top of page

13/3/3

僕の人格が突如優しくなった話

Image by Olia Gozha

僕は人に優しいとよく言われる。自分で言うのは何だが、めちゃくちゃ優しいと言われる。しかし、この人格は明らかに後天的なものだと認識している。今でもよく覚えているのだが、あれは小学校1年生のある日のことだ。その日から、僕は突如優しくなった。人格が矯正されたのである。

いじわる小僧時代の僕

小学1年生の僕は、しばしば友達に意地悪をしていた。今この話をすると信じられないかもしれないが、我ながら訳のわからない意地悪をしていたことを覚えている。

ある日家にA君が遊びに来た時に、A君が僕に何かを貸してくれと言ったことがある。普通に貸せばいいものを、僕は「お前には貸さねーよ」的なことを言ってA君を困惑させた。「貸してよー」「やだねー」のやり取りがたしか15分くらい続いた頃だったと思う。その状況を見ていた母が突如キレた。何と言われたかは覚えてない。ただ、今でも印象に残っているくらいぷっつんとキレた。キレすぎてA君は空気を読んで帰ったくらいだった。

いじわるはよくないと悟った僕

あまりにキレる母を見て、幼心に「何やらとんでもないことをしでかしていたようだ」と悟った。たぶんなんで怒られているか本質的にわかってはいなかったと思うが、「友達には優しくするものなのだ」という教示が強烈に印象づけられたのだった。今でも思い出すくらいなのだから、相当キレた母が恐ろしかったのだろう。その瞬間、僕の人格ははっきりと変わった。突如として優しくなったのだ。それ以前の人格を思い出すと、まるで別人だったかのように感じる。あの日、僕は生まれ変わったと言ってもいい。

キレた母の影響力

僕の人格が優しくなったのは、100%母の影響である。どんな感情の流れがあって人格矯正にまでいたったかはわからないが、小学1年生のあの日、僕は生まれ変わったのは間違いない。自分の子供が産まれたら、何がきっかけで影響を与えるかわからないということを常に忘れないようにしようと思う。ふとした一言でも、彼・彼女の人格に大きな影響を与える可能性があることを、僕は身にしみて知っているからである。

補足

ちなみに、母はこの出来事を完全に忘れている。「あんたは優しく育ったよねえ」とまるで他人事のような言い方をするので、僕は「育て方がよかったからな」と答えるようにしている。

←前の物語
つづきの物語→

PODCAST

​あなたも物語を
話してみませんか?

Image by Jukka Aalho

急に旦那が死ぬことになった!その時の私の心情と行動のまとめ1(発生事実・前編)

暗い話ですいません。最初に謝っておきます。暗い話です。嫌な話です。ですが死は誰にでも訪れ、それはどのタイミングでやってくるのかわかりません。...

忘れられない授業の話(1)

概要小4の時に起こった授業の一場面の話です。自分が正しいと思ったとき、その自信を保つことの難しさと、重要さ、そして「正しい」事以外に人間はど...

~リストラの舞台裏~ 「私はこれで、部下を辞めさせました」 1

2008年秋。当時わたしは、部門のマネージャーという重責を担っていた。部門に在籍しているのは、正社員・契約社員を含めて約200名。全社員で1...

強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話

学校よりもクリエイティブな1日にできるなら無理に行かなくても良い。その後、本当に学校に行かなくなり大検制度を使って京大に放り込まれた3兄弟は...

テック系ギークはデザイン女子と結婚すべき論

「40代の既婚率は20%以下です。これは問題だ。」というのが新卒で就職した大手SI屋さんの人事部長の言葉です。初めての事業報告会で、4000...

受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1

僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で...

bottom of page