「あの子、ええ肩してるやん!」
ボクの耳が正確なら確かにそう聞こえた。
その日はたまたま学校の校庭開放で、偶然ソフトボールをしている子達が集まったので、友達のお父さんも混じって、ノックをしていた。
定期的な練習ではなかったので、友達のお父さんが
「森田も入れよー」
という軽く声がかかった。
「え、あ、うん。。。」
そっけなく返答したが、内心ワクワクしていた。
手渡されたボロボロのグローブも何か特別なものに見えた。
「これがグローブかぁ。」
いつも過ごしている同じ小学校の校庭がまるでその時は別世界に感じた。
月並みな表現になるが「人生で一番ワクワクした場所。」
しかし現実は、運動出来ない少年。
そんな初心者の中の初心者という事もあり
ボクの受けた最初のノックは
ノックというよりただの球転がしに近い打球。
コロコロコロコロ・・・
さすがにそれは難なく捕球できた。
そしてそのボールをみんなと同じように投げた!
心のどこかで、自分の何かに期待をしながら・・・
すると偶然にもノッカーのいる場所まで届かせる事が出来た。
もちろんそんな事は偶然である事は言うまでもない。
するとその矢先、数メートル先で
ぼそっとした声がかすかに聞こえた。
「ええ肩してるやん。」
当時、野球もソフトボールも知らなかった。
さほど興味もなかった。
というより”無関係な存在”としてしか、存在していなかった。
そんな僕にでも「ええ肩してるやん」
この意味は容易に理解ができた。
運動出来ないとはいえ、体は大きい方だった事。
それに横にもかなり大きかったので、走るのは遅いけど力は他の同級生に比べると強い方だろう。
とはいえ、スポーツで褒められた事なんて当時は一切なかった。
そんなボクが今でも覚えている衝撃の一言。
「ええ肩してるやん」
実際には、たまたまボールがキャッチャーに届いたに過ぎない出来事。
そしてそのノックをしていた友達のお父さんが、ソフトボールチームのコーチをしていた。
その事も重なり、毎週日曜日練習やってるから森田も入ったらええやん。
「えっ!?俺が???」
無理無理無理無理・・・
と心の中で思いながらも、それ以上に誘われた事の嬉しさは抑えきれなかった。
この事がきっかけで、あの憧れの「ソフトボールチーム」への参加が決まった。
参加が決まってワクワクしているボクとは裏腹に誰にでも
二言目には「お前も入れよ!」
と言ってるのはご想像の通り。
誰も期待なんてしていなかった。
実際チームに入るとボクより下級生も何人もいたが、その中でも飛び抜けて下手くそだった。
よく上級生や同級生から
「もしお前がホームラン打ったら好きなもん何でも買うたるで」
などと、言われる始末。
しかし腹を立てる理由も特にない。
「打てない、走れない、守れない」
仕方が無いけど、それが現実だった。
とはいえ、これが小学生ゆえの強さなのか
ボクの生来の潔さだったのか、
ハナから
「走るのは諦めよう!」
誰よりも遠くに飛ばしたら、別に走らんでええやん!
無茶苦茶な理由だったが
そう心に決め、周りから下手くそだと言われようが
こっそり家でバットを振る日々。
練習内容はヒーローインタビュー
バットは確かに振って練習してたのですが
そこは小学生。
集中力などまるで無く
ホームランを打ったイメージでバットを振るものの
そのあとの「ヒーローインタビュー」まで練習していました。
「素振り2、ヒーローインタビュー8」
そんな割合。
どんなに下手くそだと言われようが
俺はホームランバッターになる!
そう言い聞かせてひたすら練習していました。
とはいえ、その練習も身を結んでいたのかは定かではない。
出番ももちろん無い。
相変わらず下手くそのレッテルは貼られたままだ。
そんなある日、仲の良かった友達が揃って「別のチームへ行く」と言い出した・・・
ソフトボールから軟式へ。
実はボクの小学校の友達は
・ソフトボールチーム
・軟式野球チーム
この二つのどちらかにだいたいは属していて
ちょうどボクの年代では軟式チームの方が強かった。
それもあり、同級生で仲良かった子達が揃って移籍する事になった。
「俺も行きたいなぁ・・・」
この時初めて自分の意志で父親にお願いした記憶がある。
俺も軟式行きたいねん!
すると父親はこう言った。
「今のチームでレギュラー獲れん奴がどこ行っても一緒じゃ!」
・・・何も言い返せなかった。
しかし最後には
「まぁ好きにしたらええよ」
とボクに選ばせてくれた。
その時、子供ながらに感じたのだと思う。
本気で上手くなりたいのかどうか・・・
「友達」と楽しく野球をする事を選ぶのか。
「自分」が上手くなる事を選ぶのか
小学4年生の出した結論は、後者だった。
このチームでまずはレギュラーを獲る!
そう決めた。
しかしながら実のところ、一気に子供が辞めたこともあり
押し出されるようにレギュラーになれた。
もしあの時軟式のチームへ行ってればこんな事はなかったと思う。
そこで、与えられたポジションはキャッチャー。
「走れんし動けんねんからとりあえずキャッチャーやっとけ。」
監督からそんな事を言われたが
特別なポジションにワクワクした。
夏は暑かったけど。笑
次のステージへ
そんな中で友達の兄でもあり
ボクが最初に憧れた選手でもあった二つ上の先輩が
中学になると硬式のクラブチームへ入るという話を聞いた。
どういう経緯かは忘れたが、何度か一緒に見学に行った。
ただの付き添いで。。。
そこで目にした
立派な球場
グランドを一面見渡せるスタンド
黒土のグランド
きびきびした選手の動き
そして、阪神タイガースと全く同じ縦縞のユニホーム。
「この人、ここで野球やるんやぁ・・・すげーな。」
上手かったら次はこんなところでも野球できるんやな!
このチームは、このあたりでは強くて練習も厳しい事で有名だった。
「俺もここで野球やりたいなぁ・・・」
そう思ったが、憧れの先輩が1年の夏にレベルの違いから早々に退部する事に。
そんなに高いレベルなのか。
ショックだったが、ここでやりたい気持ちは変わらなかった。
・・・そして数年後、その想いは現実叶う事になる。
当時考えうる最高の形で。
根拠のない自信。
運動は全く出来ない現実。
労せず試合に出れた環境。
そして、その後に訪れるチームの崩壊。
全ての歯車が一気に回り出し
そして崩れ去り
その先に見た、未知のステージへの憧れ。
スポーツとは縁のなかった少年が
気付けばスポーツの虜になり
ソフトボールをきっかけに自信を身につけ
その後「野球」というスポーツに出会いました。
しかし、元々は「スポーツとは縁のない少年」でした。
いくら地域のソフトボールチームで少しばかり結果を出しても
「俺にあのステージは、まだまだだろう」
そんなまだ見ぬライバル達をひたすら追い続け
俺が打ちまくって勝つんや!
とチームの中心で孤軍奮闘。
気がつけばその地域で
知らない人はいない程の「強打者」に変貌した。
そんな状態で満を辞して、念願の硬式野球へのチャレンジ。
そしてさらに内に秘めた、もう一つの挑戦が始まったのでした。