないのか。


お先真っ暗、もう死にたい

いまは引きこもりたいのに、それでも自分の存在を確かめたくて

ついついSNSに投稿したり、どっかの企業に問い合わせをしてみたり

余計に滅入るんだ。

あんなこと書いちゃった

こんなこと書いちゃった

迷惑だったかも…

それで余計に落ち込んで死にたくなるけど死にきれない。

怖くなる。迷惑だと思う。自分の存在が危うくなる。

そうすると余計に人にかまってほしくなる。

かまってほしいのに、かまってほしくない。

SNSに投稿する。自己嫌悪に陥る。

たすけて。たすけて。


諦めること=悟ること=仏になること?

諦めることは美徳だと思っていました。

だから諦めたフリをしてきました。

でも、本当は、諦めきれずに醜く引きずるだらしない人間なんです。

こんなヤツは早く死んでしまえばいいのです、という論理に陥るのです。

これが、死にたいと考える醜く浅はかでずるい人間の思考です。


私は悪い人間です、ということは、私は良い人間です、ということよりも、ずるい

という安部公房の言葉に、高校時代ぐさっときました。


引き際も芸の内

という池波正太郎の言葉に共感したのは中学の時でした。


つづく。

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